第2話 恋人としての距離感

 雪乃から告白された夜。

 私はベッド、雪乃は寝袋で寝た。


 同じ布団で寝ても良かった。だけど、そうしなかったのは距離を大切にしたいから。


 付き合って一ヶ月目は、唇が触れ合うキスで留めた。

 手を繋いだり、趣味について話したりする。そんな時間を重ねた。


 仲の良かった雪乃にも、話さないことは山ほどあった。信頼している人であればあるほど、弱さや変わった一面を隠したくなる。真面目そうに見えて要領が悪いとか、家では一人称が「僕」「俺」になるときもあるとか。傍から見れば、大した内容ではない。ただ、そんな些細な話でも、好きな人に嫌われたらと思うと怖くなる。


 私は幻滅されないうちに、勇気を出して尋ねた。


「ねぇ。雪乃は私のどこに惹かれたの?」

「全部」


 いきなり甘い回答ですか。にやける頬を抑え、具体的に訊いてみる。


「小動物みたいに癒されるし、一生懸命なところ」


 お、おぅ。訊いておいて悪いけど、とても恥ずかしいです。はい。


「……なんだけど」


 雪乃はあごに手を当てた。直してほしいところがあるのかな。

 身構えた私に、彼女はあっけらかんと言った。


「慧さん、意外と不器用だよね」


 両親しか知らない事実だ。見抜かれていたことにドキリとする。


「博物館の講義でさ。掛け軸の掛け方と仕舞い方を実践したじゃない。慧さん、上手くできていなかったから、かなり意外だった。真剣に説明を聞いていたのに」


 巻緒の結い方が思い出せず、わたわたしていた記憶はある。

 雪乃さん、そんなところまで見なくていいのに。でも、完璧なところに惹かれたと言われなくて安心した。小さなところも見守ってくれるような人を、大事にしたいと思った。


 思いが募るほど、食欲が低下した。いわゆる恋煩いだ。幸せ成分が過剰に分泌され、彼女に早く会いたい気持ちでいっぱいだった。大学までの道を、小走りで進むようになる。


 講義は前後の席に座り、笑みがこぼれないように過ごした。隣同士は集中力が持たない。横顔をずっと見てしまう気がした。


 共通の友達に、雪乃との交際を話すことはなかった。秘密にしたい思いがあった訳ではない。ただ、雪乃といられるなら、理解を得なくても良かった。


 一人暮らしのマンションに、雪乃と帰る。新婚みたいだねと惚気けるぐらいには、浮かれていた。

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