第12話
本来なら、白いはずの羽が、金と斑の茶色の羽になっている。
――コカトリスの変異種。
ウェルバイアー夫妻が最後に持ってきたという羽の色は、茶色く濁った色合いだったという。つまりこの鎖につながれているコカトリス、ということなのだろうか、とレイシーは首を傾げたが、夫妻が逃げ出した正確な日にちはわからないが、三、四年前の話だとアレンは説明していた。
もし、このコカトリスがくだんのものとするならば、数年もの間、鎖につながれ、それでも生きながらえていたということになる。そんなわけがないのだが、夫妻がこの部屋の中で、コカトリスを“飼って”いたことだけは間違いない。アレンが言っていた、おどろおどろしい空気、といわれるものの理由がわかった。この部屋から充満した、恨みや、怒り。そんなものが屋敷中に染み込んでいたのだ。
レイシーが風魔法で掃き出してしまったから、今ではすっかり中の空気は綺麗なものだ。外に出たもの達も屋敷という場から抜け少しずつ正常に戻っていくだろう。
しかし今考えることは別だ。
「……ごめんなさい、ちょっと失礼します」
声をかけて、コカトリスの前に座り込んだ。今にも死にそうな様子だったはずが、レイシーが近づくと素早くクチバシで彼女をつついた。見るもの全てと戦う覚悟を持ったコカトリスの顔である。
「い、いたい! いたいです! 違うから、鎖、鎖を外すだけだからァ!」
つり上がった瞳でオラオラと攻撃されつつ、慌ててレイシーは杖を振った。けれども想像よりも反応しない。おかしい、と思って見てみると、コカトリスの細い足をつないでいるのは、ただの鎖ではなく、魔封じの鎖である。
「……うーん、これは、難し……いたっ、ちょっ、いた! できないとは言ってない、言ってないですけど!?」
あまりに強力な鳥に思わず敬語を使ってしまう。「だから、魔力が封じられるならっ!」 レイシーはコカトリスから逃げつつ、「封じられる前に、素早く使えばいいだけであって!」 言いながら杖を振り下ろした。そんなことをできる者は、おそらくレイシー以外に存在しない。
コカトリスをつないでいた鎖の輪がぱっかりと半分に割れた瞬間、彼女はまったくもって理解をしていなかった。自由になった鳥が行うことはただ一つ。「あだだだだだだだ!?」 ジャンプして、つついて、攻撃するの一点のみである。
「い、いい加減、に……!」
さすがに我慢の限界だ。情けないことだが人間相手でなければ、レイシーは強く出ることができる。あと亡霊とか、そういう系でも大丈夫。「いい加減に、しな、さぁあああいーーーー!!」 振りかぶった。コカトリスは落っこちた。
「焼き鳥にでもしてやりましょうかね!?」
予告する頃には杖はごうごうと燃え上がっている。レイシーは燃え盛る杖を突き出し、見下ろした。コカトリスは、ぴくりとも動かない。死んでいる。「いやまだ何もしてないのに……!?」 魔物相手といえど、弱りきった相手を前にして嬉々として杖を振るう趣味はない――のだが。
「……死んでは、いない」
薄く、息を繰り返している。ただ、極端に弱りきっているだけだ。体を丸まらせることすらできず、床の上に羽を広げて倒れ込んでいる。今度こそつつかれることはないだろう、とレイシーはそっと腰を下ろし、コカトリスを観察した。風切羽が切られている。するりと、レイシーの瞳が細まった。
両方の羽から狙ったように同じ形で切り取られている。間違いなく人為的なものだ。
ため息をついて、天井を見上げた。窓の一つもない部屋だと思っていたが、頭の上には小さな明かり取り用の丸い小窓がついている。外も暗いものだから、気づかなかった。雨脚が、わずかに遠くなったようで、ざあざあと響く雨の音が少しずつ、小さく変わっていった。
