第42話
暁の魔女と呼ばれたレイシーが、このプリューム村にやって来たのは、一年と少し前のことだ。
孤児であるレイシーは魔術の適性を見いだされ、魔術の腕を磨くことだけに生きてきた。勇者であるウェインや仲間達とともに魔王を倒し、旅を終えた彼女は目的すらも失って貴族のもとに形ばかりの妻として嫁ぐはずであったのだが、レイシー自身でさえもわかっていなかった彼女の想いに気づいたのはウェインだった。
国からのしがらみを解かれ、クロイズ国一の魔法使いとしてではなく、レイシー・アステールとして自由に生きることを願った彼女が始めたことは、『何でも屋』を始めること。『星さがし』と名付け散り散りになった過去の仲間達ともう一度絆を作りながらも、彼女らしく生きていくことができた。そして、以前よりもずっと強くなった。……のだけれど。
「ひ、ひ、ヒヒャーーーー!!!?」
ごうごうと炎につつまれて燃え上がる樹木を見て、さすがに目を丸くして叫ぶしかない。
レイシーとウェインが駆けつけると、不思議と周囲に草木もなく、ただ一本まっすぐに立っている広葉樹があった。そこにティーが力の限りくちばしを開いて、思いっきり炎を吹きかけている。
その小さな体で、一体どこにそんな力があるのか。体の何倍、何十倍もの大きさの炎を吐き出し、炎は踊っていた。ぐるぐると葉っぱの先まで巻き付いている。ティーはフェニックスの幼体だ。以前助けたフェニックスが残した卵から生まれた。幼体と言ってもレイシーがプリューム村に来た頃からの付き合いだから、もう一歳を超えている。こんな大きな炎を出せるようになったのだなあ、と驚いている場合ではない。ティーの隣では、ティーの友人であるワイルドボアのノーイが、お行儀よく座り込んでほかほかと幸せそうな顔をしている。心持ちか、いつもよりも口元から生えている牙もマイルドに見える。
「いや、焚き火じゃないから! 二人とも何しているの、こっ、こら! こら、ティー!!」
「レイシー、落ち着け」
慌てて杖を大きくさせようとするレイシーをウェインが止めた。ぱしりと片手で軽く腕を掴まれた。そしてそれを上に上げられたかと思うと、今度は腰を持ち上げられた。たかいたかい。ではなく。
「何を、しているの……!!」
「すまん思わず。じゃなくてだな。よく見てみろよ。あの木は燃えてるけど燃えてない。耐熱樹って言ったらわかるか?」
「耐熱樹……?」
実際見ることは初めてだが、草木の中には一切の炎が効かない植物が存在するという。葉が太陽の光を集めることとおなじように、熱をエネルギーとして吸収する性質を持つ。レイシーの畑には様々な草木が集まり種を芽吹く。ティーが炎を吹きかけている木も、その一つなのであろう。自身の畑の異常性を再度理解した。けれども必死に炎を吹き出すティーに対する疑問が解けたわけではない。
「……なんだか、その、ティーが苦しそうに見えるんだけど……」
燃えない木を見つけたから、せっかくなので燃やしてみた、という風にも見えない。力いっぱいに両羽を開いて、ふぐふぐと震えているようである。むしろ、炎は出したくないけど、出さなければいけないから頑張っている、という様子だ。ノーイと二匹で支え合って、まだまだいけるぞとばかりにきゅいきゅいぶもぶも叫んでいる。そんな限界まで挑まなくても。
「……もしかして、火固めをしてるんじゃないか?」
「ひがため?」
「ほら、人間の赤ん坊でも歯固めってのがあるだろう。歯が生える頃にむずむずして、硬いものをかじりたくなるってやつが。炎を吐くタイプの魔物も、ここらへんに」
ウェインはちょん、と自分の鳩尾あたりを指差した。
「炎を吐き出す器官が存在するんだが、それがより強固に変化する時期があるらしい。幼体から成体になるときにだいたい変わるから、それが腹の中で気持ち悪いんじゃないか? もしくは体の中の炎を全部吹き出さないと、新しく変化しないのかもしれない」
「なるほど……」
「それで燃やす対象として耐熱樹を選んだのかもな。花や薬草畑を燃やしたら問題だ。風向きにも気をつけているようだし」
ふおおおお、と必死に炎を吹き出しつつ、ぶるぶる震えているティーの尾っぽが涙を誘う。
そういえば最近以前よりも成長しているように感じていたのだ。ティーをレイシーに託したフェニックスと、今ではそう大きさも変わらない。
大きくなったんだなあ、としみじみ頷くしかない。
「魔物の火固めはそこまで時間もかからないから、一日、二日で落ち着くだろ」
「そうなの、よかった。さすがにちょっと苦しそうだから安心した」
「ところでレイシー。今回少し長く世話になっても問題ないか?」
「別にいいけど。どれくらい?」
唐突である。ウェインも言うべきタイミングを見計らっていたのだろう。たいていウェインは泊まって一日、もしくは二日。いつも忙しそうに王都や遠征先に戻って行ってしまう。ウェイン曰く、自分は暇なのではなく、暇をすべてプリューム村に来ることに費やしているのだ。
そんな忙しいウェインの姿を知っているので、長くと言われると休みを取ることができたのだろうかと逆にほっとする気持ちもあった。一週間くらいかな、と考えて続きを待った。
「だいたい一ヶ月くらいかな」
「い、一ヶ月!?」
けれどもちょっと長すぎた。ええっと、ええっと、と考えて、レイシーは返答した。「もしかしてなんだけど」 おう、とウェインが続きを促す。ごくんとレイシーは唾を飲み込みこんだ。
「く、クビにでもなった……?」
「なってたまるか」
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