第46話
「レイシー、一体どうしたってんだよぉ!」
「いきなり飛び出すからびっくりしたわ!」
「そうだそうだ」
双子とエリーの非難を一身に浴びながら、ごめんなさいとレイシーは眉を八の字にした。思いついたらいても立ってもいられなかったのだ。勢いよくサザンカ亭から駆け出したレイシーを追いかけたのは三人の子供と、そしてウェインだ。出ていったレイシーの行き先についての選択肢はそう多くない。一体どこに行ったのかと困惑する子供達に、『多分だけど屋敷に帰ったんじゃないか?』というウェインの言葉で彼らは追いかけて来てくれたらしい。屋敷への上り坂を一度に走ったから、子供達は肩で息を繰り返している。
「……セドリックさんは?」
「飴で花を作る練習を続けるっていってたわ。『レイシーが何かを思いついたのなら、僕がすべきことは嘆くのではなく、技力が足りないのなら足りるようにしなければね』って。かっこよかった!」
妙に似ているエリーの声真似だった。エリーは両手の指できゅっと瞳をつりあげつつ、表情までセドリックを意識している。彼女に恋をしているヨーマは舌を打ってやさぐれた顔をしているし、リーヴはパチパチ両手を叩いてげらげら笑いながらうけている。平和である。
「……それで、ここ、屋敷の裏の畑なの?」
「うん、そうよ」
レイシーはエリーに頷いた。
眼前には見事なほどの花畑と薬草畑だ。特に決めているわけではないが、レイシーの屋敷にはあまり村人は来ない。もともとレイシーが来る前まで“呪われた屋敷“として恐れられていた、ということもある。ヨーマとリーヴの兄であるアレンと定期的にプリューム村にやってくる狐のような商人、ランツは別だ。彼らが特別怖いもの知らずなのだ。
色とりどりの花や、子供達の背丈を軽く越えてしまうような薬草を見上げてひぎゃあと彼らは悲鳴を上げた。ちょっとだけ微笑ましくてレイシーはくすりと笑った。ウェインも心持ちか気配を薄くさせながら後ろから見守っている。保護者である。
そして子供達を出迎えるように、のっしのっしとやってくる陰があった。ティーとノーイだ。「んきゅいぃん」 ティーはすっかりお腹の調子もよくなったらしく、まるで畑を守るボスのようにノーイの背中に乗ってやって来る。普段レイシーにくっついている魔物達だ。知ってはいても近くで見るとやっぱり驚いてしまうようで、三人は一様にひえっと悲鳴を上げて後ずさった。
「んきゅいぃいいん」
「ぶもおお」
「ひ、ひぃい……」
中でも勢い余って尻もちをついてしまったヨーマに近づき、ずんと見下ろす。二匹は圧力をかけているらしい。ヨーマはぶるぶると震え上がっている。「ティー、お腹はもう大丈夫なのね? やっぱり薬草がよかったの?」「んきゅいきゅいきゅいきゅい」 レイシー、それは今言わないでよ、という意味らしい。
お腹? 魔物もお腹を壊すの? と子供達がささやきあってほぐれてきた空気にほんの少し微笑んで、さて急ごう、とレイシーは目的の場所に向かう。子供達とウェイン、そしてティーとノーイも続く。大所帯だ。
やって来たのは、“耐熱樹”の前だった。今朝方ティーが必死に炎を吹き付けていた樹木である。あれだけの熱を叩きつけられたというのに葉っぱの色は青々としていて元気に太陽の光を一身に浴びて、ぐんと背伸びをしているようだ。
「……この木が、なに? 結婚式に出すデザートのレシピを作るんじゃないの?」
不思議そうに伝えてきたのは、飴が粘土のように見えると呟いていたリーヴである。ヨーマとリーヴはよく似た双子だが、だいたい話し始めるのはリーヴが先だ。「この木を食べるの?」とヨーマがクビを傾げている。
「食べないよ。これは料理に直接使うわけじゃないから。ウェインの言葉を聞いたとき思ったの。私は別に料理を作る必要があるわけじゃないって」
「ううん?」
今度は双子は一緒に唇を尖らせた。わからない、という顔は兄であるアレンとよく似ている。きっと彼らもアレンのようにしっかりした少年に変わっていくんだろう。
「レシピを考えようとするからだめなの。私が考えることができるのは、あくまでも『もの』を作ることだもの。そしてそれはセドリックさんのちょっとしたお手伝いをするものでないと」
