第37話

 


 ひどくざわついた場だった。

 豪勢な音楽よりも人々の会話がひどく耳障りで、ウェインは静かに息を吐き出した。

 シミひとつない真っ白なテーブルクロスを敷かれたテーブルの上には、ところかしこに料理が盛り付けられている。かちり、かちりと食器がこすれる音や、笑い合う声が聞こえる。


「お客様、ワインをお持ち致しますか?」


 ウェインの片手には空っぽのワイングラスが持たれていた。気がついて、少しだけでも残しておけばよかったと後悔した。そうすればこうしていちいち話しかけられることもない。「ああ」 短い返答と仕草でもウェイターは正しく理解し、ウェインがテーブルの上に置いたグラスに静かにワインをそそぐ。


(……なにか遠い場所にいるような気になるな)


 貴族のパーティーとは大抵こんなものだ。

 ウェインは伯爵家の次男坊だから慣れた世界のはずだが、海の街タラッタディーニでブルックスと酒を交わしたり、プリューム村で腹いっぱいにポップコーンを食べたりしたことの方が今となってくるとしっくりくる。


 仕方がないとはいえ中々に息苦しい。ウェインは社交界にふさわしく、普段よりもかっちりとした服を着ていて隠蔽魔法も解除している。服の襟をひっぱってため息をついている金髪の青年の姿をパーティーに参加する婦女子達はひっそりと扇越しに見つめ、「勇者様でいらっしゃるわ」「噂通りの麗しいお姿ね」と互いに囁き合っている。


(しかし、居心地が悪い……)


 そういった視線も含めての感想だったが、大皿に山盛りのポップコーンが盛られていることに気づき、ふと口元を緩めてしまった。ふわりと胸が温かくなってしまう。とりあえず近くにあるサラダに口をつけてみると、こちらも覚えのある味がする。ココナッツオイルだ。もしかすると、隣のクッキーもそうだろうか。


「んぶっ!」

「? なにか……?」

「いえ失礼、なんでもありません」


 ポップコーンを上品にスプーンですくって食べている貴婦人を目にして、耐えきれず笑ってしまった。当たり前だ。貴婦人達が手袋を汚すような食べ方をするわけがない。保冷温度バッグを腕に提げている女性もいたが、さすがに使い方が違うのではないだろうかと疑問に思わざるを得ないが、これが王都の光景だ。ダナが熱心に宣伝するようになって、さらに勢いは増したようにも思う。需要に供給も追いついていないから、レイシーが作った魔道具を手に入れることが一種のステータスにも変わっているのだ。


 その中で、パーティーの主催者はとにかく大きな声を張り上げていた。もともとの声の大きさなのか、それとも“聞かせるように”しているのか。


 ウェインは剣呑に瞳を細め、男――ロミゴスへとゆっくりと近づく。

 フリーピュレイの医療院で、ダナにそっけない態度をとられて、逃げるように去った貴族だった。

 ロミゴスは雪だるまのような体を必死に広げて胸をはり、周囲の人々と談笑している。主催者である手前、貴族達は一様に微笑んではいるものの、どこか瞳は冷たい。そのことをロミゴス自身も気づいているのかさらに声を張り上げているが、ウェインにはどうにもから回っているように見えた。


「伯爵は随分と必死なご様子だ」と、ささやくような声が聞こえる。他人をあざ笑って楽しげにしている周囲こそ馬鹿馬鹿しいとウェインは考えたが、これが貴族というものだ。転がり落ちていくものには誰も寄り付くことはない。藁をもつかもうと伸ばされた手がこちらにきてしまってはたまらないからだ。


 けれどもロミゴスが主催するこのパーティーには意外なことにも大勢の人間が出席していた。面白がって、様子見として。様々な理由があるだろうが、一番の理由は他にある。


「私は、あのアステールの品の全てを手にしてみせますとも!」


 大仰な仕草と言葉で周囲と笑っていた。そんな人々の隙間から、ウェインはさらに睨むようにロミゴスを見る。


「なんせ私はあの、光のダナ様と懇意ですからなあ! 何度も医療院を訪れましたし、私のことを大切な客とおっしゃってくださったのです! 嘘ではありませんぞ!」


 仮面を貼り付けて語らう貴族達の顔は、誰しもが同じように見える。「おお、ダナ様と! ダナ様はアステールの魔道具屋と親しいと聞きますからなあ」「わたくし、匂魔具を買い揃えてしまいましたわ、どれもすばらしい品ですもの」 どれも芝居がかった言葉だった。ロミゴスは丸々とした拳を握って、ぶんぶん振って主張した。