ニワトリ程度の大きさだろうか。レイシーは一抱えほどある大きさのコカトリスをもとの場所から抱き上げて移動させ、自室から持ってきた毛布の上に置いて、再度観察した。ひどく生命力が強い個体であることは間違いなかった。茶色の羽の隙間には、ところどころ金の色が残っている。
変異種として金の羽を持って生まれたのだろうが、ウェルバイアー夫妻に搾取される中、さらなる変化を遂げ、金から茶に羽の色を変えたのだろう。そうして、自分自身で商品の価値を下げ、目論見通り、夫妻の事業は立ち行かなくなり、屋敷から消えた。そして、コカトリスだけ残された。
小さな体で、一体どれほどの苦痛を背負っていたのだろう。レイシーは口元を触りながら少しばかり考えた。屋敷の中は薄暗く、手元がひどく曖昧だ。レイシーがぱちんと一つ指を鳴らすと、天井のシャンデリアがしゃらりと揺れて、明かりが灯る。
ふと、ウェインのことを思い出してしまったのは、以前悪戯のように送られてきた、鳥の形をした彼からの手紙を思い出したからだろうか。
「……ウェインといえば、そうだ」
彼が残した荷物をごそごそと漁る。それから、持ってきてくれたヤカンを使ってお湯を沸かす。作ったことはないが、知識として知っている。仲間の一人が、鼻の下をこすりながら何度も教えてくれたことだ。道具が少ないので簡易的なものになるだろうが、材料はそろっている。多分問題ないだろう。
コカトリスが目をさましたとき、丁度レイシーはコカトリスのすぐそばにいて、謎の瓶を握っていた。
「……キュウイッ! キュイキュイキュイ!」
「い、いたい! 意外と元気! とても元気! というか、な、鳴き声もちょっと意外……! ではなく、回復薬、回復薬だから!」
コカトリスからしてみれば、どう見ても緑のどろどろの液体であり、息の根を止めに来たかと疑うばかりである。何かがあっては遅いのだから、と薬草までたんまり持ってきたウェインに、旅をしているわけではないのだからと呆れたはずが、まさかのこんなに早く使用するときがこようとは。
魔術には、回復魔法は存在しない。それは聖女の御業であるからだ。ウェインが持ってきてくれた薬草は品質がいいものだったので、そのまま食べても効力はあるだろうけれど、この殺気ばかりが溢れるコカトリスが口にしてくれるとは、どうしても思えなかった。
できた回復薬を自分自身の指を切って試してみたところ、問題なく使用できた。それなら、とぬっとコカトリスを見下ろしているときだったのだ。暴れるコカトリスをそのままに瓶の中にスプーンを入れる。そして、切り取られた風切羽に急いで塗る。よくできた回復薬は、すぐさま体の中に染み込む。成功していた。なのに、羽には何の変化もなかった。
「……なんで?」
ただの羽であったはずならば、ゆっくりと元通りに変化するはずなのに。それほどにレイシーの回復薬のできはよかった。魔力の流れを確認する。すると、コカトリスの体は魔力の流れがほぼ断ち切られていることに気がついた。
つまり、切り取られていたのはただの風切羽ではなく、魔力羽だ。体の中に微量の魔力しか溜めることができない現在、コカトリスは魔物としての能力の大半を失っている。つまり、これではちょっと乱暴な、鳴き声が変わっているただのニワトリである。以上の思考を、レイシーはコカトリスに蹴り飛ばされながら考えた。魔力羽を治すとなると、レイシーが作った回復薬ではまったくの力不足だ。吸い取られる魔力以上の魔力を有する薬を作らなければいけない。
器具の足りなさはレイシーの魔術でカバーできる。けれども、問題は薬草だ。ウェインが持ってきてくれた薬草は、通常のものなら十分すぎるものだが、求める回復薬の素材となるには力が足りない。
「うーん……」
いつの間にか、雨はすっかり止んでいる。背後ではコカトリスが短い足を必死でレイシーに叩きつけ、攻撃を繰り返している。がくがくと揺さぶられつつ、レイシーは考えて、移動した。その後ろをコカトリスもついていった。
