一目千両の逃亡と十二人の妖精ガラス騎士王子の城/化粧係の腕で化けてましたが美女ではない私、王子さまに救われ騎士見習いになったものの王と化粧係の兵が
春倉らん
第1章 絶世の美女・一目千両は逃亡しました
第1話 一目千両は決断を迫られています
この国には、『
一目見ることが千両に
一〇〇〇両の敵を倒した騎士のみが逢うことを許される、絶世の美女。
たった一目、その美姫にあいまみえることを目指して、国じゅうの騎士が戦場へおもむく。血みどろの武勲を求める。
一目千両に逢った騎士、千両騎士といえば、最強の騎士の称号。生ける伝説の英雄となる。
「実は半信半疑だった。謁見するまでは」
生まれ変わったような顔で語る千両騎士がいた。
「あのかんばせ、あのまなざし、お心映えにあふれた、あの……!!」
言葉を失う千両騎士もいた。
一目千両の美を語る、千両騎士たちの中には公爵も、伯爵も、準貴族の騎士もいる。どんな身分の騎士もみな、一目千両に逢って満足しない騎士はいなかった。
たった一目で千両に値する。
時を経て、一目千両は戦士たちの戦神、勝利の女神、守り神となっていた。
「いざ、一目千両の御ために、この勝利を捧げん!」
騎士たちは勲をあげ、農民たちは、
「ありがたや、ありがたや」
「我らの国の守り神」
「一目千両さま」
「一目千両の君」
「一目千両さまの御陰で、儂らはこうして生きておるのだ」
「一目千両の君がゆえに、日々を安んじられている」
美しい一目千両の似姿やおしるしをまつる祠や神殿。それのない村や街は、このローレン大王国には一つもない。
ほかの神々に並んで熱心に祈られていた。
温暖から峻厳にいたる地域を抱える広大な国土。そこに住みなす騎士たちや兵をあまねく照らす光。戦う者のみならず、ローレン大王国すべての人々の心の光、一目千両。
一〇〇〇両を達成した騎士が現れ、謁見があると、その日の一目千両の姿は速やかに版画に刷られる。色鮮やかに国じゅうに流布する。
山河のここかしこで、戦士たちのみならず、女たちのすべても、美貌の女神の絵図を求める。
「これが、こたび千両騎士となったあの伯爵の謁見のときの、一目千両のお姿か」
「絵図でも震えるほど麗しい」
「眼前に見ればどれほどだったか」
「こんなに素敵な彩りのドレスで、こんなに艶やかに巻いた髪型だったのね。あらっ、このお化粧は真新しいわ!」
「ねえ、伯夫人、あなたはもうご覧になりました?」
「奥様、お嬢様にも、お早くお見せしませんと!」
一目千両の最新のドレスの形。レースの素材。染色の方法。宝石の産地。金銀の細工技術。その髪型の作り方。化粧道具や顔料。
すべてについて、あれかこれかと噂話が花咲く。
商人や職人や農夫のおかみに奴隷の娘、貴族の姫、王家の奥方や大王の王女まで。
森林や山地で隔てられ、街道で繋がれた大王国の女たちのだれもかれもが、その新鮮で魅力的なスタイルを取りこんだ。
男たちには、それに似合いのスタイルが求められた。
「素敵ねえ」
「美人で、たった一目で千両騎士に報いてしまうお方」
国じゅうの人々の関心の的で、心も優れているという理想の乙女は、崇敬の対象。決して失われてはならない至宝。
そんな絶世の美女の正体は、神秘だった。
出身地も年齢も、名前すら不明。
大王の都に立つ謁見の場、一目千両殿で、千両騎士にのみ、一目きり、姿を見せる。
そのほかの日々はどのように暮らしているのか。国のために祈っているともいうが、いったいどこの神殿で、どの系統の、何という大神官について?
住まいはどこか、もしや千両殿に起居しているのか。それにしても、あの石造りの高い高い建物から外へ出ないわけではあるまいに、なぜ目撃情報が皆無なのか。実在していないのではなかろうか?
ゆえに、こんな事件があった。
とある吟遊詩人が、歌謡の題材にと、真実を暴きに千両殿へ侵入した。
番兵に見つかり、惨たらしい串刺しの姿で刑場に晒された。
「当然だわ。一目千両さまに、そんなこと。冒涜よ!」
「拙者がこの剣で斬り殺したかった」
「ああ、いつまでも一目千両さまが、このローレン大王国をお守りくださいますように」
そんな恐ろしくも厳重なベールに包まれた正体不明の聖女、一目千両の本名は、実はシュゼットといった。
ただのシュゼット。なんの変哲もないシュゼットだ。ローレン大王国の第二公用語に一般的な名前のひとつ、シュゼット。
そのシュゼットは、今、人生の岐路に立たされていた。
――どうしましょう! これはいったい、どうすれば!?
頓狂に、胸のうちで叫んでしまっている。
大王妃の装いよりも高価なドレスと宝石を身にまとう身で、思ってもみなかった危機。
厳しい選択をせまられていた。
せまっているのは目の前の騎士。
シュゼットが会う、限られた男性なのだから、もちろん千両騎士だった。
まだ二十代前半にもかかわらず、一〇〇〇両を倒す偉業をなした英雄。
比類ないほど背が高いほかに、人並みはずれた点がもうひとつあった。
美男子だった。目もくらむような美男子だった。
涼しげにして端正な顔だち。野生の獣のような筋肉を感じさせる長躯を、最高級の白絹の盛装に包んでいる。
日に灼けて白に近い銀の髪は、四方八方へくるくると跳ねながら長く背中を覆っていて、野趣がある。
猫背なのは、その高すぎる上背からの癖だろう。
その騎士が、今しがた、優しい瞳で、シュゼットに向けて首をおろすようにして言った。
「ぼく・と……一緒・に、来る?」
たどたどしい口調だった。ちょっと容姿からは想像できなかったような。
青年の声音で、幼児のような舌足らず。長く人と話してこなかったために、喋り方を忘れてしまったとでもいうような、話しにくそうな調子。なんとなく、物語に出てくる賢い神獣の純真無垢を思わせた。
『ぼくと一緒に、来る?』
そんな、突然ですか!?
これがシュゼットに突如つきつけられた岐路だった。
一目千両への、逃亡教詐。
思ってもみなかった。
初めてで、未来永劫、一生ないだろう誘いに、シュゼットは目を剥きそうになった。
差し出された手をとるべきか、とらざるべきか?
そこへ思考がいくより先に、シュゼットは恐怖した。
いけないいけない。表情を崩してはいけません!
あとで、この千両殿の専属の化粧係・ジュリアンに、こっぴどく叱られてしまう。
――
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