第45話
エリーはプリューム村に住む六つの元気な少女で、ヨーマとリーヴはエリーの近所に住む双子の兄弟だ。そしてヨーマはエリーに恋している。しかしエリーはセドリックしか見えていない。複雑な状況である。
彼らが一体どこからセドリックからレイシーへの依頼を嗅ぎつけたといえば簡単である。
ウェインは『とりあえず俺は先にババ様達や村の人達に挨拶回りをしてくるとするか』とレイシーを残してサザンカ亭を去り、言葉通りにプリューム村の家々を回った。そして歩くほどにウェインの後ろに子供が増えた。彼らなりの好奇心でこそこそとついてきてしまったのだ。三人が後ろにくっついていることにウェインはもちろん気づいてはいたが、知らぬふりをしてやった。
ウェインは村を回り終わり再度サザンカ亭に帰ってきて、店に入った。扉には本日休業と札がかけられている。隠れていることも忘れて、エリーはずぼっと生け垣から飛び出した。
『ななななな、なんでセドリックさんのお店が閉まってるの!? そしてなんで閉まっているのに、ウェインさんが入っていくのーーー!!!?』
そして今現在である。
扉の鍵は閉めていなかったから店の中に転がり込んでくるようにエリーはサザンカ亭にやってきた。ヨーマとリーヴは恐るおそると。二人ともいたずら小僧ではあるが、実は一番無鉄砲なのはエリーである。
しかしそんな子供達に驚くことなく、隠しているわけでもないからねとセドリックはお菓子作りの粉混ぜのようにさっくりと彼らに事情を話した。そしてエリーは奮起した。セドリックに娘がいることはもちろんエリーはすでに把握済みだったらしく、自分達も手伝いたいと家から持ってきた紙やら布やらをテーブルいっぱいに広げてどんな花にすべきなのか、みんなで必死に知恵を絞っている。
「……あの、いいんですかセドリックさん」
レイシーは不安になって尋ねた。準備の時間はたったの二週間。いいや、移動の距離を考えるともっと少ない。「もちろん問題ない。どれだけ幼くとも、僕の娘を祝おうという気持ちはありがたいことだ」 しかしセドリックの懐は広かった。サザンカ亭の食卓と厨房では、互いにわいわいと盛り上がっている。
「メインの料理はすでに準備されていると思いますから、それ以外のものにすべきですよね。そして花嫁さんが気づくような。となると、デザートでしょうか?」
「たしかにそうだ。パウンドケーキを切ったら、花の形の模様が出てくるというのはどうだろう」
「花ということがわかりづらいかもしれなせん……。あっ、それなら私の畑にある花を使って、直接料理に使ったらどうですか?」
「ありがたい申し出だが、君の花畑は少々一般的ではないな。僕は目立ちたいわけではないからね」
「たしかに、そうですね。あとはメリア村でお借りするお家の厨房でも作れるような簡単なものじゃないとだめですね。本格的なものは普通のご家庭では無理でしょうし」
「日持ちをするものをこの店で作って持っていくという手も苦しいな。メリア村に行くまでに日数がかかるし、万一崩れてしまったときには取り返しがつかない。現地で作ることができれば一番だ」
議論は重ねられるが、中々答えが見いだせない。エリー達も同じ様子だ。厨房の外の机の上には花の残骸が散らばっている。椅子の背もたれにもたれかかりながら、三人の子供達はぐったりとしている。今回、ウェインは口出ししないと決めているらしく、座りながら子供達の様子を見守っている。ウェインは“料理ができる”人だ。彼が一から全て考えてしまうと、それはセドリックの料理ではなくなってしまう。あくまでも、レイシーが根本のアイデアを、そして組み立てをセドリックがしなくてはならない。
自分が作ったとはわからないような、そんな料理をとセドリックは願ったし、レイシーも彼の願いを叶えたい。けれどもやっぱり彼が祝いたいという気持ちを大切にしたい。
口にははっきりと出してはいないが、ウェインもレイシーの考えを汲んでくれているようだった。
「こんな……紙の花ばっかりを作っても食べられないわ……」
エリーの目の前には紙や布で作られたとは思えない立派な花がテーブルの上に大量に転がっていたが、現実は厳しい。
