第47話

 

「まず、飴細工を作るのにセドリックさんが困っているのは、飴がべたべたして作業がし辛いこと。あとは飴自体が熱すぎるということだから、それをクリアする必要があると思う」


 ウェインが切り取った枝を抱きかかえて、レイシーは説明する。


「けれど、べたついているのも、熱いことも飴で花の形を作るためには重要なことだから、それを変えることはできないと思うの」

「粘土だって最初からカチカチだったら花なんて作れないもんね」

「そう、リーヴのいう通り」


 柔らかいからこそ自由に、すぐに固まるからこそ限られた時間の中でも作り上げることができる。それなら変えるべきものはレシピそのものではなく、道具なのだ。


「セドリックさんがお嬢さん……セレネさんに贈る飴細工を作るためにそれを手助けする道具を作る! それが目標よ!」

「ふーん。ところで飴細工って何のこと? さっきから言ってるけど」

「飴で作る花の細工物のこと。長いから省略してしまったんだけど、リーヴ、おかしいかな」

「別に文句をつけたいわけじゃないよ、気になっただけ」

「私は言いやすいと思うわ」

「エリーの言う通りだァ!」


 わいわいしている。それはさておき、どんな道具を作るのか、ということだ。


「最初に作る場所の問題をクリアしなきゃ。セドリックさんは、今はお店の鉄板を使っているけど、メリア村で使わせてもらう家の厨房にはない設備だろうし、大きな鉄板を村に持ち込むには目立ちすぎちゃう……」


 セドリックは花の形が思うようにいかずに苦労しているが、そもそも向こうの村で作る環境がなければ何もできない。花嫁である娘のセレネにばれないように、というセドリックの願いから、手軽に持ち込めるものを考えるべきだ。


 それなら、と耐熱樹の下で全員で輪を作るように座りながら作戦会議だ。


「まず必要なものは台座。それも、軽くて、持ち運びができて、くっつかない。飴の熱で溶けない強さもあるもの」

「む、難しいわ……」

「でも耐熱樹を使えばそうでもないのよ」


 そろそろ頃合いだ。レイシーが抱えていた枝の断面からからとぷとぷと白い液体が盛り上がってくる。この液体が必要なのだ。うわあ、と子供達は声を重ねたが、ウェインは片眉を上げただけだ。彼も知っているのだろう。


「武器加工を利用するのか」

「うん、その通り」


 武器加工? と、リーヴは嬉しそうに、ヨーマは胡散臭そうに顔をしかめている。中でも一番に反応したのはエリーだった。そういえば、彼女は鍛冶屋の娘だった。


「わかる! 鍛冶師が作って出来上がった武器の表面に、冒険者が望む効力を貼り付けるの! ね!?」


 と、片手を伸ばして主張して、いつものおませも忘れて双子達に説明し、ついでにレイシーに間違ってないわよねとばかりにふふんと笑う。


「……確かに、炎に耐性がある武器として、耐熱樹を使ったものも見たことがあるな。そうだ、思い出した。木の枝を根本から折って、中から染み出した液体をつけて乾かすって武器屋の親父が言ってたな」

「私も聞いたことがある。多分これがその液体じゃないかな」


 鞄の中から小瓶を取り出し、こぼれないように液体を流し込んでいく。じゃあ、次はどうするのか。


「炎に耐えるという性質は知られているのに、ものを滑らせる性質が知られていないのは、剣の表面に塗りつけることで、滑るという性質が死んでしまっているのかも。だからもっと相性のいい素材を探さなきゃ」

「……それも、軽くて持ち運びやすくて、どこにでもあるような目立たないものじゃなければいけないってことか」


 ウェインの言葉に、レイシーはこくんと頷く。子供達は難題を前にしてうめきながら唸っている。けれども三人ともレイシーをしっかりと見ていて、瞳のやる気は十分だ。


「だから、ここからはとにかく色々試していきたい。何がいいかもわからないから、当たった数が重要になってくる。だからみんながこれならと感じるものを、どんどん教えてほしい」


 オウ! と声を合わせて、次々と拳が上がる。

 時間との、戦いだった。



 ***



 早く作ることができれば、それだけセドリックさんが手に馴染むように練習することができるし、飴細工のレシピ作りに専念できる。言わずとも、その場にいる誰もが理解している。


「木の樹液を塗りつけるんだから、そもそもの耐熱樹の本体、木の皮じゃだめなのか?」とウェイン。一理あると試したがあっけなく撃沈。表面に吸い込まれるのみで、何の変化もなかった。


「それなら布! どこにでもあるし、持ち運びやすいぞ!」と、リーヴ。確認してみたところ、まずそもそも染み込まない。布を通り抜けて、ぽとぽとと足元の土に垂れるだけだった。


