第8話 夢物語を編んでいく07
学校のスケジュールで、実地訓練日程の大半が消費されていった頃。
その日も、郊外に出て訓練が行われていた。
人の手が入った、整理された森林の中。
そこには、必ずメグミの姿もある。
キサキは、もうすっかりクラスの風景の一部になってしまっているメグミの様子を見ていた。
そこに、唐突に声をかけられる。
「た・い・ちょー」
「うはぉっ!」
「あはっ、面白ーい」
背中からの不意の声かけにのけぞり驚きの表情をするキサキに、ユカリはカラカラと笑い声を上げた。
ユカリは、周囲に危険がないか確認してくる仕事を任されていた。
この場には、一般人であるメグミもいるため、キサキが気をまわしたのだった。
「何だよ、職務怠慢か。休憩ならさっき変わってやっただろ」
「ちーがいますー。ちゃんと仕事してるよ。報告報告」
「報告?」
態度だけかしこまったユカリは、ニヤニヤした笑顔を顔に張り付けながら、キサキに己の諜報活動及び索敵能力の成果を教えて来た。
「ちょろっと向かいの方でね、あんまり良くない不良集団を見かけたから、早めに引き上げたらどうかなーって」
彼女が伝えてきたのは授業として生徒に与えられる敵以外の脅威について。
「お、おお。さんきゅな。不良かぁ、ってぇ事は一般人かな」
「さあ、どうだろ。ちょっと怪しい感じ。もしかしたら、実験でおかしくなった退魔士かもしれないし。……あたし達は一応学校の人間だから、救難信号とか救助要請とか出せば、ある程度守ってもらえるだろうけど、あんまり暗部とか見ちゃうと消されちゃうかもしれないし」
「あー、そうだな。分かった、お勤めご苦労さん」
ユカリがただちょっかいを出しに来たわけでもないという事が分かったキサキは、ぞんざいに誉める。
だが、ユカリはそれで満足しなかったようだ。
何かを促す様に、首を前に傾けてくる。
「えへへ、撫でてくれてもいいのよ?」
「するか。お前が下手に出た時は怖いの、トラウマなの。報告終わり、分かったらさっさと持ち場に戻れ」
「ちぇー」
不満そうに唇をとがらせていたユカリが遠くへと離れていくのを見送ってから、キサキはメグミへと声をかけた。
「つーわけで姉さん。悪いんだけど、そろそろキリの良い所で終了してくれね? 俺達まだ実践なしの学生だし、何かあっても守り切れないかもしんねぇから」
チューニング機械から顔を上げたメグミは意外そうな面持ちで、その言葉に答えた。
「何があっても大丈夫って言いそうなタイプだと思ったわ。キサキ君って」
「俺、どんなだと思われてんの? 残念ながら、出来ない事無理にやろうとするほど無謀じゃないんで」
「そう。じゃあ三分くらいでまとめるから、それまでお願いね」
「おーけーおーけー」
話のキリの良い所で、妃は一息をついた。
車外は未だに暗いままで、おそらく事故の発生から数時間ほどしか経過していない。
恵子は、先程よりも顔色の良くなった妃を見て少しだけ胸を撫で下ろす。
病は気からということわざがある通り、意思が挫けてしまえば上手くいくものもいかなくなる。
そういう意味で言えばこの物語を話す事は、この少年にとっていい効果をもたらしたようだった。
「ちょっと疑問に思ったけど、物語に出て来た研究者ってひょっとして私の事かしら」
「おう、姉さんのことだぜ」
「私なんかが貴方達の大事な物語の中に登場してもいいのかしら」
「別に構わねぇよ。大半は、現実にあるもんでできてるし」
と言う事は、ミシバちゃんやカオルちゃん、キリコ君というのはクラスメイトなのだろう。
そういえばガイドをしている最中、似たような性格の子供達と話をした記憶がある。
「あいつが、おっちょこちょいで不良がうろつくような路地に、迷い込んでった時は回収するのに、だいぶ苦労したな」
「ミシバちゃんのモデルの子ね」
「みんなで散々探し回っったのに、けろっと帰ってきやがって」
設定には、現実であった色々な過去の出来事が活かされているようだ。
「皆で作ったお話だったのね」
「ああ、俺達の物語だ」
でも、だからこそ、と妃は続ける。
「最後に生き残った俺が語らなくちゃいけないんだ。夢物語を夢の物語のままで終わらせない為に、あいつらが生きていたっていう証拠を少しでも多く残す為にな」
その物語は、妃達にとって大事な物のようだった。
彼にそうさせるこの物語とは、一体どんな軌跡を経て、紡がれたものなのか。
「昔、いた。一人の女の子がさ、いなくなった時に、みんなで悲しんだんだよな。その子は、もっと生きたいって言ってたよ。だから、俺達がかわりに命をつづけてやる事にした、んだ。大丈夫だから、って。お前は俺達の中では、ずっと生き続けるからって」
「強いのね」
「強くなんかねーよ。続けて良いか、姉さん」
「妃君が構わないならね」
「よし、じゃあ始めるぞ」
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