「いいですか、皆さん! 私は以前からアステールの品に目をつけていたのです。売り出される場所から、産地を考え出しまして……いやこれ以上は言えませんな」

「なんと。気になるところで話を終わらせるお方だ」

「言ってしまっては私が一番になれないではないですか」


 おっしゃる通り、とどっと湧き上がる。無駄な時間だった。ウェインはため息をついてさっさと会場をあとにしようとしたが、目ざとく見つけたロミゴスは招待客をかき分けるようにウェインに近づく。


「勇者様! 勇者様ではございませんか! 勇者様の生家であるシェルアニク家にも招待状を送らせていただきましたが、まさか本当に来ていただけるとは……! ぜひ、ぜひお楽しみくださいませ! まだまだ出し物もございますので!」

「いえ、所用がありますので。早々に失礼ですが、帰らせていただこうかと」

「そんな! ……音楽、料理、どれをとっても一流のものをそろえているんですよ!」


 たしかにどれもこれも立派なものだ。流行も意識したらしく、ポップコーンがあるのはそのためだ。けれども、立派な皿の上に載せられたポップコーンはどうにもちぐはぐで、落ち着ける空間とは程遠い。ぎらぎらと金の装飾ばかりが会場は輝いていて、ため息が出そうだった。悪趣味、ともいえる。


「……申し訳ありませんが」

「それなら土産を! みなさまに、土産を準備しているのです! おい、そこの! お前だお前!」


 ロミゴスは横柄に声を張り上げた。声をかけられた使用人は驚いたように飛び跳ねてしまって、ウェインは気の毒にも思った。


「え、あの」

「ぼうっとしているな! さっさとあれをもってこい! ……勇者様、もうしばらくお待ちください、アステールの品をなんとかご参加くださったみなさま分を買い揃えさえていただいておりますので」


 怒声をはらんでいたはずの声が、ウェインにはすっかり調子を変えている。


「流通が少ないものですから、無理に平民達から買い上げたものもあるのですよ。ああ、もちろん買ったその場で取り上げましたから、中古なんてものはもちろんございませんのでご安心を。まったく手間をかけるものです。……私が! アステールの魔道具師を手に入れた暁には、さらなる流通を確保致しまして、平民などではなく、貴族の方々に届けるようにしっかりと教育し指導しますので――」

「もう結構だ」


 あまりにも聞くに堪えない。気づけば言葉を吐き捨てていた。


「えっ、あの、勇者様……?」

「自身が求めるものが、他人と同じであると思わない方がいい」


 自然と威圧するように言葉が漏れ出た。「そうした考えは、いつか自分自身の首を絞めることになる」「え……」 揉み手の格好をしたまま固まるロミゴスを見て少しばかりやってしまったと思う気持ちはあったが、そのままくるりと背を向けた。


 縫い付けられたまま動くことができないロミゴスは、今度こそウェインを止めはしなかった。

 ウェインは足早に屋敷を去った。そして送られてきた手紙を思い出す。――出てきたのは、随分と重たいため息だった。



 ***



「なあ、余計なこと言ったよな?」

「言ってませぇん」

「言ったよな!」

「言ってませんよったらぁ」


 アレンの言葉に、ぬるりとランツが返答した。がらがらとひかれる馬車に体を揺らしつつランツを睨んだが、おそらくまったくもって響いていない。ぴゅるぴゅる、とランツは楽しそうに口笛を吹いていた。アレンは更に眉間のシワをぐっと深くさせた。

 最近はアレンも馬の手綱を握らせてもらえるようになった。行商にも慣れてきて、少しずつできることが増えて行くのは嬉しくも感じている……けれども。


「絶対に言っただろ! 明らかにレイシー姉ちゃんの言動が変だ! だって王都に行くって俺が言うたびに妙に緊張しているし、拳を握って『がんばれ!』なんて、めちゃくちゃ応援してきておかしいからどうしたんだよって聞いても目がめちゃくちゃ泳ぐし。なんだよ目に金魚でも飼ってるのかよ!」

「あの人たまにすごく顔に出て面白いですよねえ」

「そうそう……じゃない! 違う! ランツ、あんたぜーったい姉ちゃんに何か言ったろ、言ったよな!」

「へらへら」

「どんな笑い方だよ!」


 すっかり敬語も消えて気心もしれている。尊敬すべき大人だと思ってもいるが、どうにも態度に表せない。だって始終この調子だ。アレンの言葉はどこ吹く風で、何を言ったところでするすると避けられてしまう。


