第61話

 

 アレンやランツ達と一緒に探し当てた素材を再度確認し、腕のいい工房に飛び込んで依頼して、さらに調節してとするうちにあっという間に一週間が過ぎた。エハラジャの国賓を招いてパーティーが行われるまで、まだ日にちはあるが、それでも緊張してしまう。


 久しぶりにレイシーがアリシアの部屋を訪ねると、アリシアは呆れた顔をしていたが、テーブルの上には丁度いい温度の紅茶が注がれて、たくさんのクッキーが大皿に載せられている。そして相変わらず一つの窓を除いてカーテンが閉められているから、薄暗い部屋だった。


「こりもせずにまた来たのね。いい加減、放っておいてくださればいいのに」


 アリシアは口ではそう言って腕を組んでそっぽを向いているが、どうにもそわそわとして落ち着かない様子だ。彼女自身も、部屋の外に出る口実を待ち望んでいる。レイシーは二つの小箱を抱えて、「時間がかかってしまってすみません。紅茶、いただいてもいいですか?」と尋ねた。アリシアが淹れてくれたものなのだから、一番美味しい時間に味わいたい。


 勝手にしたらと口では言いつつも、視線はちらちらとせわしなくレイシーの手元に向かっている。


「すみません、荷物をテーブルに置かせてもらっても大丈夫でしょうか?」

「だから、好きになさったら」

「ありがとうございます」


 紅茶を飲んで、クッキーを一枚頬張る。が、アリシアは耐えかねたようにレイシーに向かって叫んだ。


「こんなに焦らして、一体どんな魂胆があるっていうの!?」

「ひえっ! そ、そんなつもりはないです!」


 慌てて首を振りつつ、レイシーは椅子に座ったまま一つの小箱を開けた。レイシーの手のひらよりも少し大きなサイズだ。やっと蓋が開いた、とアリシアは勢いよく箱を覗き込むが、そこには布で包まれている姿があるのみだ。キッと睨まれてしまった。「いえ、違います! 焦らすとかでは本当になく!」 今度はなんとなくアリシアが言いたいことがわかったので、あわあわとレイシーは中身を持ち上げ、布を開いていく。


「傷つきやすいものなんです。直接木の箱に入れていたら、万一がある可能性がありますから」


 そうして、取り出しテーブルにことりと置いたのだが、レイシーがテーブルに載せた“それ”を見て、アリシアは形の良い眉をぴくりと動かす。


「……なにこれ」


 期待はずれ、という感情を滲み出すように呟く。置かれたのは、ただのガラスだった。正確にいえば、四角く分厚いガラスで、立たせるために底辺の端には銀色の短い棒がついており、斜めに立てかける形で自立している。


 あまりにも貧相な道具だ。

 馬鹿にしているのかとでも言いたげにアリシアはレイシーを睨み、口を開こうとした。けれども、やめた。細くため息をついて、視線をそらす。期待をしすぎていた、とでもいうような、何もかもを諦めた顔だ。


「あの、アリシア様。もちろん、これはただのガラスではないです」

「ふうん、そう……」

「こっちの箱も開けますね。これはカメラといって、風景を写し取ることができる魔道具です。もとは誰でも使用できるようにしていたのですが、これはアリシア様に贈るために、特別に魔石を入れて魔術を練り込みました。ちょっと変わった仕掛けがあります」

「あっそ」


 まったく興味がないといった様子でアリシアはレイシーに背中を向ける。「アリシア様、少し失礼してもいいですか?」「だから、勝手にしてよ」 もはや相槌を適当に打っているようなものだ。けれども丁度いい、とレイシーは椅子から立ち上がる。そして、少しだけ部屋の中を動き回る。


 何か様子がおかしい、とアリシアが気づき始めたとき、レイシーは再度アリシアに声をかけた。


「アリシア様! こっちを見てください!」


 アリシアは振り向いた。そして、きらめくような光を見た。


 はたはたと揺れるカーテンは、レイシーが部屋中のカーテンを開けたからだ。一つの窓を除いて閉ざされていた部屋の中に、明るい太陽の光が差し込む。眩しくてアリシアが瞳を眇めると、さらに驚くべきものがあった。先程はテーブルの上でただの置物のように置かれていたガラスの板に、見るも鮮やかな風景が浮かび上がっている。


「な、なにこれ!?」


 驚き、近づく。間違いない。見間違えるはずもない。これはクロイズ国の、王都の町並みだ。レイシーはアリシアの反応にほっとして、にこりと笑った。


「通常、私が作ったカメラは白と黒のみで色がつかず、撮影には時間がかかりますが、これは撮影魔術を使用したものですから。撮影の秒数はぐっと短縮されますし、光の波長をその通り捉えるので、本物と同じように色もつきます」

