第59話

 


「カメラの……靴」


 ウェインはレイシーの言葉を大きく目を見開いて繰り返す。こくこく、と勢いよくレイシーはうなずく。ウェインは考えた。



「……そりゃつまり……足をはえた好き勝手に動くカメラを作るってことか」

「それもちょっと面白いけど!」


 自動で風景を写すカメラ。もしくは動くものに反応するような、色々応用ができそうで楽しそうだとわくわくして、そんなものがあってもいいかも……と考えてしまったが、今作りたいものはそれではないのでよくない。


 すっかり止まっていた自分の足に気づいて、レイシーは道の端に移動し、また歩いた。いくつもある街の看板を通り過ぎて進んでいくと、先程よりも街が閑散としてくる。王都は華やかな街だが、壁に近くなるにつれて人通りも少なくなる。魔王を倒した今となってはめったにないことだが、魔物が壁を飛び越えて街に侵入してしまうこともあるため、自然と人々は外の壁の周囲は避けるのだ。


「レイシー、どこに行くんだよ」

「私の家。まずは荷物を確認しなきゃ」


 本来の今レイシーの自宅はプリューム村の屋敷だ。だから自分の家というには少し語弊があるから、レイシーが王都にいた際に住んでいた家、といった方が正しい。一心不乱に歩いた後に、目的地を知らせずに進んでいたと気づいたから、「一人で勝手にごめんなさい」とレイシーはウェインに謝ってから、さらに話を続けた。


「私はあまり考えたことないけど、鞄を買ったら靴。つまり、新しいものをセットでそろえたくなる……のよね?」

「まあ、そうだな。一式そろえた方が見栄えがするし、靴と鞄の色がちぐはぐだったら少し気になる。レイシーも靴屋に行くか?」

「えっ! お、おかしいかな」

「いや、おかしくないしかわいいよ。でもたまには違うものを買ってもいいんじゃないか。髪飾りを渡したら、靴も渡したくなるもんだろ」

「ならないと思うし、それはまたの機会にするから!」


 またさらりとかわいいと言った! となんだか憤慨する気持ちになってしまう。レイシーはぐっと唇を噛みつつ続ける。


「だから、その……セットでそろえたくなるんなら、カメラにだってセットになるものを作りたいの。写真を撮ったら、それで終わり、じゃないでしょ? 撮った写真を保存する場所をどうしよう、となって、せっかくだから綺麗に置いておきたいって思う……私ならだけど! だから写真を入れる本を作って、アリシア様に渡したいの。中にはもちろんクロイズ国の写真をつめて!」


 話しているうちに、レイシーの中でも曖昧だった考えはゆっくりと形作られていく。そうだ。レイシーは花嫁の姿を残しておきたいという願いを聞いて、カメラを作った。誰に向けてというものではなく、こんなものがあったらいいなと自分自身が願って作った。でも、考えてみると花嫁は写真を撮られるだけのもの、というのは思い込みのように感じた。花嫁だって写真を渡される側になったっていいはずだ。


 寂しいと言っていたアリシアの気持ちを少しでも柔らかくするものを渡したい。それに……と、レイシーの頭の中ではもう一つよぎるものはあったが、それより問題はカメラだ。王都に行くための荷造りに時間をかけて正解だった。不要だろうかと悩みながら、レイシーは作ったカメラを持って来ていたのだ。


 自分の準備のよさに嬉しくなってスキップしそうになる。そして見事にすっころんだ。「おわっ!」「んぶっ!」 どうやら足元がお留守になっていたらしい。レイシーも自分の行動に驚いたし、ウェインもびっくりしている声が聞こえた。


「おい、大丈夫かよ……怪我はないか?」


 呆れながらも腰をかがめてこちらに伸ばされたウェインの手をいつもと同じように掴もうとして、直前でピタリと止まり、拳を握って引っ込めた。「……レイシー?」「い、いや、あの」 なんだろう、こんなのいつものことなのに。なのに、妙に耳の後ろが熱い。


 ――せめてするなら自分の話になさい、自分の恋の話に!


 アリシアの声が、なぜだか頭の奥で響いてしまう。ぺたりと地面に座ったままのレイシーをウェインが不思議そうに見ていた。当たり前だ。急いで立ち上がって服の埃を払う。もしかして、と感じる気持ちはあったけれど、そんなことを考えている場合じゃない。


「ご、ごめんねウェイン、ちょっと恥ずかしいかったから」

「そ、そうか。そりゃそうだな、悪いな」


 ウェインもウェインで、出した片手を慌てて首の後ろに回してそっぽを向いた。「レイシーを見ていると、なんでもひょいひょい手を出して余計なお節介をしちまうのは俺のよくない癖だな」と言ってそして困った顔をしている。


「ウェイン、違うのよ、嫌なわけじゃないのよ」

「はいはい」


 レイシーの主張と、ウェインの受け取りが食い違っているような気がして急いで付け足したが、多分、ウェインはわかっていない。違うのに、と歯がゆい気持ちがある。こんなことなら、気にせず手を取ればよかった。――なんて、後悔している場合じゃない。


(まずは、アリシア様の不安を、取り除くものを作らなきゃ!)


