光る鯨
宴の中、これまでのことを振り返っているうちに、ウラシマは一つの不思議な経験を思い出した。
ある日、ウラシマがいつものように漁に出かけたとき、船上で奇妙な音を聞いた。それは「ズーン……ボォー……」と一定のリズムで繰り返される低い唸りのような音だった。それに気を取られていると、ウラシマの舟は時化に巻き込まれ、岸からはるか遠方に流されてしまった。曇天から大粒の雨粒が降り、波間から大小の波しぶきが船上に流れ込み、両者の区別はもはやつかない。それでも奇妙な唸りだけははっきりとウラシマの耳に不気味に響いていた。
いつの間にやら日はとっぷりと暮れ、海は完全な闇に包まれた。時化はすっかり凪いでいたものの、岸がどちらにあるかもわからない。仲間の漁船も見当たらない。ウラシマは死を覚悟した。そのとき、ずっと聞こえていた音がなる方の海面がうっすらと光り、その光はひとかたまりの巨大な影となってウラシマの目に映じた。気になった彼は、そちらの方へ舟を進めていった。しかし、なかなか光は近づいてこない。覚悟を決めてしまうと、先程の光への好奇心が俄然湧き上がってくるのだった。「もうどうにでもなれ」そう感じ、ウラシマはドンドンと光の巨大な影へ近づいていった。
どうにか近くによると、どうやら光の正体は巨大な
最後に、鯨はウラシマの舟の下に潜り込んだと思うと、背で軽々と持ち上げた。ウラシマはただ一心に無事を祈った。つい先程、死を覚悟したとはいえ恐怖心は隠しようもなかった。しかし、鯨は舟を跳ね上げたりはせず、静かに滑らかに一つところを目指して泳いでいった。波打っていた海は、今では鏡面のように凪いでおり、満月の光を煌々と反射していた。その幻惑的な光景を眺めていると、ウラシマは死をもたらすかもしれない恐怖ではなく、巨大な力に対する畏敬の念、そして自らを含めたあらゆる生命に対する慈愛に包まれているような気分を持った。知らずのうちにウラシマは眠っていた。
目覚めると、ウラシマは自分の漁村にほど近い岸辺にたゆたっていた。これほど不可思議な体験をしたにも係わらず、彼はそのことを深く考えることがなかった。いや、考えたところで判るような性質のものではないと心の奥底で判断していたのかもしれない。
竜宮での宴の最中、ウラシマはそんなことを考えていた。
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