私、れいにゃんのこと、もっと知りたいんですケド
今日は驚くことがあった。
正直、まだ頭の中が混乱していて整理しきれていないけど、今日あったことをまとめてみる。
まず、ゆずが喋った! 今まで鳴き声しか聞いてなくて、猫語が分かったらな~と思ってたけど、今日やっとゆずのことが分かった。そして、ゆずはゆずなりに想像以上に考えてた。猫なのに。しかも、一人称が吾輩なんだよ? まるで夏目漱石の猫みたいだった。面白い!
次に、ゆずは長く生きられないということも知ってしまった。今まで無理してたのに、明るく振る舞っていたのはやっぱりれいにゃんを悲しませないためだったんだろうな。ゆずはがんばりやさんだ。
そして一番の問題は、これからのれいにゃんとの関わり方だろうな。れいにゃんはどうしたら幸せなんだろう。そもそも、私のやりたいこともあやふやなのに、人を幸せにする資格なんてあるのだろうか。
ゆずが出ていってから、私は少し考えた。ゆずのこと。れいにゃんのこと。そして、私自身のこと。
結論、私はれいにゃんのことも私自身のことも思ったより知らないということだった。だから、これからは、私たちのことをもっと知ろうと思う。まずは手始めに、れいにゃんの過去を調べてみよう。
私、いつもはこんなに考えてないんだ。気分で決めてるから。こんなに頭を使ったのは大学受験以来だよ。あー、頭が痛くなってきた!
私はそこまで書いて、日記を閉じた。
日記は、高校生の頃から毎日つけている。特に、今日みたいな頭の中がぐちゃぐちゃになった日は、頭の整理をするためにこまめにつけるようにしている。
この習慣は、私にとってのセーブポイントだった。
「私はこれからどうすればいいんだろう」
まずはれいにゃんって何が幸せなんだろう。
仮に、私たちが一緒にいることがれいにゃんの幸せだとしても、生半可な理由だと、私と一緒にいることをきっぱりと断るだろうな。
そもそも私たちってそこまで踏み込んでいい関係だっけ?
私っていつまでこの家にいてもいいの?
未婚の女二人が、ずっと一緒に暮らしているっておかしい?
うー、めんどくさい。れいにゃんと私が一緒にいるためには、社会人として世間体にもまっとうな理由を考えないといけないんだ。
何かとっかかりはないかな。気付かれないようにだけど、片っ端から家のタンスを調べてみるか。
早速、二階のれいにゃんの部屋に行く。タンスを三つくらい開けたら古いアルバムがあった。
その中に、彼女が誕生日に撮った一枚の写真があった。隣には旦那さんが写っている。裏を見ると、“大切な誕生日?”のコメントの横に、日付が書かれていた。
れいにゃんの誕生日は、十二月二十五日、クリスマスだ。
玄関から音がした。アルバムをしまって、一階に降りる。
「ただいま! あー、寒かったー!」
れいにゃんだ。頭に積もった雪をタイルの上に落としながら、濡れたコートを脱いでいる。
「おかえり! 何か温かいものでも入れよっか」
私はポットの中に水道水を入れて、IHの電源を入れた。
「菜々ちゃん優しい! お願いするわ」
赤くなった手をこすりながられいにゃんがテレビを付けると、夕方の情報番組でタレントが大間のマグロを食べていた。
「珈琲と紅茶、どっちがいい?」
私は棚に置いてある
「珈琲をもらおうかな。ちょっと濃い目のやつ」
「分かった」
カップにフィルターをセットし、珈琲の粉末をセットする。どうやら情報番組は、青森特集をしているらしい。タレントは
「明日の夕飯はせんべい汁にしようか」
丁度お湯が湧いた。ポットのお湯をフィルターに回し入れる。
れいにゃんがチャンネルを変えると、アナウンサーが青森空港付近の雪道で交通事故があったと報道していた。
「あれ? 菜々ちゃん、ゆずはどこ?」
れいにゃんがあたりを見回しそう言った。
私はどう説明しようか頭をフル回転した。しかしその心配は杞憂だった。
「にゃあん!」
二階から、ゆずが降りてきた。
「あ、ゆーちゃん! ママのお部屋にいたの? ただいま!」
「にゃあん!」
ゆずはいつものように猫を被っている。
「はいはい、今、ごはんにするからね」
ゆずがいつの間にか帰ってきていた。あんな事があって、いきなりいなくなったから、これかられいにゃんと二人きりで暮らしていくんだと思っていた。
どうやら、まだ少しだけ時間は残されているらしい。
「はい、珈琲。お砂糖二つだったよね」
ソファに座るれいにゃんに、カップを渡す。
「ありがとう。よく覚えてたね」
れいにゃんは少し冷ました後、カップに二回、三回と口をつけた。
リラックスしている今なら、心配事を悟られずに色々とお願いできるかもしれない。そもそも、ゆずがいなくなるまでの時間があまり残されていない私は、ここで勝負を仕掛けるしかないと思った。
「ねえ、れいにゃん」
私は、珈琲を零さないように、静かにれいにゃんの首に腕を回した。
抱きしめているのに、抱きしめられているような感じだ。温かい。れいにゃんの近くにいると何だか安心する。そして物理的に近づいたことで、よけい、もっとれいにゃんに近づきたくなった。
「私、れいにゃんのこと、もっと知りたいんだけど」
ついに、本心を言ってしまった。後はなるようになれだ。
「どうしたの? 急に」
れいにゃんは嬉しそうに笑った。
私は、少し
「ええと、進路相談みたいなものかな。そろそろ就活も始まるし、れいにゃんのことを知れば私のことも知れるかなと思って。参考にしたいの」
我ながら、中々上手い嘘だと思った。いや、よくよく考えればあながち嘘ではないのかもしれない。
「ああ、菜々ちゃん三年生だっけ! いいの? こんなおばさんの話。つまらないわよ」
れいにゃんは上品に笑った。
「ううん、何でも知りたい」
私はれいにゃんの髪に顔を埋める。
「どうしたの? 今日は甘えん坊さんね」
「たまにはいいじゃん」
私がそう言うと、れいにゃんは少し考えて、
「分かった。お姉さんが一肌脱いであげましょう」
と言った。
「ありがとう」
私は、れいにゃんを強く抱きしめた。
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