「アレン君、そらそら、もうちょっとで王都ですよ。しっかり手綱を握ってくださいな」


 今回もそうだった。

 そもそも、アレンがランツに同行している理由は商売の手伝いだ。アレンもするりと表情を変えて、わかったと固く頷く。


 アレンがこうして幾度か王都を訪れ知ったことは、ランツは毎度、手を変え品を変えレイシーの品を売りさばいているということだ。初めは馬車を荷台ごと他人に渡したが、日によってはそのままで通るときもある。そして今日は納品のみだ。アレンとランツは品を商人に渡し、代わりの金を受け取った。


「何も全部を自分で売る必要なんてないんですよ。自分達で売った方がもちろん儲けは多くなりますが、その分あたし達の時間を売ってもいるんですからね。色んな方法があることを覚えてください」

「うん」


 ただ、たくさんの選択肢がある理由は、ランツの顔の広さからだろう。少なくとも、今はまだアレンには真似をすることはできない。


「どうします? あたしはレイシーさんに渡す布を見に行きますよ。こないだも連れて行ったところですし、今日は王都を見て回って来ますか? 勉強になることもあると思いますよ」

「じゃあ、そうしようかな……」

「それなら太陽が丁度真ん中まで来た頃に、宿屋の前に待ち合わせましょう。そのとき昼食も済ませましょうや」

「わかった」

「迷子にならないように」

「ならねぇよ!」


 と、返答しつつも実のところ不安だった。アレンはプリューム村で生まれ育ったから、そもそも人の多さに慣れていない。ランツの背中を見送って、アレンが最初にしたことは道を覚えることだ。まずは周囲の道を確認して頭の中に叩き込む。不必要だと思うほどに、丹念にそれを繰り返す。最近知ったことだが、こういった作業はアレンは案外苦手ではなかった。数字や人の顔など、見知らぬものでもするりと頭に入ってくる。プリューム村では全員が顔見知りだから気づかなかった。


 同時に街の人々の様子を見る。やはりプリューム村より洗練された雰囲気で、着るもの一つとっても意識が違う。露店で客を呼び込む声や、店の看板。それを見る人の視線。全てがアレンの中での刺激となった。


(レイシー姉ちゃんに作った看板……作り直そうかな)


 見てくれもきっと重要だろう。未だに仕事が増えても顧客は増えないとぼやいていたレイシーの姿を思い出し、帰ってからすることを決めそろそろ待ち合わせの時間だと考えたときだ。見覚えのある大柄な男が通った。腰にさした剣と胸元にある紋章を見てぞっとした。ランツにこしょう入りのショールを巻かれて盛大にくしゃみを繰り返していたあの兵士である。


 アレンは王都に来る際には深いフードつきのローブを着込むようにしていた。アレンは魔法使いでもなんでもないから、顔を変えることはできない。念には念を、としていたことが裏目に出た。すれ違うことを祈って体を小さくしていたアレンを見て、男は「んん?」と苦い声を出した。


「……おい、お前。……おい!?」


 声をかけられた瞬間、アレンは駆けた。「待て!」 そう言われて待つわけがない。兵士は幾人かで巡回を行っていたらしく、声を掛け合い次々に仲間を呼び出す。胸の奥がぞっとする。


(……やばい、やばい!)


 ランツが言っていた、“一番怖い”もの達だ。アレンは滑るように街を走る。「そいつを捕まえろ! 捕まえたやつには報奨を出す!」 アレンは犯罪者でもなんでもない。なのにいつの間にか市民すらも巻き込んでいた。誰もがぎょっとしたようにアレンを見る。

 レイシーが作る魔道具を中々手に入れることができず、あちらも手段を選ばなくなってきたと道中ランツがこぼしていたことを思い出した。


 大きな商売を成功させるためにはさらに大きな庇護がいる。プリューム村は小さな村で、貴族を相手にするにはまだまだ力が足りない。吹けば飛ばされてしまうようなものだ。兵士の号令で、さらに人が増えていく。(どれだけ街にいたんだよ……!?) ちくしょう、と吐き出す息はひどく熱い。心臓だって燃えてしまいそうだ。


(でも)


 ――がんばれ!