屋敷の中はすっかり荒れていた。つまり、屋敷の外ももちろんである。草木はぼうぼうと生い茂っていて、手入れのされていない樹木も鬱蒼としている。雨に濡れた地面の上を歩きながら足跡をつける。コカトリスもキュイキュイと歩く。立ち止まり蹴り飛ばされ、左右に揺れつつ杖を振った。一瞬にして草が刈り取られ、むき出しの土が現れる。このままでは硬すぎるから、納戸に入っていたクワを使い、必要な分だけ土を耕す。
最後の調節はよくわからなかったから、自分の手で穴を掘った。その中に、ウェインからもらった薬草の根を埋めた。土はしっとりと湿っていたから、濡れすぎないように呪文を唱えて空気のカバーを作ってやる。何をしていやがるんだと、コカトリスはオラオラしつつ、レイシーに喧嘩を売っていた。
――次の日、小さな芽ができていた。本来の薬草よりも少しばかり育ちが早いのは、レイシーの魔力を土に練り込んでおいたからだろうか。数日待って、収穫した。けれども早さを優先させたせいか、ウェインからもらった薬草と、まったく同程度のものだった。それじゃあ次だとまた土を耕した。コカトリスは体全体でレイシーにアタックを繰り返していた。
――たったの一つではいつまで経っても埒が明かない。畑を広めて、穴を増やした。薬草の数が増えたから、いくつも同時に作ることができるようになった。一つひとつ、条件を変えていく。土の魔力を多く練ったもの。土ではなく、根に魔力を入れたもの。水の量を減らしたもの、増やしたもの。土の柔らかさ、硬さ、薬草同士の間隔。落ち葉を敷き詰め、肥料をやる。メモをする。コカトリスはぐるぐる回ってレイシーの足に突撃する。
――ちらちらと、静かな雪が降ってきた。水を含んでべっしゃりとした、丸い雪だ。空の色が白くて、吐き出す息も白くなる。畑は青々と育っている。穴を掘って、指の先は土だらけになっていた。コカトリスは、畑の端で腹を見せて眠っていた。
暖炉の中で、火花が弾ける音が聞こえる。魔術で燃やし続けることはできるけれど、そうすると、いちいち暖炉の中を気にとどめていなければいけなくなる。薪があるなら発火だけ火魔法を使用して、薪を燃やした方が効率的だ。
ヤカンは回復薬を使用するために使うから、小さな鍋を一つ、手に入れた。ぐつぐつ煮た湯の中に、じゃがいもを入れる。蓋をしたまま火を消して、タオルで包む。時間をかけて茹で終わった芋の皮をむき、ほくりと口にした。頬を膨らませていたレイシーは、すっかり慣れてしまった足元の視線に気がついた。
「……食べる?」
コカトリスは、じろりとレイシーを睨んでいた。皿を床に置いて、中に芋を入れてみる。食事はいつも、彼が盗みやすいようにと知らぬふりをして置いていた。声をかけたのは初めてだ。キュイ、と相変わらず変わった鳴き声が聞こえた。ほっくりと、一人と一匹は芋を食べた。静かな冬が、過ぎ去っていく。
コカトリスは雨が降ると、決まって動くことができなくなる。まるで少しずつ命を削っているようだった。
満足がいく薬草は出来上がった。手慣れた動作で煮詰めて、瓶に詰める。それと同時に、コカトリスは雨になると短い足を必死に伸ばして、もといた部屋に戻ろうとする。わかっているから、レイシーは抱きかかえて、頭の上に小さな明かり取りがあるばかりの隠し部屋にたどり着いた。ぼろぼろの、閉じ込めるためだけにできていた部屋だ。もちろん、あれから掃除をしたから随分マシになってはいるけれど。明かりが丁度当たる場所には、何度もコカトリスが来るから、いつも毛布を敷き詰めていた。
レイシーの腕の中でコカトリスは身じろぎした。下ろしてくれ、と言いたいのだろう。床に足をつけてやると、もつれるようにゆっくりと歩き、毛布の中にくるまった。多分、空が見たいのだ。
雨で太陽が隠れてしまっていて、明かりの一つも入ってくることがなくても。
