第6話 卒業旅行
「いつか二人で旅行に行きたいね。北海道の海鮮を食べまくりたい」
カニ好きの雪乃は、旅行会社のパンフレットを見せる。卒業旅行の行き先について相談したいようだ。回りくどい誘いに、思わず苦笑しながら頷いた。
「小樽も札幌もいいよね。でも、北海道は車がないと不便じゃない?」
「あー、確かに」
家族で北海道に行ったときは、父がレンタカーを運転した。
雪乃も私も、若葉マーク。彼女を乗せて運転する度胸はない。
「電車かバスで移動できる場所……それと、カニ尽くしのスポットは」
雪乃の目が輝いた。
「慧さん、タオル多めに持って行ける?」
「お友達と楽しんでおいで」
私と雪乃の関係を知っている母は、新幹線の見送りのときに言った。父に雪乃との関係は話せていない。大学の友達と三泊四日で旅行に行くと伝えた。
雪乃が高校生のとき、バイセクシャルだと家族に話すと父親は激怒したそうだ。男子も女子も恋愛対象になり得ることを、理解してもらえなかったと聞いた。その話を聞いて、父に交際を告げるのが怖くなった。私の母は「自分には(女の子同士付き合うことが)分からないけど仲良くね」と言ってくれたが、父も肯定的に受け入れるか分からない。自信を持って話せないことが、もどかしい。彼女と旅行に行くことは、私の母と雪乃の姉しか認識していない。
後ろめたい気持ちを抱えたまま、改札を通った。悩みの種はもう一つあった。彼女の機嫌を直すこと。
山口に帰省して二週間。毎晩、布団の中で通話していた。
自分の部屋と、両親の寝室は同じ階にある。壁は薄くないが、夜中の笑い声は響きやすい。布団で騒音を吸収させた。酸欠になりかけながら、遠距離恋愛に耐えきれなくなった雪乃を宥めていた。山口と広島、隣の県でも淋しさは募るようだ。実家で羽を伸ばす私に、心細さを説く日々が続いた。
この旅行が、淋しさを耐えた雪乃にとって癒しになりますように。まずは売店で購入した山口銘菓、クリームの入った蒸しカステラを献上しよう。
停車する新幹線を眺めていると、窓に顔を近付けた雪乃と視線が合う。土産の紙袋を持ち上げると、パアァッと満面の笑みを浮かべた。大好物だと聞いていたが、手で犬のしっぽを模して喜びを表現するとは思わなかった。
徳山駅を出発したのは、二〇二〇年二月二十五日。雪乃の告白から四ヶ月が経っていた。そして、新型コロナウイルスが日本に少しずつ広まりつつある時期でもあった。
今思えば、宿泊の旅行ができる最後のチャンスだったのかもしれない。目的地の由布院と別府には、感染者はまだ出ていなかった。私と雪乃は、マスクとアルコール消毒で感染対策をしながら温泉を楽しんだ。三月から日常が崩れていくことも知らずに。
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