女子大生と仲を深めるために、雪中キャンプをするんだが

 この前、菜々ちゃんに“私のことを何でも知りたい”って言われたときはすごく、ドキドキしちゃった。だってあれだけの可愛い子にそこまで言い寄られたことないしね。

 それに、本音を言うと頼ってくれて嬉しかった。

 菜々ちゃんが来てからこの家が明るくなった。家賃ももらうようになっちゃったし、菜々ちゃんはまだ大学生だけどちゃんと自立しているいい子だと思う。ただ、私はそれのお返しができていないと思った。だって、こんなおばさんと一緒にいてくれるいい子なんてこの世界中探してもどこにもいないよ?

 後、進路相談って聞いて、少し寂しくなった。菜々ちゃんが今年三年生だから、再来年には進路が決まってこの家を出ていくんだと思うと、どうしても笑い声が消えた我が家を想像してしまう。

 でも、それが当たり前なんだと思う。残された時間、菜々ちゃんと過ごす時間に、私は何をしてあげられるだろうか。


「というわけで、青森県立自然ふれあいセンターにやってきました」

 今日はお互いを知る一歩目! 弘前市から青森市まで視界不良の吹雪の中、車で一時間かけてよく運転した私! 偉い!

「今日は雪中キャンプをします!」

 駐車場に車を止め、外に出るとちらほらと雪が混じった乾いた風が吹いていた。

「うわー、誰もいない! 貸切状態じゃん。寒゛っ゛!」

 菜々ちゃんも遠くに見えるキャンプ場の広さに驚いている。積もった雪には、誰の足跡もついていなかった。よかった、こんな寒い中連れ出して迷惑だと思ったけど、菜々ちゃんがすごく嬉しそうで安心した。

「ここは、青森県民なら施設利用届さえ出せば無料で使えるんだよね~」

「ゆず震えてる」

 菜々ちゃんは後部座席のドアを開けて、中を覗いて言った。

「大丈夫? ゆーちゃん」

 車の後部座席には毛布でぐるぐる巻きになったゆずが縮こまってぷるぷる震えていた。しかも、毛布の先から耳だけ出してる。可愛い。

「」

 ゆずが固まっちゃってる。やっぱり家でお留守番しててもらえばよかったかしら。でも、どうしても来たいって足にしがみついてきたしなあ。

「とりあえずテントを貼ろう! 菜々ちゃん、車に積んであるテントの機材を持っていってくれる?」

「了解! ゆずはどうする?」

「ゆーちゃんはテントが温まるまで車中で待機!」

「にゃ、にゃあ」

「ゆずは寝袋に包んどくね!」

 菜々ちゃんはゆずを寝袋の中に入れた上から、また毛布でぐるぐる巻きにした。

 ゆずは芋虫みたいになった。

 駐車場からテントの設置場所に着くと、私たちは設営を始めた。この誰もいない静かな時間がいいんだよね。山小屋で一人で暮らしている人の気持が分かるわ~。

「菜々ちゃん、テント張るの上手いね」

 菜々ちゃんはテキパキとテントを立ててくれている。

「前にサークルのイベントでよくキャンプしてたんだ。冬にキャンプをするのは今日が初めてだけどね。テント、穴空いてるけど大丈夫?」

「これ、KingCampのワンポールテントっていって。薪ストーブを使うときに煙突を外に出す用の穴が空いてるの」

 十年前に買ったものだけど、保存状態が良かったからか、あまり汚れていないキャンプ用品を雪原に広げ、まずはテントの四方に杭を打った。

「薪ストーブ! お洒落な趣味~。れいにゃんの意外な一面が見れて新鮮!」

 この薪ストーブは弘前マルシェで見つけて、私が一目惚れして買ったものだ。小型ながらもコンロが二口付いていて、薪もよく燃える構造になっているので、テントの中を温めやすい。

