第58話
「やっぱり! レイシーさんじゃないですかぁー! 奇遇ですねぇ!」
「姉ちゃん、そんなとこで何してんの?」
「ランツさん、アレン……」
ランツはプリューム村に定期的にやってくる狐のような顔をした商人である。そしてアレンは彼の手伝いをしている。レイシーは涙目のままぼんやりと顔を上げると、アレンはぎょっとしたような顔をして、「何かあったのかよ!?」と驚きの声を上げたが、同時にランツはただでさえ吊り目がちな瞳をさらにむぎゅっと吊り上げて、ウェインとレイシーの間に滑り込んだ。
「レイシーさんを泣かせたのはあなたですか? どこのどなたか存じませんがレイシーさんにはウェイ……いや、名前は言えませんが立派な彼氏様がいらっしゃいますので、さっさと消えてくだせぇ!」
「ランツさん、それウェイン兄ちゃんだろ。隠蔽魔法を使ってるからいつもより死ぬほど地味だけど」
「あらまあほんと! おほっ、おほほっ!」
「…………」
謎の掛け合いである。ウェインも何を言っていいやらという顔をして口の端がひくついている。
「……最近村じゃ隠蔽魔法は使ってないしな。ややこしくて悪いな」
「いやいや、仕方ないでしょ。ここでウェインさんの素顔が表に出ちゃまずいのは間違いありませんよ。イケメン勇者は罪ですねぇ」
うりうり、とランツが肘で絡むと、ウェインはばしっと弾き落とした。多分彼らはあまり相性がよくない。そもそもウェインはからかうことは得意でも、からかわれるのは苦手なのかもしれない。しかしランツはかまいたい。手を出して弾き落とされてを繰り返すという大人二人のしょうもない動きを見て、アレンはため息をついた。
「ランツさん、それよかいいの? 遅れちゃうけど」
「まったくよくないですねぇ!」
ぴょこんっとランツは跳ねた。崩れた首元のショールを元通りにしつつ、ちょこちょこと駆けるような仕草をして、早く早くと焦っている。
「あ……すみません、引き止めてしまったみたいで……あの、こちらのことはお気になさらず」
「いやあ姉ちゃん、俺達が勝手に姉ちゃんがいるぞ! って立ち止まったわけだし」
「そうですそうです、こちらこそお邪魔しました」
と言いながら、いつの間にかアレンがランツの背中をぐいぐいと押して前に進むように誘導している。仲のいい師弟になったものだ。それにしても、あんなに急いでどこに行くんだろう、と不思議に思う気持ちがないわけでもない。じっと二人を見てしまったとき、ランツはレイシーの視線に気づいて、「もしよかったらですけど、レイシーさんもご一緒にいかがです?」 ぐいっと手のひらを掴まれた。わっ、とレイシーがバランスを崩したところで、ウェインが低い声を出す。
「おいこらお前」
「もちろん、ウェインさんも!」
そしてウェインの腕も掴まれた。「ん?」
「いい機会ですからね! 急いで急いで!」
「ど、どこにですか?」
「ランツ、こら待て、こら!」
「なんかごめんよ姉ちゃん達……」
振り払うこともできたが、ランツはどうしてもレイシーを連れていきたい様子だと気づいたから、抵抗しようと力んだ気持ちはするりと消えた。流されるままにレイシーとウェインはランツに連れられつつ、なんだかこういうことって多い気がする、とプリューム村の子供達を思い出した。
***
こうして、レイシーが向かった先にいたのはヒゲだった。
「…………あ、あの? ランツさん? こちらの方は?」
「ランツ、誰だ。いきなり連絡もなく人を増やすな」
「マテオ、聞いて驚きなさいよ、この方は魔道具の発案者でいらっしゃいますよぉ! 頭が高い!」
「……ああ、あんたがアステールの魔道具師様か。それでこっちは」
「イケメンくんです!」
「説明になってねぇよ。っていうかイケメンじゃねぇだろ」
もちろんウェインには隠蔽魔法がかけられているため、魔力が高く魔術に抵抗力のある人間を除き、見るものが思う一番地味な姿に認識を歪ませている。
眉をひそめている濃いヒゲの男性は、魔王を倒した仲間であるブルックスやプリューム村唯一の鍛冶師、テオバルドほどではないものの立派な体躯をしている。さぞや荷物の持ち運びに苦慮しないだろうな、とレイシーはしょうもないことを考えた。
「……なんだか、想像よりもちいせぇな?」
「うるせえよ! 姉ちゃんは体よりも心がでかいんだよ!」
「ちょっとチキン気味だけどな」
「はは……」
