第27話

『レイシーさん、もし可能でしたらご依頼を。夫や子供達が、手軽に外で家と同じものを食べることができる、そんな方法があればとてもありがたいです』


「うーん……」


 レイシーはトリシャからの依頼を思い出した。屋敷に戻って、部屋の中をごそごそと探してみる。

 もちろん依頼と言われなくても考えてみようとは思っていた。自分自身に、何ができるのか。それ自体を知ることはレイシーにとって必要だし、食事はとにかく重要だ……ということは、ここ最近ウェインに叩き込まれた。


「王都じゃ、すぐに食べることができる店があるって聞いたけど。俺は行ったことないけどさ」

「そうね、でもあれは氷結石がたくさんあるからできることなのよね。魔道具はどうしても人が多い王都を中心に売られるから、この村にやってくるまでに溶けてしまうだろうし……」


 なるほど、と相槌を打っているのはアレンだ。今回、労働力の提供、ということでアレンは再度レイシーの屋敷にやってきた。一人、いや一人と一匹だけだと中々思考がまとまらないので、話し相手がいることは助かる。今は二人で屋敷に備え付けの棚の中を漁っている最中である。


 食料の保存は、旅をしている間も重要な問題だった。力自慢であったブルックスがいれば、いくらでも獲物は手に入れることができたが、そもそも獲物自体がいないこともあったし、毎回狩猟からとなると時間がいくらあっても足りない。だから行く先々で保存食を手に入れて、それをウェインがおいしく調理してくれた。


 カーゴやアレン達の場合も作ったその場で食べることができればいいが、外の仕事をしていると、毎回家に戻るのも手間である。だから昼食を外に持っていく必要があるが、この炎天下である。万一があってはたまらないと、夏の間は持っていけるものが限られており、硬いパンとぬるい水が主食になるらしい。冬になるとスープを持ち運ぶことができるものの、昼にはすっかり冷え切っている。


 アレンからの説明を聞きつつ、なるほどそれなら、とレイシーには一つの案が思い浮かんだ。


「……あ、見つけた。これがほしかったの」

「布? ……に、見えたけど、何か違うね? 何だこれ」


 アレンは不思議そうにレイシーがかかえる布らしきものを見つめている。

 匂い袋の制作用に、プリューム村にやってくる商人から定期的にレイシーは布を買い付けたり、面白いものがあれば材料用にわけてもらったりすることもある。その中に混じっていたものだ。


「これ、触り心地は布に近いけれど、実は特殊な木の皮なの。匂い袋にするには、皮の香りがぶつかるからやめておいたんだけど、普通の布よりも耐久力があるし、今回の目的に丁度いいと思って」

「はあ……」


 アレンに木の皮を渡してみたが、彼はしげしげと自分の手元を眺めるばかりで、どうにもピンときていない様子である。くすりとレイシーは笑った。もちろん、これだけではなんの意味もない。

 今回のトリシャの依頼は、レイシーが持っている氷結石を渡して、定期的にレイシーが魔力を注ぎ込む、という約束を取り付ければ終わる話なのだが、それでは中途半端だ。それはレイシーがいる、という前提が必要で、彼らだけで完結できるものにしなければいけない。


「ちょっと失礼するわね。アレン、そのまま持っていてもらっていい? 広げて、私に見せる形で」

「……こう?」

「そうそう」


 レイシーはすいっと二本の指を立てた。そのまま、小さく呪文を唱え、勢いよく振り下ろす。

 はらり、と静かに木の皮は真っ二つに切れた。アレンの顔に風圧がぶつかる。


「あ、アーーッ!?」

「うん、やっぱり」

「いややっぱりじゃないよ! 今こっちに向かって魔術を使った!? 使ったよな!?」

「杖も持つ必要がないくらいだから大丈夫。それよりアレン、ほら見て」


 レイシーはアレンからすっぱりと切れた木の皮を見せる。薄い皮だから、切断面を見せられたところで、なんだか綺麗にまっすぐに切れているな、ということしかアレンにはわからない。


「……見てと言われても、真っ直ぐ切れているな、と」

「そこが重要なの!」


 レイシーは木の皮を持ち上げ、伸ばしたり、ひっぱったりを繰り返し、頑丈であることを確認して幾度も頷く。外ではささやくように話すくせに、生き生きとしていて、随分楽しそうにも見える。


「さっき私は切断魔法を使ったけれど、それって、ただものを切るというだけではないの。切る物質によって、その都度術式を変化させる必要があって、今私は、自分の理想を形とする術式を作ったのね」


 わくわくと説明してくれているようだが、アレンはただ口元を難しくさせて眉間にしわが増えていく。術式、と言われたところでぴんとくるわけがない。


「冷たくするには氷があればいいと思うでしょ? でも昔旅をしていたとき、マグマがぼこぼこしている、地獄地帯と呼ばれている場所にどうしてもテントを張らなければいけないことがあって」