 これからランツの商売を手伝うと告げたときは、驚いたというよりもぽかんと口を開けていたくせに、今では何度だって応援してくる。こないだも聞いたし、何で毎回そんなに力が入ってるんだとか、別に俺が勝手にしてるだけだから姉ちゃんには関係ないとか、アレンだって言いたいことはたくさんある。


 けれど、毎回呑み込んでいた。力をもらって、次につながる何かを得ようとこっそり誓った。


「うりゃあ!」


 がんばれの声が、胸の底に力強く響いている。「ひゃ!」「ごめんなさい!」 道端に詰まれた荷物を飛び越えて、驚く人に謝った。ぐん、と右に曲がる、それから左に。急な方向転換を繰り返してちょこまか人混みをすり抜ける。逃げる弟達を追いかけるうちに、おいかけっこは自然と得意になっていった。足の速さは折り紙付きだ。それから頭の中の地図を確認する。こんなときのために、必死に道を頭に叩き込んでいたのだ。


「なんだあいつ、くそ、なんでこんな道……」

「逃げ慣れてやがる!」


(残念ながら今日が初めてだっつの!)


 そっちこそ自分の街くらい把握しとけ、と心の中で悪態をつく。「回り込め! ただのガキだ!」 そうはさせるか、と街の構造を思い描く。(……道は平面じゃない) 思い描いたのは、レイシーが作った保冷温バッグだ。ただの型紙から出来上がっていくように、ぱたぱたと形を作り上げる。

 窓枠に足をかけて、勢いよく壁を上った。


 屋根の上に飛び乗った。あっと男達が声を上げる。誰もアレンには追いつけなかった。平面の道も、立体の道も、全てアレンの頭の中にある。田舎から出てきたただの少年に、兵士達が束になったって追いつけない。鼻から吸う息が妙に冷たくってすうすうする。よかった、できた。言葉を返せた。ぽろりと泣き出しそうにぐっと唇を噛んだとき、アレンの体に奇妙な衝撃があった。何かを投げられて、ぽんと軽く当たったような感覚だったが、見たところで何もない。


「あそこだ!」


 不審に思いながらも逃げることを優先した。ランツと合流し、すぐさま王都を去った。馬を走らせながら着ていたローブを確認したが、やはり何もついてはいない。けれども不安に思って、ローブは道端に投げ捨てた。


「……ランツさん、ごめん」


 考えてみれば、こしょう男に目をつけられたとしても、もっと堂々としていればよかったのだ。王都にはアレンと同じ服を着ている人間などいくらでもいる。下手な動きをするから怪しまれた。


「アレン君を一人にしたあたしが悪い。よく逃げ切れましたと褒めたいくらいだ。ロミゴスだったかな、最近嫌な噂を聞く貴族がいるんですよ。あたしらが商品を売った客から無理やり買い取るなんてことをするから、こっちだって大迷惑だ」


 そろそろ王都での商売も潮時かもしれない、と呟くランツの言葉をアレンは眉をひそめて聞いた。そして振り返った。小さくなっていく王都が見える。なぜだろうか。初めて来たときは、大きくて立派ですばらしい街のように思えたのに、今ではそうは思わない。


 そんなことよりもとすぐさま前を向いた。馬の蹄が道を削り、進んでいく。



 ***



 レイシーはそわそわと村の入り口を行ったり来たりと繰り返している。歩いて、戻って、やっぱり歩いて。


「……レイシーさん、そろそろだとは思いますけど遅れることもありますし、アレンが帰ってきたら屋敷まで行くように言っときますから」

「い、いえそんなカーゴさん! 別にものすごく気になっているというわけではなく、その、ええっと、セドリックさんのお店に行くまでの間、お腹をもっとすかしておきたいなと思って動いているだけですから!」


 一体なんだそれはとレイシーにだってわけがわからない言い訳である。カーゴは笑みを押し殺したような顔をしてレイシーを見下ろした。恥ずかしくて思わず帽子で顔を隠してしまう。

 アレンのことが気になる。けれども、アレンの気持ちを汲み取ると決めたから、そのことを知られるわけにはいかない、とレイシーは考えている。


 今日はアレンがランツとともにプリューム村に帰ってくるはずだ。ティーとノーイもなんぞなんぞとくっついてやって来たが、同じ動きばかりを繰り返すレイシーに飽きてしまったのか、さっさと遊びに消えてしまった。『きゅいー』『ぶも』と呆れ半分な顔でこちらを見ていた二匹を思い出す。


(……たしかに屋敷で待ってたところで同じかもしれないけど)