「な、何を言っているかわからないわ……」


 そう言いつつかじりつくも、アリシアはぎょっと目を大きくする。ガラスに映っていたアリシアにとっては“精巧な絵”が、最初のものから変化したのだ。ゆっくりと消えたかと思うと、今度は空の絵に移り変わる。一枚ではない。何枚も、何枚も、ガラスの中から浮かび上がり、変化する。


「こ、これは……!?」

「写真、といいます。初めは写真を入れる写真帳<アルバム>を作ろうかと思ったんですが、ガラス板……写真を写すことができる材料が足りなくて。だから魔術を使用して、ガラス板の代わりになる、相性のいいものを探したんです」


 けれど撮影魔法はあまりに使用が困難だった。レイシーが行使するのならばともかく、ただの魔石に魔術を練り込み制御させるには難しい。だから、制御の必要のない物質を探した。レイシーがあのとき、ウェイン達の前で撮影魔法をかけたものは、“家の窓”だ。


 レイシーとウェインによって掃除された窓はきらきらと輝いていて、とても手頃だったのだ。

 単純に窓に撮影魔法を窓にかけたのなら、レンズに近い性質を持つもの同士、レイシーの魔力ごとガラスの中に吸い込まれてしまうだけでなんの意味もない。けれど撮影魔法は二つの側面があり、光魔法の亜種でもあるのだ。同じ性質のものが吸い込まれてしまうのなら、太陽の光だってそうだ。


 ――ガラスに吸い込まれた魔術は太陽の光をさらに含むことで活性化し、本来映るべき写真を浮かび上がらせる。


 あのとき、ウェイン達の前で家の窓に撮影魔法をかけ、ぱっと見は何の反応もなかったが、太陽の光が家に差し込んだ瞬間、見るも鮮やかな色が窓ガラスに映り込んだ。転写したのは、花瓶にいけられた花だ。透き通るような真っ赤な花弁が窓の一面に散り、きらきらと光る影は家中を照らし、息を呑むほどに美しかった。



 こうしたことを、大まかににはなってしまったが、レイシーはゆっくりとアリシアに説明した。アリシアも魔術を使用するため基本の知識があるらしく納得はしたが、それでも理解しかねる様子で首を振った。


「ならばどうして、次々に、この“写真”というものがガラスの板に映るの? ただ転写をしたのならその一つの写真が浮き上がるだけじゃありませんこと?」

「私もそう思いました。けれど、ふと思ったんです。一度転写したガラスに、再度転写したらどうなるんだろうって。結果は見ての通りです。複数の情報を埋め込むことができました。その、ガラスの板、というには少し言いづらいので、<フォトフレーム>と名付けようかな、と……」

「……今は名前の話はしてないわよ」

「す、すみませんっ!」

「べ、別に、怒っているわけじゃありませんわ!」


 レイシーは下手くそな自分の説明に嫌気がさしつつ、次に何を伝えれば、と頭の中を必死で回転させる。ここに来るまでに、アリシアに言うべきことは何度も練習した。過不足なく、必要なことをちゃんと言うことができるように。


「……あの、アリシア様は、寂しい、と言っていらっしゃいました。ですから、このフォトフレームとカメラを使ってクロイズ国の写真を撮って、エハラジャ国にお持ちいただくのはどうでしょう? このカメラで撮った写真がフォトフレームに映る仕組みになっていますが、他国の情報を持っていくという点で懸念があるのでしたら、フォトフレームはアリシア様の魔力で起動するように設定を行います。あの、あと、撮った写真がすべて写ってしまっても問題だと思うので、もちろん削除できるようにもアリシア様がエハラジャ国に行かれるまでに、設定を行い――」

「もういいわ」


 ぴしゃりとした言葉だった。レイシーを叩きつけるような、容赦のない声だ。びくりとしてレイシーは跳ね上がった。冷たい声のように聞こえるが、それは落胆のようにも聞こえる。

 アリシアは腕を組み、暗い表情のまま視線をそむけた。がっかりだと、アリシアの暗い横顔が語っている。


「私は、私がこの部屋から出ることができる、を求めたのよ? それが……何? たしかに、このカメラも、フォトフレームも素晴らしいものだわ。さすがアステールの魔道具を作っただけはあるのね。


 強く自身の腕を掴み、吐き出すほどに言葉は強く変わっていく。はっきりと告げて、今度はレイシーを正面からねめつける。


「寂しい? ええ、そうよ、この国から去ることはたしかに寂しいわ。あなたにも伝えてしまった。でも、違うでしょ? それとこれとは別だわ。この道具はあなたが作ると言ったものでも、私が望んだものじゃない。こんな自分よがりの道具を持ってこられても、何も嬉しくないわ! 何が『星さがし』よ!」


 顔を真っ赤にしてアリシアは叫んだ。喉が痛いほどに、まるで子供のように。


「作ってくれるって言ったじゃない! 私がほしいのは、この部屋からでる“きっかけ”よ!」

「もちろんです。これはお伝えしていた、きっかけではありません」


 けれどもあっけらかんとレイシーは頷いた。

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