1巻発売記念SS、その2 レイシーとニンジン

※1巻時間軸、まだレイシーが日常的に魔術を使うという認識がなかった頃のことです。







 

 ――カゴの中にはごろごろとオレンジ色が。

 アレンからたくさんのニンジンをもらったレイシーは途方にくれていた。


「ど、どうしよう……」

 ニンジン。材料。畑の収穫物。もちろんそんなことはわかっているし、見たことは何度もある。はず。「ああ、本当に、どうしよう……」 ぐるぐると家の中で回ったり、止まったり、「あ、ああああ」頭を、抱えたり。


「りょ、料理なんて、したことがない! ど、どうしたらいいの……!?」


 切実すぎる、叫びだった。



 ***



 アレンからもらったかごをとりあえずキッチンに移動させて、レイシーはうんうん唸っていた。

 食事は大切だ、ということはウェインがいつも言っていたことだ。レイシーだってわかってはいるけれど、ゼロどころかマイナスの自身である。いきなりこれはあまりにハードルが高すぎる。


「……とりあえず、考えるのは明日でどうかな?」


 逃げるような言葉を呟いたとき、食事なんて一日一食か、最悪二日に一度でもなんとかなるんじゃないかな、とそっと耳元で囁く何かがいて、いやだめに決まってるだろ! 衣食住をおろそかにするんじゃないっ! と反対の耳から別の声が聞こえる。多分ウェインの幻聴である。


「う、うう……頭の中でウェインと私が戦っている……」


 いいじゃんいいじゃん、と小さな声で集まる小さなレイシー達を前にして、「こらぁ!」と小さなウェインが叫んだ。レイシー達はそそくさと消えて退散した。想像の中でも中々のダメダメっぷりである。あまりの弱さに泣きそうだ。


「で、でも、つまりは私も、本当は心の中ではちゃんと食べなきゃってわかってるってことよね」


 唐突に前向きになった自分に驚きつつも、嬉しくなった。レイシーはしゃんと立ってぱたぱたと両手を動かす。


「どっちにしろ、ここは王都じゃないんだから食事は自分で調達しなきゃだめなんだもの。逆に、すごく運がよかったと思う! あのアレンって子には、あとでしっかりお礼を言わなきゃ!」


 と、ポジティブな言葉に見せかけて突き出した拳はぶるぶるに震えていた。拳どころか、力を入れて踏み出した足までがくがくしていたので、レイシーは無言で自分の足を流れのままにはいやと叩いた。

 周囲には誰もいない、一人きりとなると、どうしても独り言が増えたり、妙な行動が増えたりと知りたくもないことまで知ってしまうのだな、と思ったり思わなかったり。


「ど、どりゃあ!」

 と掛け声と一緒に吹っ飛んだのはニンジンの頭である。「はあっ……はあっ……はあっ……」包丁を両手で握りしめて腹の前に固定しつつ、息が荒い。もうわけがわからない。


 料理をするのなら、刃物が必要だ、ということくらいの知識はレイシーの中にあったので、一応荷物には詰めておいた。それだけでも快挙であり、むしろ快挙すぎた。道具がないからできませんという言い訳は通用しない。


「つ、次は、ど、どうすれば……ええっと、ウェインはどうしてたっけ、ああ、思い出そうとしても手元だけがぼやけて何も……何もわからない……!」


 さすがに土がついたままではよくないと思ったので水で洗ってヘタを切ってみたが、それから先がさっぱりである。


 つまりはそれだけ食に興味がなく生きてきたということなのだが、自分自身の未熟さばかりを痛感した。そう、知らないことを知ることができたというだけでも、王都を出たかいがあった。これから先の自分は、一体何を知っていくのだろう……。


「と、いい感じにまとめてる場合じゃないわよね……問題は……今現在の、食事……!」


 レイシーはあまりにも準備不足だった。

 頭だけが吹っ飛んだニンジンを両手で握りしめて、どうすればいいのかしらと思案する。料理。味付け。どうやって。レイシーは考えることをやめた。

 包丁のかわりにニンジンを両手で握りしめつつ、食卓につく。皿はある。以前にこの屋敷に住んでいた住人のものだろう。きらんきらんと輝く大きな皿の上にニンジンを一本だけそっと置いた。まるで何かの儀式である。


「もうちょっと増やそう……」


 さらに立ち上がりニンジンを取り出し水で洗って二本に増やす。白く大きな皿の面積が埋まってレイシーはちょっとだけ満足した。


「さて……」


 ニンジンに手を伸ばした。

 ここまで来たら、やることはもう決まっている。――そう、かぶりつくしかない。

 がりごり、かりこり、ぽりんぽりん。

 とてもいい音がした。肉ならばともかく、野菜なら火を通さずとも問題ないことくらいは知っている。というわけでがりがりしてみたのだが……ぴたり、とレイシーは止まった。


「お」 じっと自身の手元を見つめる。「おいしい……」

 このとき、ニンジンぽりぽりレイシーが爆誕した。「これなら三食ぜんぶニンジンでいいかも。三食は忘れそうだから、やっぱり二食でいいかな。すごい、初めて食事の準備ができちゃった」と、ウェインが聞けばずっこけるようなことを呟いている。


「歯ごたえがすごくいい」と言いながら満足げに両手でニンジンを握りしめぽりぽりと食べる彼女は、馬かとウェインに突っ込まれることを、まだ知らない。




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いつも読んでくださってありがとうございます!

『暁の魔女レイシーは自由に生きたい』ですが、2巻も夏頃発売予定となります。

もしよければよろしくお願いいたします……!

https://kakuyomu.jp/users/amagasa-hyogo/news/16817330653002429342

(近況ノート)

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