第7話 夢物語を編んでいく06
退魔士の学校が終わった後に、キサキ達はある病院を訪ねていた。
数階分の階段を上って辿り着いたフロアの病室に辿り着いたキサキは、途中で購入した花を持って病室にいる人間へと声をかけた。
「邪魔するぜ」
「失礼します」
丁寧にあいさつをしたキリコと共に、室内へ入る。
部屋の中に一つだけあるベッドに歩み寄り、そこに眠っている女性へと覗き込む。
「まあ、今日もそうだよな」
やせた女性の顔を覗き込んでキサキは嘆息。
ベッドの上に横たわっている女性はキサキと非常によく似た顔をした女性だった。
それもそのはず、キサキの体に流れる血の元となった女性。
母親なのだから。
「まったく、退魔士の学校に入ったっていうのに、いつ目覚めるんだかな」
呟きながらもキサキは慣れた手並みで、ベッドわきに置いてある花瓶から、そこに刺さっていた花を抜き取って、自らが持ってきた物と入れ替える。
「お前がきちんとした退魔士になるまでじゃないのか」
「きちんとしてるっつーの、授業中は」
「なら、普段からその自覚を持てという事だろう」
「俺の話聞いてた?」
言葉の応酬を続けつつも、キサキの手は作業を完遂させる。
枯れた花を、購入した花を包んできた包装紙に包みなおす。ゴミを出さないよう、持ち帰りのためにカバンに仕舞っていると、キリコが声をかけた。
「あんまり誘いたくはないんだがな。うちの妹が、お前を気に入ってる。夕飯ぐらいなら、ついでに振舞ってやっても良いぞ」
「ツンデレかよ。いいよ、別に。今日はバイト先で食うって決めてるしな」
「そうか」
それきり話が途絶えた。
居心地の悪さを覚えたキリコは、今更ながらの話題を出した。
「この見舞い、俺が顔を出して意味があったのか」
その言葉を聞いたキサキは、思いっきり顔をしかめた。
「はぁ? ばっかお前、意味なかったら声かけちゃいけないんですかー? これだから頭でっかちの石頭は」
「誰が頭でっかちで石頭で頑固だ偏屈だ」
「そこまでいってねえっつーの」
キリコは病室を見回しながら、その内装を見てため息を付く。
「飾り気のない部屋だな」
「そういうの、好きじゃねぇんだよ。シンプルイズベスト的な?」
「お前の事だから、もっとごちゃごちゃさせているかと思った」
「何かあったら、そん時邪魔だろ」
「そんなところは、まともなんだな」
辺りさわりのない、確信をつく事のない会話を延々と繰り返す二者は、そんな雰囲気を保ったまま、挨拶をして病室を出て行った。
廊下を歩いて行き、面会終了を伝える為に一回の受付まで行く短い間、キサキ達は揃って無言で歩く。
その最中、意気に通ったのとは違うルートで歩いたキサキ達は、ある場所で立ち止まった。
それは、数年前にキサキとキリコ、そしてキサキの母親が初めて出会った場所だった。
「あの時はお互い大変な状況だったよなぁ」
最初に口を開いたキサキに、キリコは気が進まないながら応じる。
「あの時の女子だと思っていた男児がこんないい加減に成長するとはさすがに思わなかった」
「何だよ、すねんなよ、お前の初恋奪っちゃってごめんな、夢壊しちゃってごめんな」
「うるさい。過去の話だろ」
額に青筋を浮かべながら早口で答えるキリコは、そんな時でも周りの環境を気遣って小声だった。
からかわれた事への士返しのように、キリコが言葉を口にする。
「行っとくが僕がお前に声をかけたのは、お前が女子だからとかそう言う理由じゃないからな、いくらなよっちくて弱々しくて、女々しくて泣きべそ書いていたとしても、女子だからじゃないからな」
「二度も念押しすんなよ、それは俺だって分かってるよ」
キリ子達がするのは、科数年前に会った過去の話。
かつて世界の脅威によって襲われた親子がいて、瀕死の重傷を負った母親がいて、その子供が途方に暮れていただけの、そんな至極ありふれた話だ。この世界では。
「俺達、ここまで生きたんだよねぁ」
「当たり前だ、これからも生きる」
「ブレねぇな。お前は昔からそんな感じだったもんな」
この世界では生きるのは当たり前じゃない。
明日死んでいるかもしれない人間なんて、死んでいてもおかしくはない人間なんてそこら辺にごろごろいる。
黒面の発生は不定期で予想もつかない。
思わぬ場所から魔物に襲撃されて、戦う事すら逃げる事すら死んでいった者達が多くいるのだ。
だから、キサキたちがその世界で生きている事は当たり前ではなかった。
どんな偶然で、不幸な事故で今までに死んでいたとしてもおかしくはなかったのである。
キサキはそんな幸運を確認する為にも、その場所に訪れていた。
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