「どんなときだよ」

「そのとき、氷の結界を作ってみたんだけど、すぐに溶けてしまったの。私が寝ずに一晩中魔術を使い続ければいいんだけど、さすがにやめろとウェ……仲間にとめられてしまって」

「そりゃそうだろっていうかそもそもなんでそこにテントを立てちゃったんだよ」

「色々試したりしてみて、氷魔法だけじゃなくって、周囲の空気を魔術でかき混ぜてみたら、うまくいったのよ」


 あのときは大変だった。気合と根性があれば問題ないと服を脱ぎ散らかすブルックスをウェインが背後から必死に拘束し、女性達はただただ表情が消え失せていた。その場をなんとか解決できるのはレイシーだけで、全員が干からびる一歩手前だったのだ。


 氷で冷やす以外にも、熱が届く速度を遅くさせることができたらいいのではということをひらめき、あとは組み合わせの即興魔法の出来上がりである。物が温かくなるということは、それ自体に周囲の温度が伝わっているということだ。まずは温度の伝わりを緩和することが目的までの第一歩だ。


「さっきの魔術は、適度に空気を含んでいるものじゃないと綺麗に切ることができないものよ。だから、この皮はとても固いように見えるけれど、本当はぴったり密集しているんじゃなくて、たくさんの空気を含んでいるはず」

「……鉄とか、もっとしっかりしたものの方がいいように思うけど」

「鉄って、夏でも触るとひんやりしているわ。冷たいということは一見いいように思うけれど、火であぶったら、熱くなるのも一瞬よ。それって、熱が伝わりやすいってことじゃないかしら」

「……なるほど」


 これにはアレンも頷いた。「鉄は今までたくさん切り裂いてきたから、構造は理解しているつもりよ」と付け足された言葉は、さすがに気の所為だと思うことにした。


「なんか、レイシー姉ちゃん、すげえ生き生きしてない?」

「そう? 気の所為じゃないかしら」


 絶対そんなことはない、とアレンは胡乱な顔をする。

 レイシーは今まで、人生の大半と言ってもいい程度には、魔術に時間を費やしてきた。好きか、嫌いか。そんなことはわからないくらいだけれど、魔術はすでに彼女の一部だ。自分に自信なんてどこにもないが、魔術は違う。不思議といつもよりも口が回るし、わくわくする。


 だから、まあ。ちょっと楽しくなっているというのは、実は否定できない……かもしれない。


「と、いうことで!」


 じゃじゃん、と取り出したのは紙である。匂い袋の制作で、嫌というほど型紙を作った。魔術を使用するには術式が必要であり、本来なら紙に書いて一から考える必要があるのだが、レイシーは全て自身の頭の中のみで構築する。だから立体を平面に捉えるのは大の得意だ。するするとペンを走らせ、あっという間に出来上がった。さらに別のパターンも作成する。


 その様を、アレンとティーは一人と一匹で正座をしつつ、ぼんやりと見つめた。素早すぎて追いつけない、とほうけていたとき、アレンはハッとした。そんなことを言っている場合ではない。ここに自分がいるのは、戦力としているわけで、決して遊ぶためにいるのではない。


 アレンだって、プリューム<羽飾り>村の一員である。王都からとにかく大量に匂い袋の制作を依頼されたときは、子供達から駆り出された。ちょきちょき型紙を切り抜き、木の皮にあてる。刺さるだろうか、と不安に思ったものの、想像よりもするりとまち針が通ったので、型紙に合わせて切り取っていく。


 構造を見たところ、レイシーが作っているものは小さな手提げ鞄だ。ボタンをつけることを想定しているらしく、上から蓋を閉じる形になっている。しっかりしている皮だから、一枚で作ってしまってもいいようにも思ったが、どうやらこれは内布として使う用で、外側は別にあるらしい。そこからさらに通常の布を一枚内側に重ねて、合計三枚重ねである。


 ちょっと厳重すぎやしないだろうか、とアレンは首を傾げたが、さきほどのレイシーの説明を思い出した。重要なのは温度が伝わる速さを抑えること。真ん中に木の皮を入れることで、空気をたくさん含ませているのだ。寒い冬の日、服を一枚だけ着ると寒いが、もう一枚重ね着をすると、不思議と温かくなるような気がしていた。それは服と服の隙間にある空気も一緒に着ていたからなのだろう。