「……少し、休憩しようか」
心持ちセドリックも疲れたような顔をして、ふうと長く息をついた。眼鏡をとって、反対の手では頭をぐしゃぐしゃにしている。
「こんなときは、甘いものだ。君達、いつものものでいいかい」
厨房から顔を出して、子供達に問いかけると、わあっ! と彼らは生き返った。両手を伸ばして嬉しそうに足をジタバタさせている。
「あの、セドリックさん、いつもの、とは?」
「まあまあ簡単なものだよ。見ていてくれ」
小鍋を取り出したセドリックは、コンロに小さな魔石を投げ入れた。すっかり元気が吸い取られていたはずの子供達も、「入ってもいいかな!」とばたばたと大きな足音を立ててやってきた。「手を洗ってからなら大歓迎さ」 セドリックから投げ渡された手拭きを我先にと受け取り、いつの間にかセドリックを取り囲んでしまった。もちろんウェインも腕を組みながら彼らの様子を遠巻きに見つめている。
「ときどきね、この子達に作るんだよ。僕とみんなの秘密さ」
三人の子供達はセドリックの言葉をきいて、にししと嬉しそうに笑っている。セドリックは素早く鍋の中に水を入れ、さらに砂糖を入れた。
「砂糖を入れたらあんまり触らない。けれども温度は均一になる程度で。我慢が必要だ」
ぐつぐつと水が泡立つ。それが次第に小さくなって、琥珀色に変わっていく。それから鍋を火から下ろし、鉄板の上にとろりと液体を落としていく。つやつやしていてまるで宝石のようだ。「固まる前に、急がなくちゃな」 小枝の楊枝をちょんちょんと一つひとつ置いていく。形になるのはあっと言う間だ。
器用に鉄板から塊をヘラで剥がして、「ほら、どうぞ。適度に味わってくれ」「いつもありがとうございます!」 エリーが嬉しそうに返事をして、ヨーマ、リーヴと同じく受け取りながらお礼をする。レイシーも、ウェインも思わずもらってしまった。子供達の様子を見て、彼らに倣うように楊枝部分を支えに持って、ぱくりと口にする。甘くって、ほんの少しのほろ苦さがある。
「お、おいしい、ですね……!」
「ただの飴だよ。僕としては何の面白みもない」
セドリック自身もうすっぺらにした飴をぱっきんと口で割って食べている。一度に少しのものをたくさん作ることができるから、鉄板の上にはまだいくつか数が残っている。丸のほかにも、ちょっと楕円のものや端っこが崩れているもの。たれた形がそのまま固まるから、色んな形になるのだ。そしてそれは何かに似ている。
「……なんか、粘土みたい」
「リーヴぅ! 食う気が失せること言うなよお!」
「だって俺達がいるテーブルと! まったく同じなんだけど!」
さすがに口には出さないが実はレイシーも同じことを思っていた。エリーはたくさんの紙の花を、リーヴとヨーマは粘土の花を作っている。大きな紙の上にぺたぺたと、花びらを作っていく手法でさすがプリューム村<羽飾り>の子供達。みんな器用ね、と考えていたのだ。
違う、そうだ、と終わりもなく双子達は言い合っている。そして、彼らを見たとき、はっとした。セドリックもレイシーと同じ考えだったのだろう。
「……有りだな」
ぽつりとセドリックは呟いて、すぐさま忙しく作業に写った。レイシーは砂時計を探した。多分これは繊細な作業で、時間との勝負だ。正確に計る必要がある。忙しく動くセドリックとレイシーを、子供達はぽかんとして見て、ウェインは難しい顔をしながら腕を組んでいる。
まずセドリックがしたことは、飴に紅の色をつけることだ。そして花びらを作っていく。一枚いちまい、丁寧に合わせて形を作っていく。時間を細かく計って、炙る火の温度を調節し、いくつも試作を重ねていく。そして。
――失敗、したのだった。
***
「砂糖で細工物を作るっていうのはいいアイデアだと思ったんだ」
先程の疲れ切った子供達のように、今度はセドリックが椅子に座って背もたれにもたれかかり、どんよりと天井を見上げている。かけた眼鏡がずり落ちそうで心配だ。とにかくエリーが心配そうにおろおろとしている。