小さいと言われたところで事実なので特になんとも思わないのだが、なぜかアレンが憤慨して、そこにウェインが注釈を入れている。笑うしかない。「そりゃ失礼」とヒゲの男性は肩をすくめて、「俺はマテオ。あんたの印がついた道具を売るときに、たまにランツを手伝っている」と大きな片手を出してくれたので、もちろんレイシーも握り返した。
「そうだったんですね。いつもお力を貸してくださってありがとうございます。私はレイシーと言います」
「マテオはあたしの用心棒がわりにもなってもらってるんですよ。あたしってほら、貧弱だから」
「そう思うなら鍛えろよ、それよかそろそろ時間だ。お前らが遅れてくるから、悠長におしゃべりしてる時間はねえぞ」
マテオの言葉に、「その通りだよ!」とアレンは怒りながら木箱の荷をさばいている。「しばらく休んでた分、今日は怒涛みたいな人になるかもしれないんだから!」
怒鳴るようなアレンの言葉にレイシーははっと気がついた。
――アステールの品の、店開きだ。
***
このところずっと作り続けていたから、プリューム村の人達にも相談して、ウェインがプリューム村にいる間は少し休んで道具の売却も抑えてくれるようにレイシーはランツに頼んでいた。だからカメラが出来上がり落ち着いたときに、魔石に魔術を練り込むというレイシーのみができる作業は急いで行い、さらに王都に来る前にババ様に渡した。それが、プリューム村の人々の手で形を変え匂い袋や保冷温バッグに縫い込まれて、ランツとアレンが魔道具を持って王都にやって来てくれのだ。
プリューム村から王都への移動の時間を考えると、出来上がりは早すぎるほどで驚くばかりだったが、その分、数は少なかったらしく、アステール印の最新作だとランツが叫んだ途端に、匂い袋も保冷温バッグも、飛ぶように売れて消えてしまった。
その様を、レイシーはただあっけにとられて見ていた。
「はい、ここで申し訳ない、売り切れです!」
ローブのフードで顔を隠したアレンが叫ぶと「また手に入らなかった!」「もうっ、悔しいわ!」と口々に叫んで、人の波はざわつきながらもゆっくりと消えていく。レイシーはおろおろと何か手伝えることはないかと考えていたのだが、それを口にすることもできないくらいにランツとアレン、そしてマテオの連携はすばらしく、そして一瞬のことだった。
以前、レイシーの魔道具は心無い貴族に目をつけられてしまった。多くの貴族も愛用していたため、その貴族はレイシーやプリューム村を我が者にしようとしたのだ。なんとか撃退したものの、念の為の護衛としてアレンとランツについてレイシーも王都に向かったことはあるが、そのときは周囲を警戒し、懇意の店にこっそりと品を納めるだけにとどまったのだ。
だから、王都の人々がレイシーが考えた品を手にとっているのを見るのはこれが初めてだった。
店じまいをしてマテオとは別れ、身軽になったランツ達と一緒にレイシーは喫茶店に入った。せっかくだからと誘われて、高揚した気分のままぼんやりとついてきてしまった。
テラス式の喫茶店だったから、パラソルの下で丸テーブルを囲み四人で椅子に座ったのだが、露店ならまだしも、王都でこんな立派な店に来るのは初めてだ。熱が冷めて引いていくとどうにもそわついてしまう。メニューの文字すら滑ってしまい、まったく頭の中に入らない。
けれどもランツは店に入ったときには注文を終えていたようで、セドリックと同じように腰にエプロンを巻いた給仕がトレイで持って来てくれたのは出てきたのはアイスティーだ。
「おまたせいたしました」
「えっ……」
ことん、とテーブルに置かれたガラスのコップが琥珀色の液体でとっぷりと満たされていて、上にはミントの葉が載っているきらきらと外の光を反射して、からりと中で崩れる氷にどきりとした。
紅茶を冷たくして飲むという手法も実は以前にレイシーが考案したもので、ランツにまかせてレシピを商業ギルドに売却した。向こう数年は使用料が入ってくるようになっているらしい。
「まだちょっと寒いから、頼むには早いかもしれませんけどね。あたしは暑がりだから丁度いいですし、せっかくなので思いましてねぇ」
「あ、あの、ランツさん、私も同じものを頼みます!」
「あらほんと。それじゃあお店の方に伝えておきましょうか」
あれよあれよの間に、みんな同じものを注文することになってしまった。お店の人も不思議そうな顔をしている。それでも店のメニューを指でさすってレイシーは何度だって瞬きを繰り返した。
「アイスティーはまだ馴染みがない飲み方ですから、出す店も限られてますけど、少しずつ増えてきているんですよ。あたしはね、これをあなたに見せてみたかったんですよ」