料理のレシピを考えないとと思ったら、頭の中が空っぽになって何も考えつかない自分が怖かった。けれど、今は違う。早く試したくて、わくわくしている。
「多分、必要なのはこの耐熱樹で、この木の特性は……えっと、ティー、大丈夫だったら木に炎を吐きつけてもらっていい?」
レイシーの言葉に、ティーは勢いよくノーイの頭の上からジャンプした。ぱたぱたと羽を揺らして、息を吸い込む。そして思いっきり炎を吹いた。ごうごうと目の前が燃え上がっている。「アーーーーッ!!!?」 子供達の悲鳴が重なる。ひゅるりとティーが口から吹き出す炎を収めると、そこには炎なんて知らなかったとばかりに、平然とした顔で変わらず木が生えている。
「ね?」
「ねじゃなァいわよォ!」
「ふざけてんのかよ!」
「子供舐めんな説明しろォ! っていうか危ないだろォ!?」
三人は声を合わせてぎゃんぎゃんに怒っている。あわわとレイシーは後ずさった。ウェインはもちろん無言だが、よく見れば眉間の皺が深い。あの顔は多分呆れている。「ちょっとまって!」 そもそも、ちょっとした誤解がある。レイシーは両手を開いて子供達に向けた。
「き、危険なことはしてないわ! これは燃えない木なの、だから火事にはならないから……! それにだけど、さっきの炎、どこかおかしくなかった?」
ウェインから耐熱樹だと教えてもらったとき、炎であぶられても燃えない木ときいてなるほどと理解したが、奇妙な違和感もあったのだ。それほど大きな疑問ではなかったので、気には止めなかったが、改めて確認すると間違いない。やはりとレイシーは頷いた。
「おかしかったって言われても……別に……なあヨーマ」
「うん、目の前でぼーぼーに燃えてて、びびっちゃった」
「むしろおかしいことしかないわ」
三人は顔を合わせて首を傾げあっている。そしてちらりとレイシーを見た。不審なものを見るような瞳である。この人、本当に大丈夫? いうなればそんな瞳だ。ひえっとレイシーは飛び跳ねた。
「お、おかしなことは言ってない、言ってないから! 思い出して、目の前で炎が燃えたんだよ。なのに」
「熱くなかった」
腕を組みながらウェインが子供達の後ろで呟いている。ハッと三人は振り返った。
「目の前で燃えていた。なのに、熱をまったく感じなかったな」
「そう、それなの!」
耐熱樹が生えている場所と、レイシーの畑は比較的近くにある。けれどど不思議なことに、花も薬草達もぴんぴんしていて今朝はお腹を空かせたティーとノーイが突撃していたくらいだ。
「でもそれは耐熱樹が熱を吸収する性質を持っているからじゃないのか?」
「そうかもしれない。でも不思議なことはもう一つあったわ。ティーの炎の動きよ」
レイシーから視線をうけて、きゅいっ? とティーは首を傾げている。ぱたぱたと羽を動かし宙に留まったままだ。
ティーの炎は木の周囲を渦巻いていた。それこそ、枝の先の葉っぱまで。
最初はティーが畑を燃やさないように調節していると思った。ウェインもそう思ったから、風向きに気をつけているようだと言っていたし、それは事実だろう。けれど、炎に驚いて振り返ったとき、空まで届くくらいの、妙に大きな火柱だったことを思い出したのだ。
「多分だけど、耐熱樹は熱を吸収する性質があるのではなくって」
レイシーはそっと木に近づき、幹に手のひらを置いた。不思議なことに幹はひんやりとして、つるりとしたさわり心地だ。
「ものを、滑らせる性質があるのかも」
炎による熱や風は、一体どこに向かったのか。幹を通り、枝を抜け、葉からまたその先に。――おそらく、空へ。
耐熱樹はその名の通り熱に耐えうる性質を持っているが、耐えるということは自分自身の体で受け止めるのではなく、外敵を受け流す、という意味に違いない。それならセドリックが飴で作る花の細工づくりに役立つはずだ。
「ごめんね」と、レイシーはそっと耐熱樹に声をかけた。枝が一本ほしい。けれど手が届かない。レイシーの魔術でも可能だが、根本からぴったりと寸分の狂いなく狙いを定めるというのならば、自分よりもウェインの方がいいはずだ。
「ウェイン」
「おう」
振り向くとレイシーの願いを察したようで、腰につけた剣がちきりと鞘に入れられる音がする。「もう切った」 ぼとりとレイシーの前に枝が落ちる。切断面はとにかく鋭利だ。
