第13話

 

「ウェイン、そろそろ休憩にしない?」


 屋根に上ってトンカチを振り回す勇者に向かって声をかける。


「ああ、そうだな。こっちも丁度きりがいい」


 そう言って、ウェインは勢いよく飛び降りた。足のバネを使って衝撃を殺して着地し、本人はあっさりとしたものだが、驚くべき運動神経だ。レイシーは自分がするのなら……と、想像してみた。魔術を使えば似たようなことはできるが、生身でとなると数ヶ月はベッドの上を余儀なくされるだろう。


 レイシーは純粋に国一番の魔法使いとして魔王討伐に向かったわけだが、ウェインは聖剣に選ばれた。レイシーは、いうなれば彼女以外の誰でも問題はなかったけれど、ウェインは違う。しかし今ではすでに聖剣も封印されて、彼が代わりに小脇にかかえているのは木の板、反対の手にはトンカチである。似合いすぎて怖い。


(考えてみると、パーティーのみんなは、揃いも揃ってスペシャリスト達だったな……)


 貴族も、レイシーのような平民も関係なく、純粋に技能のみを観点にして集められたのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。その代わり、人格の面においては考慮されていなかったため、変わり者達ばかりだったと思い出し苦笑してしまった。まとめ上げるウェインは苦労したものだが、その問題児達の中にはレイシー自身も入っていることに彼女は気づいていない。


「紅茶を淹れてみたんだけど、よかったらどう?」

「レイシーが? そりゃすごいな……!」


 練習はしたけれど、そんなに期待しないでね、という言葉はもちろん付け足す。ウェインは舌が肥えた男であるはずだが、「ニンジンのまるかじりから進歩がすごい」と感動している。父親か。


 せっかくだ、とレイシーが作った畑を見つつ、お茶をすることをウェインは提案した。簡易の椅子とテーブルを作って、手のひらをカップで温めながら座り込む。目の前にはレイシーが言う通りに、立派な薬草がわさわさと五メートル四方の畑の中に詰まっている。そろそろ冬も終わり、春の訪れも近くもあるが、厚みのある鉛色の空と風景は色合いが少ない。その中で、眼前には目が覚めるほどの鮮やかな緑だ。……鮮やかすぎるほどに。


「……レイシー。俺が知っている薬草とは、随分大きさが違うんだが」

「うん。薬草ってその気になったらどこまでも大きくなるのね、知らなかった」

「多分知ったのは俺達が初めてじゃないだろうか」


 ウェインからもらった薬草は手のひらサイズだったはずなのに、今ではレイシーの背丈ほどの大きさになってわっさわっさと風に揺れて踊っている。この光景を見れば間違いなく薬師達は卒倒する。


「……さっき、俺にくれたものはこいつらじゃなかったのか?」

「それは生えたてのものを摘んだから。さすがに一本まるまる渡されても困るでしょ?」

「気を回してくれてとても嬉しいよ。涙が出そうだ」


 背中に紐をつけてかかえなきゃいけないところだった、とウェインは呟いた。抱っこ紐だろうか。

「売ったら一財産になる、とは言ったけれど、これは売る相手を考えた方がいいな。ほいほい渡していいものじゃない」とウェインは神妙な声だ。レイシー以上に、彼女のことを気にして、考えを巡らせてくれている。申し訳なく、レイシーは紅茶のカップと一緒に肩身を狭くさせた。


 そのとき、ぼすりと薬草の間から、鳥が飛び出す。


「キュイッ、キュイキュイッ」


 おやつ代わりだと思っているのだ。レイシーが作った薬草は回復力もさることながら、成長も恐ろしく早い。なので、こちらとしてもありがたいのでそのままにしているけれど、本当にいいのだろうか、と思わないでもない。


「……食ってるぞ」

「そうなの」

「ただでさえ回復力の高いフェニックスが、これ以上の何かに変わらないか?」

「……そうなの」


 フェニックスという名の何かに変わりそうで怖い。ううん、とウェインは一つ息を吐き出し、「まあ悪いようにはならないんじゃないか」と諦めることにしたようだ。彼は色々と世間知らずなレイシーが不安でたまに様子を見に来ようと考えているが、今後来る度におかしな変化があるのでは? と今のうちに覚悟を決めることにした。


「キュイ~~、キュウンイイ~~……」

「フェニックスのやつ、うまそうな顔をしているな。……ええっと、こいつ、名前はあるのか?」


 フェニックス、とは種族名だ。複数匹同時にテイムするものの中には名付けをしないものもいるが、名付けはした方が不便はない。「ええっと」とレイシーは少し困ったように、先程から何か言いづらそうに口元をもごつかせている。


「その、ウェインには、まだ言っていないことが、あるんだけど……」

「……おう」


 ウェインの眉の間には深いシワが刻まれている。目をつむりながら、ゆっくりとレイシーが淹れた紅茶を口に含む。


「いいぞ、覚悟はできた。どうせ俺の想像以上のことが来るんだろ?」

「そ、そんなことは。ただ、その……この子の名前と、ウェインがさっき言っていたことに関係していて」


 首を傾げる。先程からいつも以上にレイシーが小さくなっていたことには気づいていたけれど、一体なぜなのかさっぱり見当がつかない。レイシーは、小さな口をぱくぱくとさせて、持っていたはずのカップはテーブルの上に置き、いつの間にか大きくさせた杖を硬く両手で握っている。レイシーは不安なことがあると杖を大きくさせて握りしめる癖がある。


「……別に、何を聞いても怒らねえよ。いや、怒ることはあるかもしれないが、今更なんだろ。手加減するから安心しろ」


 実のところ、ここ数日何も口にしていない、などとでも言い出したら今すぐ首根っこをひっつかんでキッチンに連れ込むので、とりあえず内容による。「ええっと、その」とレイシーはもごつきながら、杖を膝の上に置いて、大きな帽子のつばもひっぱり顔を隠す。


 不思議そうな顔をしたフェニックスが、彼女の足元までやってきた。つい、とレイシーの足に頭をくっつけた。「くすぐったい!」と声を出して、そのまま勢いよくウェインに告げる。


「さっき、この子の親が、お客として、一人目と言ったんだけど、店ということを認めてしまうのなら、実は、その、二人目もいて……」


 驚いて、彼は少しばかり瞳を大きくさせた。

 どうやらこのプリューム村でのレイシーの生活は、意外なことに穏やかなものではなかったらしい。帽子に隠れてしまったヘーゼル色の瞳を静かに伏せて、レイシーは続けた。


「この子の親が嵐の中を飛び立った、次の日のことになるんだけど……」

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