真冬のテントの中で、女2人で芋煮を食べながらガールズトークをするんだが

「ゆず連れてきたよ!」

 菜々ちゃんが車からゆずを連れてきてくれた時、ちょうど料理の下準備が終わった。ゆずはテントの中に降ろされると、毛布で簀巻すまきのままころころと木炭ストーブの前に転がっていってぷるぷる震えている。

「先生、今日の料理は何でしょうか?」

 アシスタントの菜々ちゃんが、木炭ストーブの前に鍋を持って立っている。

「今日は、青森風芋煮を作ります! 鍋を火にかけて、油と、刻んだ田子町のにんにくを少々。菜々ちゃん、鶏肉取って」

 菜々ちゃんから手渡された鶏肉は、青森で育った桜姫鶏さくらひめどりだ。桃色の肉は、柔らかくてしっとりしていて臭みも少ない。ビタミンEが通常の鶏肉の三倍。女性にはもってこいのスペシャルなお肉だ。

 ちなみに、今日使う食材はすべて青森県産だ。せっかく県外から来た女子大生をもてなすんだから、今日は青森づくしでたっぷりもてなしてあげようと思い、私が持てるコネを使って、青森中から食材をかき集めた。

 食材はこっちに来る前にすべて切り分けてジップロックに小分けにしてある。

「まずは、あらかじめ温めておいた油で鶏肉を炒めます。火が通ったら、ジップロックに小分けで入れておいた野菜類を入れて。

 入れるのは、深浦ふかうら雪人参、冬大根、キャベツ、雪下たまねぎ、大鰐おおわにおんせんもやし、青森県生産量日本一のごぼう、里芋、尾上町おのえまちのおからこんにゃく、三上豆腐店の油揚げ、サモダシ(ナラタケ)。

 野菜の水分が煮立ったら、しょうゆ、みりん、酒、しょうが、鶏ガラスープの素、あとは塩で味を整えて。完成!」


 予め下ごしらえしておいたおかげで、芋煮は二十分くらいで出来上がった。テントの中も、料理をしていたら汗が出てくるくらい暖かくなっている。

「きゃー、ものすごく豪華!」

 白い湯気が立つ鍋の中を覗き込んで、菜々ちゃんから黄色い声が出た。

「菜々ちゃん、どうぞ!」

 プラスチックのお椀に芋煮をよそって菜々ちゃんに渡す。菜々ちゃんが生唾を飲んだ。

「いただきます!」

 さて、いかがなものでしょう。菜々ちゃんは里芋をつまんで、少し冷ました後、口に放りこんだ。

「熱゛っう! はふぅ。ほふほふ」

「どうよ?」

 私がそう聞くと、ちゃんと芋を飲み込んでから菜々ちゃんは私の目を見る。

「う゛ま゛い゛!」

「これが、青森県産食材のオールスターよ!」

 私も芋煮を食べる。いやー、何も言うことはないわ。やっぱり地産地消が最強なんです。二人ではふはふ言いながら食べる芋煮って最高ね!

「なあん」

 ゆずが欠伸をした。彼女はストーブの前で丸くなっている。あまり火に近づきすぎて焦げちゃわないか心配だ。

「あー、美味しかった!」

 菜々ちゃんは満足そうな顔でお椀を空にした。いやあ、まだ満足されちゃ困るんだな~。

「ふっふっふ」

 私の不敵な笑いに菜々ちゃんは不思議そうな顔をする。懐から鍋用ラーメンを出すと、菜々ちゃんがまさかという顔をした。

「〆はラーメンでいこう」

「大好きですぅ! 先生!」

 菜々ちゃんが私に抱きついてきたので、頭を撫でてあげる。

 私は袋から開けた麺を、芋煮の鍋に投入した。ひと煮立ちさせてから、菜々ちゃんのお椀に麺をよそう。

「やった! 鶏がらラーメンだ! 凄い、鶏からすごく出汁が出ていて、優しい味がする!」

「最近の鍋用ラーメンは入れるだけでいいからキャンプのおともね~」

 二人で食べるラーメンは、ものすごく美味しかった。


「れいにゃん、それ、何?」

 鍋を片付けた後、私の湯煎を見て菜々ちゃんが聞いてきた。

「これ? 熱燗あつかん。 秋田のお酒でね。“ゆき茅舎ぼうしゃ 山廃純米さんはいじゅんまい”っていうの。丁寧に作られてて、舌触りがすごく優しいよ。菜々ちゃんも飲んでみる? ほら、おちょこ」