 自分のことは二の次だ。寂しくて、悲しんでいる人がいるのなら、一直線で向かってしまう。時間が一秒でも惜しい。自然と足は早歩きになって、そしたらまた走り出していた。「おい!?」 レイシーは真っ赤な自分の顔をごまかそうと顔を下に向けて、じたばた暴れるみたいな走り方だ。もちろんすぐにウェインには追いつかれた。

 でもその頃にはすっかり元のレイシーに戻っていた。



 ***



「改めて見ると、ほんとうに……なんというか」


 すでに王都に来てすでに数日泊まり込んでいるというのに、入る度に見上げてぽつりと呟いてしまう。それほどまでにぼろぼろの一軒家だ。


 屋根はところどころ剥がれていて壁は薄っぺらでちょっと力を加えれば崩れてしまいそうだ。時間が経ったからそう見えるのか、それとも本当にレイシーが不在の間にさらに屋根が吹き飛んでいったのか。そんなこともわからないくらいに、以前は自分が住んでいる場所に興味もなかった。これでも国一番の魔法使いと自覚はしているから、もっといい住まいに変えてもらうことはできただろうに、当時のレイシー自身の無自覚さが透けて見えるようで、まるで時間差のウィンドカッターを食らっているような気分で胸がずきずきしてくる。


 ウェインに入ってもらうには申し訳なくなるくらいにがたがたなドアをくぐり抜け、ぎぃぎぃ、と床の音を立てつつ部屋に入る。ウェインを振り返ってみた。彼はぎゅっと強く腕組みをしつつ仁王立ちしている。わかる。あれは掃除をしたくてたまらないのに、自分の右手を必死に封印している動きである。はみ出た手のひらがたまらずわきわきしている。


 もちろんレイシーだって、久しぶりにこの家に来て泊まろうとしたときに、家の周囲に防犯用の結界を張りがてら、若干の掃除はした。でもあくまでも若干である。考えてみた。


「ええっと、その」

「……おう」


 ウェインの声が暗い。人差し指がむずむずして、とんとんと体を叩いている。


「まずは!」

「……まずは」


 鞄の中から杖を取り出す。そして勢いよく回す。


「――掃除を、します!!」

「よっしゃ待ってた!!!!」



 ウェインのそれはそれは嬉しそうな声に申し訳なくなりながらも、レイシーは呪文を唱えて家中の窓と扉を開けて空気を循環させ、換気を行った。埃だらけの家の中で作ったものをアリシアに渡すわけにいかない、とぽこぽこ水の泡を出して、その中に雑巾を飛び込ませる。泡をくぐり抜けてびしゃびしゃになったかと思いきやひとりでに絞られた雑巾が、壁という壁、天井という天井を拭いてくるくる回っていく。


 いつの間にか頭に三角巾を、口元に埃よけをつけエプロンをしたウェインが、レイシーの目につかないような細かな場所をはたきで叩く。エプロンが似合う勇者なんて歴代を探したところでウェイン一人に違いない。


 魔術を使って、すっかりぴかぴかに光輝く家の中で、お決まりの作戦会議だ。家具もレイシーが住んでいたときと変わっていないようで、広い部屋の中心にはぽつんと大きなテーブルが一つある。魔術の図面を引くのに便利だから、テーブルは大きめなものが必要だったのだ。


 鞄の中からどんとカメラを取り出し、まずは目的を確認する。達成目標の定期的な確認は仲間と旅をする上では必要な行動だ。


「アリシア様は部屋から出たいと願っている。そのきっかけも必要だけれど、まずはアリシア様が部屋の中にこもりきりになってしまった理由を解決しなきゃだめだと思う。アリシア様は婚姻後、エハラジャ国王家の人間になるから、もうクロイズ国を見ることもできないかもしれないと嘆いていらっしゃったわ。心の底ではとても寂しがっていらっしゃるの」


 理由なんて何もない、と言っていたときに叫んでいた言葉だ。そんなときこそ人間本音が出るものだとレイシーは思う。


「だから、クロイズ国の姿を写真に撮って贈ろうってことか。そううまくいくもんかね」

「何をしようか足踏みを繰り返すよりも、まずは動いてみてじゃない? 写真だけ渡されても味気ないわ。写真帳<アルバム>に入れて、立派なものを渡したい!」

「アルバムねぇ……」

「というわけで、そのためには……」


 がさごそとレイシーはひっぱってきた自身の荷物の中をあさる。テーブルの上に目当てのものを見せてじゃんっとウェインに見せつけてみた。


「そのためには、このガラス板がぴったり入るような、そんなアルバムを作らなきゃね! サイズを間違えないようにしなきゃ」

「そりゃまあ……そのとおりなんだが。なあレイシー、これだけなのか?」

「……なんのこと?」


 ウェインが何を言っているかわからない。ガラス板は二枚。この板をカメラの中に入れることで、撮影を行うことができる。カメラとガラス板。そして三脚。準備は十分なはずだ。