 葉っぱ、土、石、水、キュイキュイキュイン。

 中にはあと一歩、というものもあったが、どれもしっくりいくことはなく、最後のキュイキュイとはティーが持ってきた薬草である。薬草としての力が強すぎるから、耐熱樹の特徴とぶつかり合って意味がないとなると、がっかりと尾っぽがたれていた。


「ああもう! そんじゃあもう、粘土で花を作って、その表面に樹液を塗って、花の形そのものにしたらどうだ! それにまた飴を塗ったらよくない!?」

「リーヴ、発想は面白いけど口に入るものだから……。それだと直接粘土も食べてしまうし……」

「わかってたー!!」


 でも思いつかないんだよー! と双子は兄弟二人でジタバタしている。地面の上には、すでに試したものでいっぱいだ。とにかくたくさんのものと合わせようと考えたから、子供達はサザンカ亭まで戻って、ありったけの荷物も持って来てくれていた。だから紙や粘土でできた花もそこいらに散らばっている。


「もっと、何か……まさかと思うもの。まだ試していなくて、でも身近にあるもので……」

「そんなの、ほんとにあるのかな……」

「絶対、ある! と、思う。……多分」


 と、ヨーマに返事をしたものの、レイシーの自信なんていつもすぐにしょぼしょぼと小さくなってしまう。

 エリーも疲れ果てているのだろう。ごろんと土の上に転がって自分で作った紙の花の茎を持ち上げ太陽にかざしている。パッと見は紙とは思えない。ところどころウェインもほんの少しの手を貸していたようだけれど、本当に器用だ。


「粘土の花の表面に、塗る……」


 エリーは呟きながらひらひらと花を動かす。そして、はっとしたように起き上がった。どうにも様子がおかしい。どうしたの、と問いかけると、「まだ、試してないもの、見つけた!」


 エリーの提案を聞いて、レイシーは瞳を見開いた。もしかすると、それならできるかもしれない。試してみると、案の定だ。子供達は全員が飛び跳ねてやったやったと声を合わせた。


 盲点だった、とレイシーは思わざるを得ない。なぜ考えつかなかったのだろうと考える気持ちは、喜びながら、けれどもほんのちょっと涙をこぼすエリーと双子達の顔を見て、すっかりどこかに行ってしまった。



 ***



「みんなありがとう。そろそろ日も暮れてくる。ご両親も心配しているだろうから、家に帰りなさい」


 サザンカ亭に戻ると、いつになったら帰ってくるのだろうとヤキモキしていたらしいセドリックがやっと来たとばかりに厨房から顔を覗かせた。外はとっぷりと夕日が暮れていて店の中はオレンジ色だ。心配するのは無理もない。


「大丈夫、セドリックさん。パパには言ってきたからちょっとだけなら大丈夫よ」

「俺達も! 明日は今日の分、倍手伝うってアレン兄ちゃんに言ってきた!」

「倍頑張る!」


 子供達の返答に不思議そうな顔をするのは無理もない。「だって、もうちょっとだもの。ここでお開きなんて耐えられない!」 ぷんっとエリーは頬を膨らませている。


「もうちょっと、とは……?」

「セドリック、この子達は俺が家まで送るから心配しなくていい」

「いや、ウェインくん」


 困惑しながら両手をさするセドリックの手のひらには、すでに火傷のあとがいくつもある。レイシー達が去ってから、ずっと飴細工の練習を行っていたのだろう。それでもセドリックが求める形には近づかなかったに違いない。レイシーは少しだけ眉をしょんぼりさせたが、すぐに気合を入れた。なぜなら、子供達が言う通りに、“もうちょっと”だからだ。


「セドリックさん、ご依頼の品が出来上がりました。受け取っていただけますか?」

「ご依頼の、品って……」


 セドリックがレイシーに頼んだことは、娘の結婚式に出す料理を一緒に考えること。だから作り上げた。料理ではなく、料理に使うことができる、セドリックを助ける道具を。


「……紙?」


 レイシーがセドリックに渡したものは、つるつるの紙だ。


「別に普通の……いやまて、なんだかさわり心地がおかしいな」

「もちろん普通の紙じゃありません。でもこれは私じゃなくエリーが考えたものです」

「レイシー! もっとかわいく、エリーちゃんって呼んで!」


 ぷんぷんほっぺを膨らましつつも、照れているようで、エリーは腕をくみながらつんと口元をとがらせそっぽを向いている。


「……別に、私は紙を使ったらいいって言っただけで、リーヴが粘土の花のことを言い出さなきゃ、自分の紙の花を思い出しただけだし、そもそもレイシーがいなきゃ耐熱樹のことなんて知らないし」


 鍛冶屋の娘なのに、と今度は別の意味でほっぺに含まれる空気が大きくなってくる。渡されたセドリックは、この“紙”がどういったものなのかもちろんわからない。だからレイシーは説明する。