普段は元気に暴れまわっているように見えるが、雨が来る度に小さな体から命が抜けて消えていく。閉じ込められていた何年もの間、力を使い果たしてしまったのだろう。魔力羽を治してやらねば、彼は死ぬ。
「……失礼するね」
以前のようにスプーンではなく、刷毛を使って均等になるように羽に塗る。みるみるうちに染み込んだ薬の代わりに、ゆっくりと新たな羽が生えてくる。魔力が流れぬようにと封じられていた体が正常に戻り始める。けれど、コカトリスはただ苦しげに喘いでいた。たとえ体が元通りになったとしても、なくなった魔力が戻ってくることはない。
雷鳴が響き渡った。ぴかり、ぴかりと窓が光ったと思うと、暗くなる。ざあざあと雨粒が屋根に叩きつけられる。体はすっかり元通りのはずなのに、この嵐が過ぎ去る前に、コカトリスは命を落とす。
「もう、治ったのに」
静かに彼の体を持ち上げ、抱きしめた。まだらの茶色い体は柔らかくて、息は微かだ。けれど胸の中にいれると、温かな温度があった。何かを、言っている。
「……雨が嫌?」
レイシーとコカトリスが初めて出会ったときも、雨だった。苦しげな声を出して、呻いて、村人達には亡霊の鳴き声だと囁かれていた。「そう、嫌なのね」 わかった、とレイシーは頷いた。コカトリスを毛布の中に下ろし、片手には杖を持つ。身の丈ほどの大きさだ。屋敷を叩きつける大粒の雨粒の音を聞きながら、はっきりと彼女は彼に告げた。
「私が、雨を止めてあげる」
***
アステールの名を王から言い渡されたときのことだ。ウェインは、よく似合う名前だなと彼女に伝えた。アステールは、古い言葉で、“星”を意味する。
たしかに、暁の魔女の名とするならば、これ以上なく似合いの名だと思うが、実際のレイシーは黒髪で、ちびで、暗くて、どんよりとしている曇り空のような女だ。それがどうして、と落ち込んだわけでもなく、嫌味を伝えたいわけでもなく、ただ、純粋な疑問が口からこぼれ出た。
そんなレイシーを見て、ウェインは翠色の瞳を瞬かせた。そして吹き出すように笑った。こちらを見た顔は、ひどく優しいものだった。
――そのうち、わかる。きっと、いつか。
そのいつかが、いつになるのかなんてわからない。
杖を柄に突きつけ、瞳をつむりながらレイシーは詠唱を開始した。彼女を起点として、幾重にも足元に魔方陣が広がっていく。言葉を唱える度に、刻一刻と陣は変化し、適切に作り変わる。普段はのったりとした彼女の口元からは恐るべきスピードで一つの言葉にいくつもの意味を込めて、術式を強化する。
見るものがその姿を見れば、おそらく、腰を抜かしてしまうだろう。年を重ねた熟練の魔術師ならなおさらだ。敵うことがないと知る。彼女は暁の魔女だ。空を切り裂き、夜を終わらせる星の杖を片手に握る。
雷鳴が、響き渡った。
――この場に、落ちる。
瞬間、呪文を一秒早く切り上げた。杖を掲げ、腹の底から振り絞った声を空に向けて叩きつける。真っ白に視界が染まった。レイシーの魔術と、雷の二つがぶつかり合う。打ち勝ったのはレイシーだ。雷を引き裂き、雨と雲を吹き飛ばし、屋根すら壊れた先に見えるのは美しい夜空だった。さすがに、全ての雨を吹き飛ばすことはできなかった。けれども今、この屋敷の周囲だけは雨が止んでいる。
さすがの彼女も、肩で息を繰り返し、額の汗を拭った。きらきらと、星の光がこぼれている。そのときだ。コカトリスは、ゆっくりと空を見上げた。
黄色い、細いクチバシをゆるりと開けて、一つ、切なげに鳴いた。周囲に溢れたレイシーの魔力をたっぷりと吸い込み、両の翼を広げる。「え……」 少しずつ、燃え上がる。茶色い羽の一本、一本を炎に変えて、揺らめきながら姿を変化させる。
――コカトリスの変異種。
ちがう、そんなものではない。魔力を封じられてもなお、恐ろしい生命力を持っていた。数年を、狭い部屋の中で生きながらえていたのだから。