「……砂糖と水だけじゃ粘性が足りない。だから粘性のある飴を作って、形を作るところは間違っていない。火を通す時間も多分あれで適切だ。作業場所も、まさか鍋の中でそのままするわけにもいかないし、鉄板の上以外はないだろう。飴を切り取る、切れ味のいいナイフもウェイン君から借りた。けれど、問題はその後だ」
段々とセドリックが体どころか声すらも沈んでいく。
「僕自身の手が作業に追いつかないんだ。飴はすぐに固まるから高温じゃないといけない。素早くしなくちゃならないのに、飴の熱さに耐えきれないから指の動きがおいつかない。できても不格好すぎるものだ。一朝一夕にできるものじゃない。今のままじゃ、祝いの場に出すことなんてできやしない。それにメリア村にいる僕の友人宅の厨房がうちと同じわけはないだろう。むしろ、違うに決まっている。鉄板のような平坦で、かつ熱に強い場所でないとそもそも作業ができない……」
眼鏡をとって、腕で眼前を覆いながら、セドリックは長い長い溜息をついた。
娘の結婚式を祝いたいという彼の気持ちが、痛いほどに伝わってくるのにもどかしくて、レイシーはぐっと胸を掴んで口元を噛んだ。
(何か、すごく、変。でも何が変なのかわからない……)
胸の中が、とにかくもやもやしている。
今まであった依頼では、感じたことがない感覚だった。どうしたらいいのか、まったくわからないのだ。今までだって解決策が思いつかないことは何度もあった。けれどもそのときと何かが違う。どれだけ難しいことでも考えていればいつか答えが見つかるような気がしていたのに、今は考えても考えても真っ暗で一つの灯りさえも見当たらない。料理のレシピなんて思いつかない。
(ど、どうしよう……)
不安で、今までレイシーが考えついてきたものは、実はただのまぐれで、自分の中には想像力なんて一つもないような、自分なんてやっぱり役に立たない人間なんだとぞっとして、暗い穴の中に落ちていく。
怖い。
自分が、何もできない人間だと知ることが、とにかく――怖かった。
「セドリックさん、力になることができなくて、本当にすみません……」
「いや、レイシーさんが謝ることじゃない。そもそもこのレシピは本来僕一人が考えなきゃならないことだ。エリーやリーヴ、ヨーマにウェイン君もみんなの時間をもらっているのにこちらこそ申し訳ない」
がっくりと頭を落とすレイシーに、慌ててセドリックが立ち上がった。けれどやっぱり空気は重苦しい。誰も彼もがうんうんと考え込んでいる中で、唯一ウェインだけは違った。ただ冷静に翠の瞳を伏せていて、「なあ」 ゆっくりと顔を上げた。壁にもたれて腕を組んでいるのはいつものポーズだ。
「考える必要があるのは、本当にレシピなのか?」
「……ウェイン君?」
「俺達は料理のプロじゃない。だからそこを考えるとしてもセドリックの力にはなれない。そもそも足元にも及ばないからだ。だからレイシー、セドリックが俺達に求めているのは、そうじゃないだろう」
名前を出されたセドリック自身も、きょとんとして瞬いている。
ウェインはまっすぐにレイシーを見つめた。彼の言葉を、少しずつ理解する。そうだ、レイシーがセドリックの力になりたいものは、そうじゃない。レイシーが作りたいものは、それではないのだ。
「……なるほど」
あまりにもしっくりと胸の奥に染み込んだ。じわじわとレイシーの頬に赤みが指す。そんな彼女を見て、ウェインはにんまり笑っている。基本的に、彼の性根もいたずらっ子だ。新しいものは好きだし、それで他人が驚く顔を見るもの大好きだ。
「わかったわ、ありがとうウェイン!」
「何か思いついたのか?」
「ええ、もちろん!」
たまらず椅子から飛び上がるように立ち上がった。セドリックや子供達はあっけに取られている。うってかわった空気の様子に、今度はウェインはけらけら笑った。思いついたものは、すぐさまに試したい。
「ごめんなさい、セドリックさんは飴を作る練習をしていてください!」
いても立ってもいられなくって、こうしてレイシーはサザンカ亭を飛び出した。
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