「セドリックさん、その紙を使って飴細工を作ってみてくれませんか?」

「飴細工?」

「ええっと、その、飴で作った細工物ではちょっと長いので……!」


 なんだか恥ずかしくなってしまった。あわあわするレイシーを見て、セドリックはきゅっと片眉を上げた。「わかった。我らが暁の魔女様からのお願いだ」「ですから! そういう冗談は好きではないです!」「すまない、悪気しかなかった」 あまりにも正直すぎる。もう言わないよ、とセドリックは口元を緩ませながら、厨房に入っていく。


 レイシー達も身ぎれいにしてセドリックの後ろ姿を見守る。そして。


「……一体なんだい、これは」


 驚いた、なんてものじゃない。理解ができないというように、“紙”の上に飴を垂らしているのにくっつきすらも、紙だというのに燃えもしない。大成功だ。全員が互いに手のひらを叩き合うしかない。


「セドリックさん、それ、“くっつかないし燃えない紙”なんだよ! 耐熱樹っていう木の液を使って紙に塗りつけてつくるんだ!」

「そんでさあそんでさあ、レイシーがすげえんだ! 乾かさないといけないらしいんだけど、紙につけてもすぐには乾かないから、風魔法でぶわァ!って、温かい風をぎゅんぎゅんさせて、いっぺんにものすごい数ができあがんの!」

「アレン兄ちゃんが言ってた通りだ! 魔女すげェ!」

「魔女っていうより、レイシーがすげェ!」


 リーヴとヨーマがまるで自分の手柄のように誇ってセドリックに説明する。その様子を見て、思わずレイシーは自分の帽子のツバを掴んだ。と、思ったら帽子を卒業していたことを思い出した。顔を隠すものがないから両手で顔を覆うしかない。


「そ、そんなに褒められたら」 レイシーは呟くような声を出した。「う、嬉しく、なっちゃう……」 耳まで真っ赤である。「嬉しくなるのか」と、ウェインは静かにつっこんで、こちらを微笑ましいような顔をしてみている。仕切り直さなければいけない。わざとらしく咳をして、気合を入れる。


「ん、ごほっ。げほっ。どうでしょう、セドリックさん。これなら鉄板の上じゃなくても作業することができます。たくさん作れますから、消耗品として扱ってくださって大丈夫です」


「セドリックさん、スゲェだろ!? 魔法紙だぜ!」

「なんだよその名前、リーヴだっせぇ! 料理に使うんだから料理紙だろ?」

「あんた達、おこちゃまね……。王都じゃ料理することを、クッキングっていうそうよ? クッキングシート、これに一択だわ」

「そうだァ! 全部エリーの言う通りだァ! さいっこうだァーーーー!!!」

「ヨーマ、お前のテンションの差が最近俺はちょっとこえぇよ……」


 子供達は未だに大盛りあがりであるが、それはさておき。


「……どう、でしょうか……?」


 いいものができたと思っている。けれど、それが依頼主の考えとは限らない。余計なことをしたと思われるかもしれない。なんて邪魔なものを作ったのだと。自分では十分なほどに力を尽くしたと思っても、いざ渡すとなるといつも不安になってしまう。


 ごくん、と唾を飲み込み、一緒にたくさんの息を吸い込む。「待ってくれ」 どきり、と嫌な想像ばかりが膨らんでいく。


「いや、違う。少し……待ってくれないか」


 火傷だらけの手のひらをセドリックはレイシーに向けた。もう反対で眼鏡をとって、レイシーに出していた手をひっこめ、腕で目尻を拭っている。「言葉にならない」 息を吸い込んで、吐き出す。「そうじゃないな、まず、伝えるべき言葉がある」 拳の甲をぐりぐりと額に当てて一文字に引き締められた口元から、ゆっくりと聞こえた。


「ありがとう」


 ふわりと頬を優しく風がなでて、どこまでも風が吹いていくような、不思議な感覚があった。けれど風なんて吹いているわけがないし、これはレイシー一人への言葉でもない。なのに、何度聞いても、何度言われても、その“言葉”を向けられると泣き出しそうになってしまう。こみ上げる何かを抑えて、レイシーだって慌ててぐしぐしと目元をこすった。


「……本当に、ありがたいな。できないのなら方法を変えるのではなくて、道具を作る。当たり前だけれど少なくとも僕には思いつかない。あとは素晴らしい花を作ることができるように、僕が本番までに死ぬ気で練習すればいいだけだな」

「あ、あの、それなんですがっ!」


 セドリックに見せるべきものは一つではない。鞄の中から取り出したのは彼の火傷を治す回復薬と、他にもいくつかの瓶だ。足りないものはウェインに持ってもらっている。「ま、まだ何かあるのか?」とぎょっと目を見開くセドリックにもちろんですと、にっこりとレイシーは頷いた。

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