第4話 十八年目

「美空、なんかあったの?」

「……なんにもない」


 部屋の明かりが点いて、私は自分が目を開けていたことに気付いた。ソファの背もたれに顔を向けて横になっているため見えはしないが、リビングの扉のほうから母の声が聞こえる。

「なんにもないの?」

「うん」

 私がそれだけ言うと、母の気配は遠ざかっていった。部屋から出て行ったようだ。

 それから少しして母はまた戻ってきた。

 どん、と重いものが置かれた音がして、私は顔だけでその音のほうを向く。

「……なにこれ」

「コンビニのスイーツありったけ」

「うそでしょ?」

 テーブルに置かれた大きなビニール袋の中にはケーキやプリン、大福やみたらし団子など様々なスイーツがいっぱいに入っていた。もしかして棚全部買い占めたの?

「辛いことがあった時は、もっとたくさんの幸せで覆い隠してやるのよ」

 母はそう言った。

 私はゆっくりと身を起こして、シュークリームに手を伸ばす。そしてそのまま袋を破ってかぶりついた。

 ふわふわのシューから溢れるカスタードクリームが甘くて、美味しくて、噛むたびに気持ちが少しずつ紛れていく。

「今日ね、告白してフラれたの」

「そう」

「友達以上には見られないって」

「そう」

 甘い。美味しい。つらい。甘い。美味しい。悲しい。甘い。

 私の心が、甘いと美味しいで満ちていく。

「でも友達ではいようってさ」

「優しい子なのね」

「そう。そういうとこも好きなんだよなぁ」

 スイートポテトの封を切る。

 バターの香りが鼻腔をくすぐり、私はとても幸せな気持ちになった。


「ほんと好きだったのになぁ……っ」


 身体中に幸福が満ち満ちて、押し出されるように目から悲しみが零れた。

 止まらない涙をそのままに私は手探りで新しいスイーツの封を開ける。

 一口齧ると、一筋流れた。

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