見捨てられた無名剣士【ノービス】

 難攻不落の巨人。ミスリルゴーレムとの遭遇により、面々はパニックに陥っていた。

 

 今までが順調に来ていた分、問題が起きた際の動揺は凄まじかった。


「うわああああああああああああああああ!」

「逃げろっ! 逃げろっ! 逃げろっ!」

 

 慌てふためき、逃げ惑う面々もまた多かった。


「皆! 落ち着くんだ!」


 それでも尚、勇者である勇希は落ち着いていた。


「でも……落ち着いたって、どうするんだよ? 勇希」

「ミスリルゴーレムには『絶対魔法防御』のスキルがある……だけどこれは魔法に対する絶対防御耐性があるというだけだ。物理攻撃だったら、奴にダメージを与えられる」

「でも……お前も奴のステータスを見ただろ? あのHPと防御力……並外れていたぜ」

「だが、与えられるダメージは0じゃない。ダメージを与え続ければ、いつかは奴も倒せる時が来るはずだ!」


 勇希はそう熱弁する。確かにそうだろう。コンクリートですら、無限に水滴を受け続ければいずれは穴が開くらしい。

 だから、このミスリルゴーレムも僅かなダメージでも与え続ければ、いずれは打倒する事ができる……かもしれない。

 だが、それは気が遠くなる程に根気のいる作業であった。そして、迫りくる死の恐怖に耐える必要性もあった。


「うわああああああああああああああああああ!」

「逃げろっ!ーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 しかし、当然のように彼等にそんな胆力はなかった。今までが順調に来ていた彼等は既に慢心していた。どこかゲームのような気分だったのだ。負けるはずもない闘いであったのならば、死がかかっていたとしても何の支障もない。

 だが、僅かにでも死の危険性があるとするならば別だ。途端に臆病になり、彼等は闘う事を放棄してしまう。そして逃げ出してしまったのだ。


「ま、待てっ! 逃げるのかっ!」


 勇希の言葉すら、彼等はもう聞く耳を持ち合わせていなかった。混乱した戦線は瓦解していった。もはや戦いの体を成していない。


「……きゃっ!」


 可憐は転んだ。しかし、他の連中はもはやそれを意にも介していない。自分の命を守る事に必死で、彼女の事なんて気にも留められないのである。


「北城さん……立って」


 来斗は可憐を起こす。


「あ、ありがとう……三雲君」

「俺が時間を稼ぐ……だから君はそのうちに逃げてくれ」


 もはやミスリルゴーレムを倒す術はない。物量で押し切る戦略が取れなくなった以上は、ミスリルゴーレムのHPを削り切る事はもはや不可能だ。


 その為、来斗は囮になる事にしたのだ。来斗はミスリルゴーレムに向かって駆けだす。


「お、おいっ! あの三雲の奴が取り残されてるぞっ!」


「放っとけよ……あんな奴、どうせお荷物なんだからよ」


「へへっ……厄介払い出来て良かったぜ。あんな奴」


 来斗が囮になっているという事に対して、何の感謝もなく、一部の面々は好き勝手な事を言っていた。


 ミスリルゴーレムの鉄拳が来斗に向かって振り下ろされる。


「くっ!」


 来斗はその攻撃を避けた。だが、ミスリルゴーレムの鉄拳の威力は凄まじかった。地面に巨大なクレーターができた。そして、その破壊力はそれだけにとどまらない。突き抜けて、地盤の崩落を齎したのだ。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 来斗は悲鳴を上げた。そして、自由落下が始まる。


「三雲君!」


 ただ一人、来斗の身を案じて、可憐が声を上げる。


「放っておけよ……北城さん。あんな足手まとい」

「そうそう……あんな役立たず、厄介払いできてラッキーだったでしょ」

「まっ……最後に役に立ってくれたのだけは恩に着るぜ。くっくっく」


 他の連中は来斗をそう蔑んでいた。


「そんな……酷いじゃない。三雲君も私達と同じ仲間なのに!」

「仲間っていうのは対等な力を持っている場合だけですよ……あんな奴仲間じゃない。足手まといって言うんですよ。けっけ」


 周囲の男達はあざける。否応なく、英雄達は撤退を始める。命あっての物種である。こうして彼等は初めて、屈辱的な敗戦を喫したのだ。


 来斗は地下に崩落したが、それでもまだ死んだわけではなかった。連中は来斗を死んだと思ったと思うが。いや、あるいはどうでもいいと思ったか。


 こうして、この出来事をきっかけに今回の異世界での生活が大きく分岐してしまったのだ。


 これから来斗の一人旅が始まる。そう……この世界での絶望的な運命を変える為に。彼の冒険の旅が始まったのだ。

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