「ガラス板、この二枚だけってことは、つまり、二枚しか写真を撮ることができないんじゃないか?」

「…………! ほ、本当だ……!」


 鞄の中をひっくり返してみてももちろん足りない。当たり前だ。レイシーはもともとその二枚しか持ってきていないのだから。そもそも、念のためとカメラを王都に持ってきたことから奇跡的で、まさか王都で本当に写真を撮ることになるとは思わなかった。


「ええっと、ええっと……」


 レイシーは頭を抱えて、テーブルの周囲をぐるぐる回った。まさかの根本的すぎる問題である。今すぐ板を作る。無理だ、材料が足りない。それならプリューム村に戻る? 移動の分さらに時間がかかってしまう。アリシアがエハラジャ国に嫁入りした後に届けて……その結婚前にお渡ししたいのに!


「ううううう………」


 どれもこれもうまくいかない。とうとう小さくなってうずくまったレイシーを心配そうにウェインは見下ろす。「よし! ガラス板は諦めよう!」「んぐっ!」 そして勢いよく立ち上がったレイシーの頭がウェインの顎を強打した。以前にもこんなことがあったような気がする。「ご、ごめん……」「いや、いい……」 二人は頭と顎を抑えて悶えつつ、ウェインは未だに顔をしかめながらもレイシーに訪ねた。


「……ガラス板を諦めるって、カメラだけ渡すってことか?」

「そうじゃなくて、ガラス板を使わずに、アルバムに写真を写す方法を考えたらいいんじゃないかなって」


 そう言いつつも、我ながら突拍子もない発言だとレイシーも感じている。


「写真を撮ったら、アルバムから写真が浮き出るような仕組みにするの。そしたらガラス板はいらないわ」

「……そんなこと、できるのか?」

「できると思う。魔術を使えば」


 そもそも、レイシーはカメラがなくても、魔術を使用して写真を撮ることができる。撮影魔法とでも名付けたらいいだろうか。フェニックスが閉じ込められていた暗い部屋の中で、空の色に染まる床を見ながら思いついたものだ。カメラは、レイシー以外の、誰でも使える形にしたいと魔術の使用を断念したが、今回は渡したい相手であり、かつ使ってほしい人間はアリシアだけだ。魔術を利用しても問題ないのなら、魔石があればレイシーの魔術を練り込むことができる。


 そうと決まればテーブルの上に置かれたカメラに手を置き、反対の手には小粒の魔石を握る。レイシーは静かに目を閉じた。頭の中で、ふつふつと湧き上がるものがある。いくつもの光がちかちかと道を作り、それを縫うように進んでいく。撮影魔法の主な魔力の元素は光。魔力でレンズを作り上げ、像を反転させ勢いよく押し込む。レイシーは瞳を見開いた。


「……できた」

「さすがだな」


 そういいつつも、ウェインはちょっと呆れているみたいな口調だ。いつもレイシーは魔術にのめり込んで、新しい魔術を作り上げていた。それでもやっぱり緊張していたから、ぽたりと首筋から汗がこぼれた。カメラはまだこの一つきりだから、失敗したらどうしようかと思ったのだ。


「なんだ、今回はあっさり作れそうだな」


 ウェインといる一ヶ月の間に、たくさんのことがあった。飴の花を作ったり、カメラを作るために魔物のハントにでかけたり。だいたい、できたと思っても一筋縄ではいかないものばかりだ。ウェインは腕を組みつつ、「完成したんならよかったよ」と笑っているが、彼はまだわかっていない。


「全然、できてないのよ」

「うん?」

「肝心のアルバムがないんだもの。転写する道具があっても、転写する先がないのよ。これじゃ、何の意味もないわ」

「…………それは、どういうことだ?」


 おそるおそるとウェインは尋ねる。


「カメラと撮影魔術を使用して、カメラの本体に風景を閉じ込めることはできたわ。でもそれを転写できるものを探さなくちゃいけない」

「……その魔術は転写する先を選ぶのか?」

「私なら何にでもできるけど、魔力は魔石に頼るもの。相性のいいものじゃないと、すぐに魔石が溶けて消えちゃう」


 つまりね、とレイシーは一呼吸置いた。


「耐熱樹の液体に合うものを探して、紙だってことに気づいたでしょ? あれと同じ。……今からは、ただただ地道な作業になるわ、がんばらなきゃ!」

「…………ま、まじか!」


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