「フェニックス……」
レイシーは、知識にあるその姿の名を呟いた。
炎の鳥は、苦しげに体をもたげた。はっとして、レイシーは杖を握りしめた。元の姿に戻ることも久しぶりなはずだ。「が、がんばって」 まるまるとしていたはずの体を炎に燃やしてほっそりとさせて、炎の鳥は幾度も翼を揺らす。金の瞳の色ばかりは変わらない。「がんばって!」 必死に、声を震わせた。鳥は、まるでレイシーの声に呼応するように、広げた翼を大きく羽ばたかせた。
雲一つない夜空の中、空には真っ直ぐに火柱が上った。レイシーはぐっと唇を噛み締め、瞳をつむった。けれども、不思議と熱くはない。恐るおそる瞳を明けると、鳥はレイシーをつつくような素振りをした。まるでこちらをからかっているような仕草だ。
空を飛ぶ。流れ星を反対にさせたように、赤い鳥が空へ上って消えていく。
気づけばぽつりと一人、レイシーだけが穴があいた屋根を見上げている。
「いっちゃった……」
ただ、不思議な感覚だった。寂しいような、安堵するような。心がどこか、ぽっかりしている。でもまあ、これでよかったんだろう、と自分自身に苦笑していたとき、「え」 視界の端に、ありえないものに気がついた。瞳をこする。見間違いではない。そうっと覗き込んだ。そこにあるのは、レイシーが両手でやっと抱えられる程度の、大きな卵だ。
卵が、揺れた。「ひえっ」 悲鳴を出して、後ずさって、もう一度近づく。ぴくりとも動かない。「……やっぱり、気のせい?」 こつこつ、と音が聞こえた。卵の中からだ。
ぴしり、と白い卵の真ん中に、亀裂が走る。
***
「……と、いうことがあったんだけど」
久しぶりに屋敷にやってきたウェインには、怪我をしたコカトリスがいたから、回復薬を使用してやったら、卵を置いて消えてしまった、と簡易的に伝えてみた。相変わらず彼は腕を組みつつ、「いやそれ、フェニックスだろ……」 さすが勇者の一言である。
「キュイキュイ!」と父親か母親かわからないが、生みの親に比べて随分愛想のいい魔物が、レイシーの肩で羽を広げて踊っている。生まれたときよりも少し大きくはなったものの、今はまだウェインの手のひら二つ分の大きさだろうか。
「……あえて言わずにわかるかなと思ったんだけど、やっぱり、わかる?」
「いくら変異種といっても、全身が赤色のコカトリスなんていてたまるか。……まあ、冒険者ならともかく、普通に街に暮らしている分じゃわからないかもしれないが……」
別にフェニックスも、とにかく珍しい魔物、というだけで広義に捉えることができるならコカトリスと同じようなものだ。きちんとテイムしているなら街の中でもさほど問題ない。ただ、繰り返すが、とにかく珍しい、という点を除いて。
全身が炎に包まれても生き残ることができる生命力は、魔物の中でも類を見ない。もとはこの屋敷の持ち主であったウェルバイアー夫妻も、まさか捕まえていたコカトリスがフェニックスだったとは思わなかっただろう。わかっていたら、どこまでも搾取されていたに違いないから、姿を変えていてよかったとも言える。けれどもまさかこのフェニックスの親も、あんなに長きに亘って部屋の中に閉じ込められるとは思ってもみなかっただろう。
「それにしても、この薬草が、もとは俺が渡したものからできたってのはな……」
コカトリスだと思っていた魔物を治すために作った薬草だ。結局、一冬も時間を使ってしまったけれど、手探りなりにも、なんとか満足できるものが作ることができたレイシーは感じている。
「私の魔力が、土と相性がよかったのかも。回復薬の作り方自体を磨き上げるより、まずは材料の底上げをした方がいいと思ったんだけど、その通りだった」
「……化け物かよ」
「え?」
組んでいた腕をほどいて、薬草の端を持ち上げる。ウェインは勇者である以前に、貴族でもある。目利きは人よりもできるつもりだ。
