始まりと、月と、私と、地球と、

全ては始まりのただ中にある。

やがて描かれる飛行船は、もはやその形さえ覚えられず、

遠宇宙から放たれた呪いは、太陽の中に沈んでいった。

全ては、もう始まりのただ中にある。

また、月の支配する朝が来る。



「――――」

ふと、顔を上げた。

目の前に、一人の男が立っている。

白いスーツを着込んだ長身の男だ。

肩幅が広く胸板も厚い。長い手足は太く、しかしバランスよく筋肉がついているのか、無駄なところは一切ない。

「私はコノウ・スムラ。月の者だ。」

男は名乗った。しかし、月の者がなぜここに。

私は訝しんだ。月の者は月にいるものだ。なぜ地上にいて、ましてやなぜ、私の所へ来たのだ?

「何用だ、月の者よ。こんな始まりのただ中だというのに。」

私は訊ねた。

「君はどうしたい?」

その男は訊ね返した。

「どうとは……どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ。君が望むなら、君の願いを叶えよう。」

「それは願えば何でも叶うということか?」

「そうだね。」

男はそれ以上何も言わない。

長い沈黙が二人を包む。

確かに、月の者が地の者たる私の願いを叶える事など、造作もない事だろう。

例えそれが、我々の神の領域にさえ届いたとしても、別次元を生きる月の者には関係のない話だ。ましてや、月の者へ願った事は、やがて我が身に返ってくるのだから。

最も恐ろしいのは、それは未来に来るかもしれないし、過去に来るかもしれないという事なのだ。

「いや、何も望まないよ。強いて言うなら、ここから立ち去ってくれ。」

私は冗談めかして言った。しかし、これは間違いなく失態だった。

「その願い、聞き届けた。」

「……おい、待て、それはどういう」



かくして、男はその場を去った。

そして、私もその場を去らなければならなくなり、今ここにいるという訳だ。

やがて、私をおいたままで、また、月の支配する朝が来る。

全ては始まりのただ中にあるのだから。

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