 と、まあ考えている間に、あっという間に出来上がった試作品をレイシーは主張する。


「こんな感じで、どうかしら!?」


 持ち手も作って、ころんとした形の鞄は女性受けも良さそうだ。案外興味深い。


「それ、蓋って必要? 形に制限がつくね」

「蓋は絶対にいるの。本当なら密閉したいくらい」

「……なるほど。じゃあ蓋じゃなくて、横から紐を通してひっぱる形とかは?」

「すごく有りだわ! ちょっと作ってみるわね」

「いや、今度は俺が作ってみるよ」


 案外乗り気になってきた。気づいたらいくつかの試作品が出来上がっていた。そうしてどんどん二人して楽しくなってきたときに、アレンはハッとした。


「いや、レイシー姉ちゃん、目的は食料を冷たくして長持ちさせるためなんだよな? これじゃあ、保冷じゃなくて、保温にならない?」

「そうね。たしかに、これだけじゃだめよ。ということで、アレン、この石を砕いてもらってもいいかしら」

「いやそれ魔石……」


 魔術を封じ込めるための石で、魔物の核だ。まあいいか、とアレンは床に作業場を広げて、かんかんと棒で石を叩きつつ、細かくしていく。「ご、ごめんレイシー姉ちゃん、ちょっと細かくしすぎたかも……」 あんまり小さいと、込めることができる魔術の規模も限られてくるのだ。その間にレイシーは手提げ鞄の中に内袋を作っていく。迷いのない動きは、匂い袋を作ったときの経験が生かされているようだ。


「大丈夫よ、小さな魔石でも問題ないように、魔術を込めるから」

「いやでも……」

「込める魔術の術式はもちろん今から作るけど」


 あっさりとした言葉だが、そんな簡単にできるものなの? と、アレンは疑問ばかりが尽きない。




 あとはレイシー一人の作業になると聞いて、アレンは帰宅した。家に帰ると双子達が妹と遊んでいる。こっちにこいこいと手を打っている弟達を目指して、立って座って、突進してとレインは忙しい。

 ケタケタと楽しげな笑い声を聞きつつ、迎えたのは心配そうな顔をしたトリシャである。カーゴはまた仕事に出かけたようだ。


「アレン、どうだった? レイシーさんには、さすがに無茶なお願いをしすぎたかしら」

「ああ、うん……」

「もっと遅くなるものだと思ってたわ。やっぱり、難しいわよね。だから帰ってきたんでしょう? 私、明日レイシーさんのお屋敷に謝りにうかがうわ」

「いや、明日は……レイシー姉ちゃんがうちに来るって言ってたよ」

「そうよね、わかったわ。お詫びにごちそうを作っておく」


 何がいいかしらねえ、エプロンの紐を後手で結びつつ考える母に、アレンは若干視線を揺らしつつ口元を引きつらせる。


「……依頼は、破棄するつもりはないらしいよ。ちゃんと目処が立ったって言ってたから」

「えっ……!?」


 トリシャの驚く顔も無理はない。なにしろ、氷結石を使う以外の食料保存など、聞いたこともなければ想像もつかない。トリシャの声に双子達も反応し、妹を持ち上げつつ抱きしめて、アレンを取り囲んだ。


「目処が立ったって、作ることができる、ということ?」

「うそうそ、できるの? まじで? いつ? 一週間後? 二週間後? 一ヶ月後?」

「今年は無理でも、来年の夏までには大丈夫? すっげーーー!!」

「こら! リーヴ、ヨーマ! こちらが無茶なお願いをしたの! そりゃ、みんなに外でおいしいご飯が食べることができたら素敵だけど……そんな焦らせるようなことは言わないで!」


 わいわい、とアレンの回りを双子達はぐるぐると回っている。レインはわけもわからず床に尻をついて、両手をぺちぺち叩きながらキャッキャと笑っていた。そんな彼らを諌めようと、トリシャは腰に手を当てて怒ったが、まるで耳に入っていない。


「それで、いつできるの!?」


 弟達二人が声を合わせてずい、と顔を乗り出した。そんなのわかるわけないじゃない! とトリシャが叫ぶ声が聞こえる。アレンはぽりぽりと首をかいて、そっと母から視線をそらした。


「……明日、だって」


 誰しもが聞き間違いだと思った。明日。明日……? と幾度か言葉を繰り返し、今度はトリシャを含めて三人分が悲鳴を上げた。そのとき近くまで帰っていたカーゴは、家から聞こえた叫び声に、何事かと扉から飛び込んだ。まさかこの平和な村に、物取りか、魔物が襲ってきたかと思ったのだ。


 そのとき見た光景は、カーゴの想像とはまったくもって異なっていた。ぽつりと立ったアレンを除いた子供達はわいわいと踊っているし、トリシャは「明日? 嘘でしょ、明日?」と同じことばかりを呟いている。

 一体どうしたというのだとアレンからの説明を聞き、再度、カーゴ達の家からは悲鳴が響き渡ったのだった。


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