「これだけでも市場に卸せば一財産築けるぞ。錬金術師達がこぞって買い漁るだろうな」
「え……」
「どうする? 知り合いに、生産者を秘密にして回してみるか?」
「あの、えっと、その……」
両手を合わせるレイシーと、彼女の肩でキュイキュイと言いながら首を傾げるフェニックスをしばらく見て、ウェインは苦笑した。
「そうだな。貴重なものだから、ほいほい決められるものじゃないだろう。とりあえず、俺は保存をしとくことを薦めるがね」
「そうじゃなくて、その、ウェイン。その薬草、たくさん作ってしまって、屋敷の裏庭にこんもりと茂っているの……」
「…………」
さすがのウェインも、少しばかり沈黙した。自分の元パーティーである魔法使いは、とにかく規格外であったことを改めて理解した。
「一財産と言われると、逆にどうしたらいいかわからないわね……とりあえず、どうするかは先々考えることにして、よかったらこれ、ウェインにもお守り代わりにどうぞ」
「……じゃあ遠慮なく……」
本来なら遠慮しかできないものであるはずが、こんもり、と言われるとどうでもよくなってくる。手元の荷物から専用の保存瓶を取り出して、ウェインは薬草を漬け込む。
「で、そいつ、どうするんだ?」
「キュイ?」
ウェインが知るわけがないが、親に比べるとくりくりしていて可愛らしい瞳をしている。最初に手加減なくつつかれたときの痛みを、レイシーは思い出していた。
「どうする、というか。生まれたときに最初に会ってしまったからか、全然離れてくれないし。どういうつもりであの子も残したんだか」
一体いつの間に、と驚くばかりだ。肩の上だけではなく、レイシーの頭の上にも乗りたがるから、この頃は室内でも帽子が欠かせない。ため息をついているレイシーを見て、そりゃあ、とウェインは知った顔で笑っている。
「依頼の代金だろう。フェニックスなら、子というよりも分身に近い。体で払うなんて潔いやつだな。レイシーの店の一人目の客……いや人間じゃないから、一匹目と言った方がいいか」
「客!? というか、店!? 一体何の!?」
「回復薬を売ったから、雑貨屋……でも、雨も止めた、ってことは、なんか違うな、つまり、何でも屋……?」
「いやでも代金って!」
「キューーーーウイイッ!」
「あなたもキリッとしないで! やる気を出さないで!」
わいわいしている中で、ウェインはふと顔を上げた。
「まて、雨を止めた? さっき、屋根を壊したって言ったよな。その屋根はどうなったんだ?」
レイシーの魔術を使えば、こんな屋敷をボロボロにすることなどいくらでもやってのけてみせる。どん、と彼女は胸をはった。「もちろん、そのままにしているわ」「バカ!!!!」 純粋に怒られた。
「それを、早く言え!!!! 吹きさらしかよ! せめて塞ぐくらいしろ、ああもう!」
そのときレイシーは、母は父にもなりえるのだと知った。村人から調達した板を使って、器用に屋根に上りながらトンカチを振り回す勇者は、自分なんかよりもよっぽど器用である。
「あのう、ウェイン……。私もなにか手伝おうか、屋根の、穴を塞ぐ魔術、考えてみようか……?」
「吹きさらしでもなんの違和感もないやつにそんなもん作れるか。そこら辺で遊んでろ」
「はい……」
さすがに遊びはしないが、すごすご逃げた。とりあえず、まだ寒さもあるはずだとウェインの周りの空気を温かくするように調節してから、最近、ちょっとばかりは腕を上げた紅茶をお披露目するべく、キッチンに向かった。肩の上では、キュイキュイと楽しそうな声が聞こえる。
さて。
コカトリスだと思っていた彼は、一体、今はどこにいるのだろう。誰にも邪魔されることなく、空を飛んでいるのだろうか。真っ直ぐに、どこまでも。
暖かな炎を、身にまとって。
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