眠りに落ちたウラシマは、一つの夢を見ていた。夢の中で彼は、自分の家に居る母を見た。家は簡素なあばら家で、板張りの中央に囲炉裏が据え付けられている。囲炉裏の中には二尾の魚が串に刺さって焼かれ薄い煙とともに美味そうな匂いで室内を満たしていた。その側に座り母は一人の老人と話をしていた。ウラシマは、それを俯瞰するように眺めていた。


「オヤ、貴方様はどなたでございますか?」

母は、訝しむように老人に尋ねた。老人は真っ白でゆったりとした衣を身にまとい、いかにも清浄そうな見た目をして立っている。その目を見たときウラシマはそれが、あの海亀だと直観した。果たして、海亀はウラシマとの約束を守りに行ったのだとわかった。

「私めはウラシマ様の使いで参ったのです」

老人はそう切り出し、

「ウラシマ様は私にとり格別の御憐憫を下さったのです。そして、その御礼として、我が主の居である竜宮へとお招き申し上げましたところ、御承諾くださいました」

「じゃあ、あの子は無事なんだね。漁に出ると言ったきり帰ってこないあの子は無事なんだね」

母は念を押して繰り返し繰り返し尋ねた。

「勿論でございます。それどころか、ウラシマ様は今もお側に来られている様です」

そう言われて、ウラシマはドキリとしたが、母には見えていない様で、あたりを不思議そうに見回していた。


「今朝、十ばかりの魚がうちの目の前に打ち上がっていたのは貴方様の仕業でございましょうか。あれのおかげで飢えはしのげましたが、あの子が帰ってこなければどうにも寂しくて寂しくて……」

「ご安心くださいませ。ウラシマ様が帰りたいと思し召されれば、すぐにでもお返しいたします。それに、魚はこれから毎日差し上げますから、召し上がるなり、売りに出すなりご自由になさってください」

「そうかい……でも必ず無事に返してください、どうか無事に……」

といったところで老人の周囲が歪み始め、姿がぼやけてきた。そのゆらめきはウラシマがオトヒメに謁見したときと同様のものに見える。そしてゆらめきが消えたとき、そこには魚を焼く囲炉裏の煙ばかりが残っていた……


ウラシマは、どうやら母がなんともないことを確認でき安堵する思いと、なんとしても無事ひとのすがたで帰らねばと決意した。それらの思いが湧き上がった後、彼は夢のない昏々とした眠りへといざなわれ、意識を手放した。

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