満点の星空の下で身を寄せ合って寝るなんて、何だか家族みたいなんですケド

 テントの中は木炭ストーブの熱気と、ポットから出る湯気と、三人の体温で暑かった。気がつくと、二人で日本酒を六合ほど空けている。れいにゃんは二合ほどしか飲んでいないのにもう顔が赤い。

 れいにゃんの大学時代の話とか、旦那さんとの話、今まで付き合った彼氏の話なんかで盛り上がった。汗が出て、着ているセーターが湿っている。

 お猪口に残った最後の一滴を飲み干すと、おもむろにれいにゃんは立ち上がった。

「酔い醒ましに、外に出てみようか」

 れいにゃんの提案に、私は賛成した。ゆずを起こさないように、私たちはテントから出た。テントからしばらく歩いて、小高い丘の上に来た。冬の外気は、火照った身体から湯気として熱を奪っていった。

「上を見てごらん」

 れいにゃんの言葉で、私は真上を眺めた。血中アルコールが乾いた空気に融けていく心地がした。

「銀河が見える!」

 闇と雪と、微かな森のシルエットで縁取られたパノラマに、落ちてきそうなほどの星の束が流れていた。弘前市内でもぼちぼち見られるが、ここまではっきりと見える星空は初めてだ。もちろん、実家のある札幌も街の明かりが強すぎて、星の形を目で捉えることなんか難しい。

「凄いでしょ。この辺り、灯りがないから星がよく見えるのよ」

 数分間、私たちは寒さを忘れていた。あれがオリオン座ね。と、れいにゃんは指をさす。時折横切る流れ星は、手を合わせた瞬間には消えていた。

「流れ星が消える前に三回お願い事を言うって無理ゲーじゃない?」

 私がそういうとれいにゃんは少し考えて、空を指差して言った。

「目に見える流れ星はすぐ消えちゃうけど、目に見えないところでも流れ星は流れているんだから消えても諦めずに三回言ってみるといいよ」

 私はれいにゃんの言葉にそれもそうだと思い、満点の星空に願った。

“私たち三人が、いつまでも一緒に暮らせますように”

「叶うよ、きっと」

 隣を見ると、れいにゃんが笑っていた。何だか私も嬉しくなった。

「ありがとう、れいにゃん。連れてきてくれて。来てよかったよ」

 れいにゃんは嬉しそうに鼻をすすった。


「あのさ、れいにゃん。私の悩み、聞いてもらっていい?」

 吐く息が白い。口の中の空気まで凍りつきそうで、大きな口が開けられない。

 私は、ファーの付いたフードを深く被る。

「それじゃあ、次は菜々ちゃんの番ね」

 れいにゃんはダウンジャケットの中に手を突っ込んでいる。

「あのさ、さっきのシェアハウス手伝うって話、本気だから。私、就職しないで、もうちょっと弘前にいたいんだ」

「うん」

 れいにゃんがこちらを見た。

 私は、次に言おうとする言葉にためらいを感じたが、れいにゃんが肩に置いてくれた手の温かみで、覚悟を決めた。

「実はさ、れいにゃんに心配かけるかと思って今まで黙っていたけど、私、帰るところがないの!」

「……」

「親とも絶縁状態だし、彼氏に捨てられた時、大学の裏道に倒れてたの、頼るところもなくて本気で死のうとしてた。留年して、友達もいなくなっちゃったし」

 言ってしまった。他人に迷惑をかけて、私に生きる価値なんかあるのか? れいにゃんは恩人だぞ。それにゆずとも約束しただろう。れいにゃんを幸せにするんだろ。何でそんな脅迫みたいなことをする? ワガママばっかで、駄々こねて、子どもみたいだ。卑怯者!

「だからお願い。見捨てないでほしい」

 私は、何を言っているのかわからなくなって、知らない間に涙を流していた。

「いいわよ。ずっといても」

 れいにゃんはあっけらかんとそう言った。私は、しばらく放心状態で立っていた。

「私も、本音言ってもいい?」

 頭を縦にふる。

「菜々ちゃんが来てからさ、家が明るくなったよ。本当はずっといてこの家にいて欲しいなって思ってた。でも、菜々ちゃんにも進路のことがあるし、多分やりたいこともあるだろうから言い出せずにいた。一人じゃできることも限られるし、厳しいよ。だから、菜々ちゃんが私といたいって言ってくれて、夢かなって思っちゃってるくらい!」

 れいにゃんは向こうを見ている。泣いているのかもしれない。

「あなたが生きていてくれるから、私の世界は優しく変わっていくんだよ。生きていてくれてありがとうね!」

「本当?」

 やっと言葉が出た。れいにゃんは「本当!」と言った。

「その代わり!」

 れいにゃんがハンカチを渡してきた。

「親との関係に決着をつけること。卒業後も、こっちに住むって説得しなさい。許されても、勘当かんどうされることになっても。いい? ちゃんと整理ができたらシェアハウスの件を進める。待ってるからね」

「ん」

「戻って寝ようか」

 れいにゃんが背伸びをして、私の肩を抱いて、元来た道を引き返した。


 テントに戻ると、ゆずが私たちを見て大きな欠伸をした。

「あら、ゆーちゃん起こしちゃった? ごめんね」

 消えかけた木炭ストーブに切れっ端を何本か入れて、リュックから寝袋を取り出した。狭いテントの中に、三人分の寝袋が並ぶ。

「寒いでしょ。もっと近づいて」

 れいにゃんが三人分の寝袋を、真ん中に固めて並べる。

「えへへ、ゆずは真ん中ね!」

「んにゃあ」

 ゆずは嬉しそうに私の顔を舐めた。くすぐったい。

「いやー、三人で寝るなんて、子どものとき以来かもね!」

 れいにゃんの言う通り、私は中学受験のときから部屋をもらっていたから、三人で川の字で寝るなんていつぶりだろう。

「ゆーちゃん、菜々ちゃん、温かい?」

「うん、すごく温かいよ」

 れいにゃんが手を伸ばす。私も手を伸ばして、れいにゃんの指に絡める。しばらくにぎにぎしてると、れいにゃんが可笑しそうに「なあに?」と笑った。

「ねえ、菜々ちゃん。こんなふうにさ、いつまでも三人でいられたらいいね」

 私は何も応えられなかった。ただ、ゆずの毛布を掴んで、寝袋の中に顔を埋めた。ゆずは、れいにゃんの方を向いたまま、何も言わなかった。

 私も、いつまでも、れいにゃんと一緒にいれたら嬉しいな。

 湯たんぽ代わりの人肌の温かさで、私は穏やかな眠りについた。

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