「たしかに切れ味が妙だったな。木を切ったというよりも、空気か何かを切ったみたいだ。形がないものを滑らせる代わりに、物理面は弱いってことかね」
うん、と一人ごちるウェインに、子供達は腰を抜かした。「ひ、ひぇ~!!?」 レイシーの炎に驚いて後ろに下がったと思ったら、今度はウェインである。前に行ったり、後ろに行ったり大変だ。
「ピエッ! 勇者怖い! 暁の魔女怖い!」
「リーヴ逃げるなあァ! 行くときは俺も一緒だァ!」
押し合いへし合いしている双子に、「男のくせに情けないわね!」とエリーが口と足をぶるぶるさせながら仁王立ちしている。「その通りだァ! こんなこと大したことねェ! セドリックさんのためにがんばるぞォ!」 ヨーマはリーヴを引きずり勢いよく反転した。リーヴは「意見と手のひらくるくるじゃんよ」と反論しつつ両足をひっぱられ体を土だらけにさせている。賑やかな子達だ。
レイシーはあまり子供と接する機会はなかった。プリューム村に来る以前の記憶の中ではウェイン達と訪れた街や村で恐るおそる小さな影がこちらを見ていることがあった程度だ。
いや、一度くらいならあったかもしれない。『暁の魔女様は、どこにいらっしゃるの』と幼い少女の声で問いかけられた。暁の魔女として勇者と共に旅立ったレイシーだが、人々は暁の魔女という人間を、レイシーではなく赤髪の成人した女性だと勘違いしていた。つん、と重たいレイシーのローブがひっぱられて、振り返ると真っ赤なほっぺの少女が、ぱちぱちとまばたきをしていた。
勇者様御一行に失礼でしょうとすぐに母親に引き戻されたが、何かを伝えればよかったと後悔した気持ちがあとになってやって来たのを覚えている。小さくて、柔らかくて、壊れてしまいそうで、レイシーとは遠い場所にいる何かのように思えて、声をかけることなんてできなかった。でも、今は違う。
「大丈夫!」
出した声は、自分よりも大きくって多分レイシーが一番びっくりした。それをごまかすみたいに、さらに大きな声を出す。「怖いことは、しないから!」 口ではなんと言っていても、レイシーと視線を向けると、彼らはひっくり返ったり、悲鳴を上げたり忙しい。でも、何度だって伝えた。「……怖がらせて、ごめんなさい! もうしない!」 それを幾度か繰り返したとき、やっと子供達は落ち着き互いに窺うように視線を合わせて、おっかなびっくりではあるがちらりとレイシーを目を向けた。ほっとして息をした。今度は小さな声で告げる。
「ごめんね。もし他に怖いことがあったら、教えて。次は気をつけるようにするから」
「……ほんとに?」
エリーに頷く。
「うん、本当」
「……目の前でいきなり炎を出すのはナシだぞ」
「そこのコカトリスのことだぞ!」
「んきゅィ!?」
リーヴが眉を八の字にしたままぽつりと呟いた。そしてヨーマがすかさず続ける。彼らはティーをコカトリスの魔物だと勘違いしているが、実はフェニックスであることを知らない。赤いコカトリスなどありえないが、冒険者でもない村の住人には判別が難しい。
「……あと、いきなり剣を出すのも嫌よ」
「ん、あ、悪い。ごめんな。剣を見せるより、見せずに切った方が驚かせないかと思ったんだが、悪かった。これからはしないと誓う」
「ならいいけどっ!」
とばっちりでウェインまでもエリーに怒られている。
「怖くないように、がんばるから。だからその――」
次の言葉は、少しだけ声にし辛い。だから大きく息を吸い込んで、吐き出す。
「セドリックさんが素敵な飴細工を作ることができるように、みんなの力を、貸してくれるかしら」
ゆっくりと話したはずなのに、最後は尻すぼみな声になってしまった。三人の子供達はじっとレイシーを見た。それから、今度は互いに目配せをする。にかりと笑って、腕を出して力こぶを作った。両腕をぐっと伸ばした。むんと胸をはった。返答は、三者三様だが、伝わる言葉はおんなじだ。レイシーの口元が勝手にほころんでしまう。ウェインもそうだ。レイシーよりも、ずっとわかりづらかったけれど、息を落としたように静かに笑った。ほっとしたような、そんな顔のようにも、見えた。
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