第3話 十六年目

「お母さんは私がパリコレモデルになったら嬉しいでしょ」

「わたしはあんたが幸せならプラモデル屋でも嬉しいよ」


 父の帰りを待ちながらソファに寝転んでファッション雑誌を開く私に、バラエティ番組を見ながら母は言った。夕飯は家族揃って食べるのが我が家の唯一のルールだ。空腹に耐えかねたのか、母はクッキーの袋に手を伸ばす。

「だって『うちの子パリコレ出てるんですのよオホホホ』とか言えるんだよ。鼻高々じゃん」

「マダム口調が不自然すぎよ。そもそも娘の威を借りるつもりないし」

「私は貸したいのに」

「まあ自分で決めたらいいよ。幸も不幸も全部自分のなんだから」

 雑誌のページを捲ると、私のお腹がきゅうと鳴った。母の齧るクッキーがすごく美味しそうに見えるがここで食べたら夕飯が食べられなくなるから我慢だ。今夜は大好きな生姜焼きだし。

「でも実際幸せってなんなんだろね」

「美空が幸せだなーって思えば幸せなんじゃない」

「幸せってそんな簡単に手に入っていいもん?」

「甘酸っぱいわねえ。幸せなんてその辺にごろごろ転がってるんだからさ」

 空腹を誤魔化すようにソファの上をごろごろ転がっている私には目もくれず、母はふたつ目のクッキーの封を破る。

「もっと軽い気持ちで幸せになんなさいよ」

 母はそう言ってクッキーをまた一口齧った。

 表情を変えないままテレビを眺める彼女を横目に、ふと疑問が湧いた。

「お母さんは今幸せ?」

「そりゃ幸せよ。娘も夫も元気で、狭くも広くもない家で特に中身もないバラエティ見ながら甘いクッキーが五臓六腑に染み渡る今が最高に幸せ」

「ふーん。見えないもんだね」

 母は特別幸せそうには見えなかった。

 幸せって、そんなに特別なことじゃないのかも。それともお母さんはそんなにこの家が大好きなのかな。

「じゃあ私がプラモデル屋になったらこの家のプラモデルを作ってあげよう」

「うん、やっぱりパリコレモデルのほうがいいわ」

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