第4話 スイッチ
上に乗って。
雪乃はお家デートのとき、いつもおねだりする。
俗に言う騎乗位ではない。仰向けになった雪乃の上に、私がうつ伏せで寝る体勢のことだ。それが雪乃にとって落ち着くらしい。体重をかけても苦しそうな素振りは見せない。普段から飼い猫をお腹の上に乗せたり、運送会社のバイトで鍛えたりして、体力に自信があるようだ。
この日も私の部屋で、くつろいでいた。雪乃のおすすめ動画を見ながら、胸元にあごを沈める。
Eカップふわふわだ。甘い香りに包み込まれて安心する。やがて、雪乃の鼓動が早くなっていく。
動画を止めた雪乃がまっすぐと見つめる。
「ほしい」
密着すると発情してしまうらしい。私は、仕方ないなぁと言いながら、服の上から胸を愛撫する。
雪乃、愛してる。私の囁きに彼女は頷く。両手を広げ、来てと意思表示する。
私は咳払いをして、低音ボイスに切り替えた。
強制的にタチに回るのは、体力よりも精神面の消耗が激しい。自分ではないキャラを演じなければ、雪乃が喜ぶ言葉責めもできない。ネコ寄りのリバとはいえ、MがSっ気を出すのは簡単なことではないのだ。それでも、本心は偽らない。
「顔を隠さないで。可愛い顔、私だけに見せてよ」
雪のように白い肌が、ほんのりと赤らんでいった。力の限り抱きしめられ、左手で頭を撫でる。とろんとした目は、幸せに浸っているように見えた。
恋人が可愛すぎてつらいと、絶叫したくなる気持ちが分かる。たどたどしい声で名前を連呼されれば、庇護欲が掻き立てられる。昨日、爪を切っておいて良かった。安堵したとき、雪乃に押し倒される。
「お返し」
「私はいいよ。指、荒れているんでしょう?」
皮がめくれて赤くなった指を思い出す。
やんわりと断ろうとしたが、キスには抗えない。鼓膜に響くリップ音は心音を掻き乱す。
「ゆき、の……っ」
本当は、もっと触ってほしい。それ以上、焦らされるのは。
「無理」
私の一言で、雪乃は固まった。泣き出しそうな表情に変わる。
「ごめん。できない」
俯いた雪乃の顔は暗い。
「駄目とか嫌なら受け流せた。でも、あの言葉だけは……」
回復したはずの心の傷に、刃を突き刺してしまった。私はトラウマを思い出させたことを詫びる。
雪乃が小学校時代にいじめられていた話は、付き合ってから聞いていた。配慮が足りなかったことを悔いた。
改めて思う。私の彼女は、硝子のように繊細で。明るい笑顔の下に、無数の忘れたい記憶が隠れていると。
彼女にとっての禁句を心の中に刻み込む。一緒にいる時間を悲しみで塗り潰さない。そう固く誓った。
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