からん、とランツはコップの中の氷を揺らす。
「街がね、変わっている姿を。本当に、すこーしずつですけどね、あなたのアイデアで、この国は変わっていってるんですよ」
道の向こうでは、街を歩く女性が見える。年頃の少女二人で、先程、露店でアステール印の品を買ってくれた人達だろうか。バッグを抱えて、にこにこと笑いながら何かを話している。
「やっとバッグが買えたわ! よかったわね! じゃあ、次はそれに似合う服を買わなきゃ! どんなものにしようかしら?」
声色を変えて話しているのはランツだ。驚いて、ぱっちりと瞬いて、またレイシーはランツに目を向けた。にかり、と狐のような顔は笑う。
「ただのあたしの想像ですけどね。でも、そうじゃないかもしれない」
ほら、とランツに促されるままに、レイシーはもう一度少女達に目を向けた。
――バッグを買ったら服。服を買ったら靴。そしたら次は帽子に。頭の中で、くるりと回って、嬉しそうにドレスの裾をひっぱる可愛らしい女の子。
もちろんレイシーは彼女達の名前なんて知らないし、きっと一度きりの出会いだ。なのに、二人が歩く度に、こつん、こつん、と楽しい音が聞こえてくるようで、星のかけらがちらほらと弾けて、長い道が作られていくように見えた。
(……私は、ずっと見える誰かに向かって道具を作っていたつもりだったけど)
匂い袋はブルックスに。保冷温度バッグは、アレンとその家族達に。
でも不思議なことにレイシーの想像を飛び越えて、それらを喜んでくれる人達がいる。バッグを抱えて嬉しそうに歩いている女の子達はきっとレイシーと同じだ。何を買うかを考えて、手に入れて、服を組み合わせる。
同じものづくり、といってしまうのは乱暴だけど、あの子達だって自分という姿を想像して、一つひとつ、作り上げていっている。
レイシーが考えた魔道具を買ってくれる人という姿は今までぼんやりとしたものだったのに、急に輪郭がはっきりとしてぐんと何かに近づいた。その中の一人に、悲しそうにしている女性がいた。ピンクブロンドの髪の美しい女性だ。――アリシア・キャスティール。
「わわっ、レイシー姉ちゃん、いきなり立つなよ、びっくりしたじゃないか」
「ごめんねアレン。あの、ランツさん。今日はありがとうございました。お気持ち、すごく嬉しかったです。あとこちら、喫茶店のお代です」
「いやいやレイシーさん、これじゃ全員分でしょ。結構結構。あたしが連れてきたくてきたんですから。奢られてくださいな」
「いえそんな、でも……ううん、では、ありがとうございます!」
考えた後に勢いよく頭を下げた。それから「少し用事があるので、ごめんなさい!」と言ってばたばたと立ち上がる。さすがにウェインは自分の分を支払いつつ、「いらないって言っているのに」とランツはちょいと硬貨を受け取る。そんなに慌てるとこけるぞ、というウェインの声に、こくこくとレイシーは頷いた。
「すみません、それでは!」
「お、お気をつけてぇ~」
忙しないレイシーの様子にランツは目を点にしていたが、アレンとランツに手を振りつつ、レイシーは喫茶店を足早に抜けた。
隣にはもちろんウェインがいる。レイシーは必死に足早になっているのに、「何か思いついたから、いても立ってもいられないんだろ?」とにまりと口の端を上げて余裕の声で問いかけている。
「うん。あの、私、いままで道具を買ってくれる人は私と違う人達だって思ってた。でも、そうじゃなくって、私も、買ってくれる人も私も同じなのかもって」
「……ん?」
「つまり……その」
どうにも自分の言葉が要領を得ない。あんまりにも曖昧な感情だから、彼にどう伝えたらいいのかと困ってしまう。
「アリシア様は、寂しいとおっしゃっていたの。外に出るきっかけを作ることも大切だけど、アリシア様のお気持ちを和らげることだって必要なんじゃないかしら。それじゃあ何を作ったらいいの、と考えたとき、私はいつも誰かの顔を考えて作ってたの。でも、私がほしいものが、アリシア様が望むものである可能性もあると思って。ねえウェイン! 鞄を買ったら靴よね?」
走りながら唐突に声を上げたレイシーにとウェインは眉をひそめた。
「買いたいものの話か?」
「そうじゃなくて」
ぴたりと立ち止まって、ウェインを見上げる。
「カメラよ!」
「……カメラ?」
「アリシア様に、思い出を渡すの。そして、アリシア様にとっての、カメラの靴を私は作りたい!」
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