第13話 騎士ギャレットの採点

 ギャレットは、不可思議で戸惑っていた。

 このご婦人は、本当に今日の午前、謁見を賜った一目千両と同一人物なのだろうか。

 ギャレットがあの麗しいステンド・グラスの大空間で、気の遠くなるほど高い階(きざはし)の上、一目千両に逢って打たれたのは、飽和するほどの神々しさにだった。

 美しさに心奪われ、神よ……と我知らず祈りが漏れた。

 触れたら消えてしまいそうに見えた。女神か、神々の慈愛の結晶か、幻のように尊い。

 謁見の前に、一目千両は話さない、話しかけても応えることはないと注意されていたが、話しだすとも思えなかった。むしろ話さなくていい。声を聞くことに畏怖を覚えるほどの、触れがたさ。

 そこらの美姫など別の種類の生命だった。生物としてのあり方が違う。きっと、この至高の人型は普通の食べ物など食べないと思った。もちろん、排泄もしない。屁もひらないし、くしゃみもしない。鼻水もないし、唾すらない気がした。月の障りなく、孕むことなく、子を生まない。人の腹から生まれてきているはずがない。霞を集める妖精の奇跡でかたちをとった。ひっそりと、ただ微笑するうつくしき女(ひと)形。そう思った。

「なんということだ。この私が点数をつけられない。一〇〇点満点……いや満点を超えて一二〇点。いや一五〇……いやいや一七〇……いえ……三〇〇点。そう、三〇〇点です」

 話しかけたのではない。ただ、感嘆が堰を切ってあふれ出てしまっていた。

 一目千両は、まるでこの世ではない場所にいるようだ。異界との境の薄膜が、見えないながら確固として隔てているかのごとし。変化せず、ただ微笑をたたえていた。無言のかわりに光の矢がそのかんばせから四方八方に放出されていて、そのまばゆい光にただ射抜かれる。

 音もたてずきびすを返して、流れる水のようにするするとドレスの裾をひいて去って行ってしまう。

「必ず!」

 ギャレットは誓っていた。

「必ずもう一度逢いに参ります!! 次の一〇〇〇両をこの手で倒して!! 君のために!!」

 もう一目。ただ一目でも逢えるなら、どんな苦難も厭わない。何も望まない。

「誓いましょう。この身はあなたのもの、我が君、一目千両!!」

 石とステンド・グラスの伽藍にこだまする声。何度もさざめき反響した。

 階段をどうやって降りてきたのか、覚えていない。

 夢見心地と、将来への決意とで、体の内側が熱く燃えさかっていた。

 男に生まれたからには、絶世の美女と謳われる美姫に会ってみたいと目標にしてきたが、これからは違う。他の誰でもないあの方のために、私は戦うのだ。一〇〇〇両が二〇〇〇両となっても、三〇〇〇両となっても、何度でも一〇〇〇の勝利を捧げよう。

 新たな支柱が心の中にたち、人生が真っさらになった。生まれ変わった心地だった。

 それほどまでに心奪われた女(ひと)だったが、今、ギャレットとともに鞍室(あんしつ)にいる美女は、印象が違い過ぎる。本当にこれはあの、ギャレットが一目惚れした一目千両か? 理想の乙女か?

 美人なのは同じだが、くるくると表情が変わり、生き生きと話し、嬌声もあげるし、眉も潜める、口をぎゅっと結びもするし、泣いて涙も落とす。

 ギャレットは、どういうことかといぶかしんでいた。


「え。そ・んなこと、しん・ぱい・してたの?」

「どうも様子が変だと思いました!」

 夜明け前に遂に弓騎を止めて、休憩をとった森の中で、プロスペールはきょとんとし、ギャレットは額に手を突っ込んでいた。

「そそそ、そうですよね。本当に、世間知らずで申し訳ありません! いくらなんでも、人を見て判断できることでした。これだから私はジュリアンに愚かだ頭が悪い気が利かないと指摘されてしまうのです!」

 ごつん、ごつんと自分の頭を小突くシュゼット。

 前には焚き火。プロスペールが簡単なスープを作った鍋は空になり、今はギャレットがお茶を湧かしていた。

 左右には、ほのかに光っているガラスの巨人の王女と女王。月光を透過し、内側で光線が散乱していて美しい。いつでも騎り手が騎り込めるようにこちらへ背中を見せて、片膝をついている。肩のあたりを、木々の梢に囲まれている。

 道中、油断はできず、逃げられるだけ都から遠ざかってきた。

 ここまで追撃はなかったが、短い仮眠をとったら再び走りだすという。

 シュゼットはずっと、いつ野営するんでしょう? そうなったらどうしましょう? 逃げられるでしょうか? それとも助けて貰ったご恩から受け入れるべき? やはり逃げ出すべきでは? いえ、そういえば何も恩返しをしていません! この人たちは、逆賊になってしまったのでは? それに対して、逃げるも何もないのでは!? ……と、思考が深みにはまっていた。

 結果、おそるおそる聞いてみてしまったという次第。

 二人の騎士は笑い出した。

「も・う・眠ろ? ギャレ・トちゃんとぼく、交代で、見・張る・から」

 プロスペールの大きく口を開ける笑い方に、シュゼットは心が緩んだ。

「その前に、お化粧を落としていいですか。素顔を、見ていただきたいんです」

 怪訝な顔をする二人。

 席を外さずに、わざと二人の目の前で、シュゼットは、まずウィッグを外した。借りた手ぬぐいと調理用の油など、あり合わせの道具を使って、ジュリアンの施してくれた化粧を、遂に、落として見せた。

 プロスペールは驚かなかったが、ギャレットは、都の千両殿の前での兵士達そっくりに、口と目で三つの輪を作り、魂が抜けた。あのときの兵士たちとは逆の意味で。

「……二十五点」

 辛口だ。シュゼットの胸で心臓が跳ねた。

「ちょ!! ギャレ・トちゃ!!」

「二十五点といったら二十五点です。それ以上でもそれ以下でもありません」

「だ・まれ! きみ・は、なんて、こと・を!」

「よかった……よかったです! ほっとしました」

「え?!」

 ギャレットの襟首を掴んでいたプロスペールが、びっくりして振り返る。

 シュゼットは高鳴る胸を押さえていた。ふふっと頬が緩んでしまう。

「何かお祝いしたい気分です。駆け出したいです。そう、走り回りたいくらいに、その」

「え・え!?」


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