「ふふふ、冬キャンプの魅力は、まだまだこんなもんじゃないわよ~」

 私たちはちらほら降る雪の中、テントを張り終え、キャンプ用品を中に運び込んだ。

「そういえば何で冬にキャンプしようと思ったの?」

 ストーブに薪を入れて着火し、火種を大きくしながら菜々ちゃんが聞いた。

「色々話すのに最適な空気ってあるでしょ? これが丁度いいのよ」

 周りに誰もいない自然の中で非日常を営むキャンプは、どこか俗世から切り離された神妙さがある。現代の便利さに支えられながらも原始の生活ににじり寄っていく過程を体験することは、社会で身につけた遠慮という薄皮を、一枚一枚剥がしていく。

 そして、静寂な孤独の中で自分と対話し、もう一度自分自身を見つめ直すきっかけをくれる。

「キャンプが?」

「そう。菜々ちゃんは私のこと、よく知りたいんでしょ? 私も菜々ちゃんのことよく知りたい。だからこのキャンプで、いっぱい話そうよ! お互いのことをさ」

 私がそう言うと、菜々ちゃんは少しだけ考えて、口を開いた。

「それじゃあさ、一つルールを決めない?」

「ルール?」

 私と菜々ちゃんの目があった。菜々ちゃんは頷いた。

「そう。今日は自分をさらけ出す。そして、相手の言ったことを馬鹿にせず、ちゃんと受け止める」

「分かった、いいよ」

 私は、菜々ちゃんの提案を快諾した。

「よし、ちゃんと薪の火が安定してきた! 完成! この広さのテントなら大体三十分くらいあれば暖まるかな。薪はケチらず切らさないようにね。一応、お湯も沸かしておきましょうか」

 私たちはしばらくの間、ストーブで赤々と燃える火を見ながら放心していた。

 ストーブに乗せたポットのお湯が湧いた。

「ちょっと早いけど、ご飯の準備しようか」

 スマホの時計は午後四時を示している。今からゆっくり準備すれば、六時前には美味しいご飯が食べられる。

「キャンプといえばキャンプ飯!」

 菜々ちゃんが嬉しそうにガッツポーズをした。私も釣られてガッツポーズをする。

「先生、今日の料理はどうしましょう。カレー? バーベキュー?」

 菜々ちゃんアシスタントは、澄ました顔でそう言った。

「ここのキャンプ場は焚き火も使えないし、使える調理器具は薪ストーブくらいなので、今回は芋煮を作ります」

 そう言うと、菜々ちゃんが目を輝かせる。分かる。芋煮は美味しい。特にこの雪の寒っむい中で食べるのがね!

「仙台風? 山形風?」

 芋煮には一般的に知られているもので、大きくわけて二種類ある。

「おっ、よく知ってるね。違いは分かる?」

「仙台風は豚肉で作る豚汁みたいなやつで、山形風は牛肉で作る醤油味のすき焼きみたいなやつでしょ。で、どっち作るの?」

 菜々ちゃんは大学の食堂で芋煮フェアをやっていたのを見て、その知識を仕入れたらしい。

「そうそう! 今日は青森風芋煮を作ります!」

 菜々ちゃんが初めて聞くワードに目を白黒させる。

「え、そんなのあったっけ?」

「ううん、私が発明しました!」

 正確には私じゃなくて大学生時代のバイト先の店長だけど。

「え、ずるい」

 発想の斜め上の答えを出されて、菜々ちゃんは口を尖らせる。

「でも、美味しいよ! 鶏肉を使った簡単な塩ちゃんこに里芋を入れるだけだから」

「あ、これは美味しいやつだ」

 菜々ちゃんはよだれを拭った。大学生のときにはじめて作ったときは、一斗缶の上を切って中に炭火を入れて、その上に鍋を置いて作ったっけ。

 当時は弘前りんご公園で大学生協の職員さんと食べたな。美味しかった。

「あ、テントの中、温まってきたかな。芋煮は準備しておくから、そろそろゆーちゃんをつれて来てくれる? これ、車の鍵!」

「了解しました! 隊長!」

 菜々ちゃんは、車の方へと走っていった。

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