その頃、元婚約者(おまけ)
※ 三章と四章までの間の話、おまけの小話となります。
題名の通り、元婚約者の現在です。
本編とは一切関係ありませんので、苦手な方は読み飛ばしていただいても大丈夫です!
金の髪の、オレンジ色の瞳の青年が、勢いよくクワを振った。
慣れた手付きでざっくざっくと土をひっくり返していく。まだ空気は肌寒いほどだが、青年は労働するほどに汗をかき、気持ちよさげに額を拭った。美丈夫、というほどではないが、まあまあ顔は整っている。
「はあーーーー」
きりのいいところまで進んだとざっくりクワを地面にさして柄の部分に手のひらを載せつつほっこり息をつく。
「今日も元気に労働ができた……じゃねーーーーーー!!!」
「ラモンドいきなり叫ぶなよ」
――ラモンド・デジャファン。
彼は暁の魔女、レイシーの元婚約者であり、公爵家の嫡男であった。けれども女癖の悪さから国の王女にまで手を出し、さらには王への罵倒を勇者にばらされ廃嫡となり僻地に飛ばされ現在は自給自足とばかりに畑を耕している始末。そしてラモンドの隣には少年が一人。一応ラモンドの監視役らしい。
初めはなんでこんなことに、とそればかり考えていた。ひと悶着があったあのあと、ラモンドはすぐさま自宅に軟禁された。そしてレイシーとの婚約破棄を知り、やっと外に出ることができたと思えば、逃げ出さないように両手両足を縛られえっちらおっちら馬車に揺られてやってきたのはのどかな村。背中を蹴り飛ばされる勢いで馬車から落とされ、いや一体どういうこと、ここはどこだと混乱した。どうやら彼はこの村で今後は暮らしていなかければならないらしい、なんてこった。
なんせ何をするにも人任せだったお坊ちゃんである。まずは日常生活をこなすことさえ困難だった。
しかしあれよあれよと気づけば一年以上が過ぎ去り、いい汗かいたと額を片手で拭っている始末である。
「いやなんっっっっで!!!! 俺はこんなところですっかり慣れきってしまっているのか!?」
「クワを振る姿もすっかり腰が入るようになったなー。最初はへっぴり腰だったのに」
働かざるものくうべからず。
その言葉は都会からやってきた廃嫡ボーイすらも例外ではなかった。嫌だ嫌だとひっくり返って全身で地団駄をこねたところで食べるものがなければそれすらもする元気はなくなっていく。仕方がなかったのだ。プライドよりも食だった。それが、まさかこんなことになるだなんて。
「俺の! 魅惑の!! ボディがぁ……!!!」
「顔と体のバランスが悪いな……」
来たときはひょろひょろのもやしだったくせに、筋肉が付きやすい体質だったんだな、と静かに少年がつぶやくと、ラモンドはうわあ、と泣きながら上着を筋肉で弾き飛ばした。彼はすっかりマッチョになってしまった。
「こ、こんな姿じゃ王都に行っても女性達を虜にすることはもうできないだろう……うう、辛い……悔しい……」
「それはそれで別の需要がありそうだけど。っていうかまだ戻るつもりがあったのか……」
「ナンパのない人生など我が人生じゃない! せめてお前が、女であったのなら……!」
「あったのならじゃねえよ去勢すんぞ」
「ぴええ」
態度はでかいが気が小さい男ラモンドである。王女を落としたところでこの国の王になるつもりなんて毛頭なかったし、先々のことなど何も考えていなかった。つまりはアホである。けれどもだからこそ強くもあった。
「くそっ、それなら……! この村から、ラモンドの名を国中に知らしめてやる! まずは野菜からだ! 完璧な人参でもかぼちゃでもピーマンでも作って、デジャファン家に送りつけよう! 最近じゃラーミッドのやつがなめた手紙を送ってきやがるからな……! くそっ、俺のかわりに跡取りになったからって弟のくせに調子に乗りやがって……!」
「きっとそのラーミッドってやつは、多分お前がいたときは色んな辛酸を舐めてたんだろうなあ……」
気の毒だねえ、と言う少年を尻目に、ラモンドは畑を耕した。そうして日々を過ごしていく間にラモンドの胸板はさらに分厚く変化し、体中が筋肉と化した。作る野菜すべてを弟に送り、遠路を渡っていく野菜達のために数少ない氷結石を箱につめてこまめに送る。彼はまめな男であった。でなければ片手の指では足りない数の女性を同時に相手することなどできない。様々な修羅場をくぐり抜けた歴戦の女たらしだったのだが、最後のハードルは跳びきれなかったので、ただのおマヌケな男だったとも言える。
しかし男は変わった。彼が作る野菜はおそろしく甘く、たとえ人参だとしてもそのままかじることができるほどにおいしい。品種改良を重ねたそれを実家に送る際、正直なんだかちょっと方向がおかしくなっているようなと若干気づくような気持ちもあったのだが、最近農作物を育てることに喜びを見出し始めてしまったのでいい汗をかいて体だけムキムキの男はマッチョに野菜いっぱいの木箱を軽く持ち上げた。
こうして重すぎる熱意を送り続けてやっときた返事は、弟からのものである。簡素な箱の中には奇妙な鞄だ。これはなんだろう、と不思議に思いつつもまずは手紙を読むことにした。――拝啓、兄上。あなたは、アホなのですか。
滑り出しの文字を後ろから覗き見していた口の悪い監視役の少年は、ぶふッと吹き出していた。
『兄上。あなたは、アホなのですか。
野菜はおいしくいただきましたが、いい加減、目的がおかしくなっていることに気づいてはいかがですか。
そして氷結石をしこたま詰め込んでくださいますが、保冷温バッグのことはご存知ないのですか?
失礼、そちらは王都と比べてド田舎でいらっしゃいますので、流通はしていないかもしれませんね。
ちょっと気の毒に思うので、差し上げます』
ぜひお使いください、という締めくくりのあとには保冷温バッグの使い方も丁寧に記されている。なんだこれ、便利そう。っていうかなんだ。
「んなもん、しるかよーーーーーー!!!!」
ラモンドが必死に木箱の中に氷を詰めている間に、王都では便利な魔道具が流行ってしまっているらしい。虚しさが溢れて、「一体、誰がこんなもん作ったんだよ!?」と八つ当たりした。まあまあ、荒れるなよと少年に笑われて、ムキムキな体のままドタドタ暴れた。
――その頃、一人の少女がくしゅんと小さなくしゃみをして、ちょうどその場にいた勇者に風邪を疑われ、毛布でぐるぐる巻きにされつつ温かいはちみつ入りの紅茶を飲んでいることは、もちろんラモンドは知らない。
「一体、誰なんだよばかーーー!!!」
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