自室に持ち込み、起きているはずがない両親を警戒しながらそっと缶を開ける。窮屈そうにしていた空気が抜ける音がした。タブを奥にぐっと押し、俺の緊張は高まった。飲み口が唇に触れたとき、なにかスパイスが欲しいな、と思い一旦缶を顔から遠ざけ、ノートパソコンを開き、今この雰囲気を盛り上げてくれそうな音楽を探しだした。それはすぐに見つかった。無名の曲だった。作曲者名はKという一文字だけ。どこに惹かれたのか自覚のないまま、俺は再生した。

 加速した。音が割れたようなノイズが渋ることなく耳に浸入してくる。けれどうるさくはなくて、むしろ心地が良かった。一瞬、自分が誰なのかがわからなくなった。でもそんなのはどうでも良かった。俺は俺の居場所がわからない。どこに帰るべきなのかもわからない。そもそもそんな場所はあるのだろうか。涙が溢れた。多分、酒のせいではない。三パーセントのアルコールを数口飲んだだけではこんなに酔うはずがない。曲のせいだ。俺は今、この曲にある種の抱擁を求めている。この音の響き、俺には痛いほどわかるよ。誰かを愛したい。けれど怯えて生きてしまう。K、君もこんな気持ちになったことがあるのか。君は一体、誰なんだ。

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