 どうせ帰ってきたら売り上げの報告として屋敷に寄ってくれるのだ。わざわざ村まで下りて来たところで、数時間の差なのだろう。

 その場でぐるぐる回って、もしかするとの気配を感じて顔をあげて、やっぱり違うとがっくりするを繰り返しているレイシーに、カーゴはすっかり苦笑していた。


 それを何度か繰り返した後、馬車の音に顔を上げた。今度こそ間違いない。アレンとランツ、御者台から下りた二人に、「おかえりなさい」と声をかけた。「レイシー姉ちゃん、またずっと待ってたの、心配しすぎじゃない?」と、呆れ声なアレンに、そっとレイシーは口元をもごつかせた。ランツとカーゴは互いに顔を見合わせ、笑いを堪えている様子だ。


「心配、してるというわけじゃないんだけど、なんていうか、その……」


 アレン曰く、金魚を飼っているにぐるぐると泳がせ、言うべき言葉を考えている。けれどすぐに違和感に気づき、レイシーはアレンの背中をぽんと叩いた。


「な、なに?」

「アレン、どこかで魔法使いに会った?」

「魔法使い?」

「ええ」


 探索魔法が少年を絡め取っていたのだ。


(けれど随分、お粗末な魔術だけど)


 軽く彼女が叩いた程度で術式は簡単にひび割れ、こぼれ落ちた。パキパキと音をたててただの魔力の欠片となってしまう。これがレイシーだったなら、気づかれないように糸よりも細く術式を編み込むだろう。探索すべき相手に気づかれてしまっては何の意味もないのだから。


「兵士になら会ったけど、魔法使い、には……どうだろう」

「そう……」


 困惑するようなアレンの言葉も無理はない。そもそも、魔法使いというものは見てくれでわかるものではないからだ。プリューム村から出発したときにはなかった術式ということは、王都でかけられた魔術のはずだが。


(たまたま王都で出会った男の子に、探索魔法なんてかけるものかしら……?)


 レイシーは自然と眉間のシワを深くしながら、バラバラになって砕けた魔力の残骸を見つめた。


「……姉ちゃん?」


 不安そうにアレンがレイシーを見つめていた。そのときだ。いくつもの馬の足音が響いた。プリューム村には、そう多くの人間は訪れない。だいたい決まった人間ばかりだ。だからこその奇妙さだった。その感覚は、レイシーよりもカーゴやアレンの方が強い。


 カーゴはアレンに視線を向け、アレンはすぐさま意味を理解し村の中に消えていく。「おい!」 馬に乗った男達の一人が叫ぶが、「いい、騒ぐな」 丸々とした、雪だるまのような男がのっそりと腕を伸ばし、叫んだ男を制した。


 そのまま雪だるまのような男は馬を下りて、村をゆっくりと睥睨した。


「しけた村だな」


 吐き捨てるような言葉に、非難する感情よりも困惑の気持ちが強い。帽子を深くかぶったまま、レイシーは男を見た。横柄な態度と立派な服から察するに、おそらく貴族だ。ということは引き連れた男達は私的な兵士なのだろう。傭兵というよりは統一された制服を着込んでいる。


 男達がじっくりと村を見物してひとしきり文句を言っている間に、アレンは大勢を引き連れて帰って来た。ババ様も村人の背中に抱えられている。貴族が兵士を連れてやって来たのだ。警戒するのも無理はない。


 段々と集まる人々に対して、「これだから田舎者どもは」と貴族はツバを吐き捨てた。村人の幾人かがむっと眉をひそめたが、ゆっくりと背中から降ろされたババ様が、静かに彼らを代表して前に出た。あまりにも無防備だ。けれども貴族を相手にするのなら、平民はこうして卑屈に対応せざるを得ない。レイシーは視線をそらさずに、小さくさせた杖にそっと指を伸ばした。何があってもいいように。


「わたくしは、プリューム村の顔役を務めておりましゅ。貴族のお方とお見受け致しますが、この村に何か御用があってのことでござりまひょうか」


 たっぷりとした袖の間に手を入れて、ババ様はぺこりと頭を下げた。


「はんっ、御用ときたか。本来なら、ただの田舎者であるお前らと言葉を交わすことなど、ありえぬことだがな。いいだろう、“功績”を認め、私の名を聞く栄誉を与えよう。私はマルラド・ロミゴス。王より伯爵の位を賜っている!」


 伯爵、という言葉にざわつく村人に、ロミゴスはひどく上機嫌に口の端を吊り上げた。気づけば村人の大半が集まっている。レイシーはそっと彼らに紛れた。アレンは不安げに顔を覗かせている。


「そう、“功績”だ! この村が、アステールの品の原産地であることを、私はすでに把握している! 大人しくその権利を私に渡すがいい!」

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