 菜々ちゃんはお猪口ちょこではなく、徳利とっくりを持って神妙しんみょうな顔つきになった。

「おぎしましょう」

「かたじけない」

 私たちは二人分のお猪口に注いで、乾杯した。


「れいにゃんの恋バナとか聞いてみたいな~駄目?」

 少し赤くなった顔で、菜々ちゃんが聞いてきた。

「え~」

 しょうがないな。菜々ちゃんみたいな可愛い子におねだりされちゃあ、おばさん、話さざるを得ないな~。

「うーん、何から話そうかな。そうだ、まずは、私がずっとここに住んでる理由とかがいいかな。実は青森ここって、旦那の出身地なんだ。大学時代にあの人に会って、好きになって、一緒になって。あの人と暮らしているうちに、ここが私の故郷になってた。人生の半分近く住んでたらそうなるよね」

「え、じゃあ学生結婚したの! 凄い、ロマンチック!」

「えへへ」

 あらためて女子大生にのろけ話をすると照れるな。何だか私も若返ったみたいだ。

「菜々ちゃんは、そこんとこどうなの?」

「え?」

「新しい彼氏見つけた?」

 やっぱり、恋バナって何歳でもドキドキするんだなと思った。赤くなった菜々ちゃんはお猪口のお酒を飲み干して笑った。

「うーん、まだかな。今、就活とか進路とか、来年の卒論どうしようとかで手が回っていない感じ。やりたいこと探しの途中でそれどころじゃないかな。れいにゃんって大学生のこの時期どうしてたの?」

「私は農学部だったから研究で忙しかったよ。で、将来はバイオ関係の研究者になりたかった。けど普通に就職した」

「何で就職したの?」

「向いてないって思っちゃったんだよね。私には何か一つのことを追求していくだけの孤独さに耐えられないと思った。それよりもお客さんがいて、誰かを喜ばせながらお金をもらえたらなと思ったから就職した」

「そっか~私も一人より、誰かと一緒がいいな。ねえねえ、今、れいにゃんがやりたいことってある?」

 菜々ちゃんに聞かれて、答えるべきかどうか一瞬迷った。大の大人が夢を語るなんて、とも思ったが、菜々ちゃんのルールを思い出したし、菜々ちゃんなら多分ルールがなくても笑わないだろう。

「実はね、私、夢があるの。もう三十代だけど」

 ジャブのように、話を切り出してみる。

「夢! 素敵じゃん! 年齢なんて関係ないよ!」

 菜々ちゃんは純粋な目でそう言った。近くに、応援してくれる人がいるんだと思ったら、少しだけ勇気が出た。

「シェアハウスを作ろうと思って。ほら、今住んでる家、部屋とか結構開いてるじゃない? そこをさ、いっぱい人呼んで、みんなで楽しく暮らせたら最高だなって思って」

 灰色だった私が、菜々ちゃんと、ゆずと一緒に暮らして手に入れた色。

 シェアハウスなんて私にできるのかすごく不安だけど、私の心の中に埋もれてしまうくらいなら、笑われても誰かに共有したほうがいい。

 私は、菜々ちゃんの顔をちらっと見た。

「確かに! みんなでこんな風に美味しいもの食べれたら最高だよね、ねえ、もし始めるならさ、私も手伝っていい?」

 菜々ちゃんは弾んだ声でそう言った。突然の申し出に、私の目が開かれるような気がした。

「もちろん! 菜々ちゃんがいてくれるなら心強いわぁ~」

「約束ね!」

 私たちは指切りをした。

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