竜宮城

 竜宮の門は全体が朱塗りで、たいぶりなどウラシマが釣り上げれば高値で売れる魚の数々、それらを食らうフカ、その他ウラシマが見たこともない、様々な生き物の浮き彫りがあしらわれていた。ウラシマは、門柱に巻き付いている、扁平で恐ろしく長く、真っ白な胴体を持った生き物に目を留めた。その目は何らの感情も読み取れない、虚ろな印象を与えている。しかし、硬い浮き彫りたちの中にあって、それだけが異様に柔らかい質感を持っている。

屍。

自らの連想にウラシマは何となく嫌な気分がした。

「おい、あそこの柱に巻き付いているのは何という名前の生き物だ?」

と亀に問いかけると、

「ああ、あれは現し世で竜宮の使いと呼ばれています。別段変わったものでもございません。深い海に暮らしているので、あなたには珍しいでしょうが」

「竜宮の使い?竜宮は現し世に用事でもあるのか?」

と問い返すと、亀は少し考えてから

「それはあなた方が勝手に名付けただけのこと。あれに言付けはできません。疑うなら一言挨拶でもしたらどうです?」

と答えた。

「挨拶?」

とウラシマが不思議に思ったと同時、「竜宮の使い」は柱から解けて、ゆらゆらと上方に泳ぎ去った。

「生きていたのか。まるで気づかなかった」

「私達の言葉を解するようなさかしさはまるでないのです。ないというより、持つことを望まなかった、という方が正しいでしょうが」

よく知っているつもりであった海にも、知らないことが随分とあるらしいことが分かり、ウラシマの心中には好奇と不安が入り混じった。


  門を抜け、背の高い扉の前に着くと、亀は一言

「開け」

といった。すると、音もなく扉は観音開きになり、中の広間が見渡せた。ウラシマは亀に先導され、中に進んだが、まるで建物に入ったような気がしなかった。妙な違和感を覚えつつ、あたりを見回すと、三方に長い廊下が伸びていた。一体どちらにゆくのだろうかと亀を振り返ると、

「ウラシマ様、こちらでございます」

といいながら、亀は上を向いて泳ぎだした。ウラシマがつられて上を向くと、先の違和感の原因が分かった。

「この部屋には天井がないのか」

いや、天井がないというよりは、そちらもまた一つの通り道なのだ。ただ、その先が遠すぎて見通せないだけなのだろう。ウラシマは亀を追って泳ぎ出した。


 まっすぐに泳いでいると、一つの部屋の前で亀は留まった。廊下には様々な文様が描かれた扉が並んでいたが、ここには一際豪勢な装飾がある。いよいよ竜宮の主に目通りするらしいと、ウラシマは気を引き締めた。

「ここにお前の主がいらっしゃるのか」

「この奥でございます。私の主は、乙姫様と仰る方でして、この竜宮をお造りになり、私めなどに知恵と法力とを分け与えてくださっています。ここから先はお一人でお行きください。お目通りを許されているのはウラシマ様のみですので」

亀に促され扉に近づくと、戸はひとりでに開いた。内に入ってからよく見ると、扉の端に鮃が張り付いている。どうやら扉の開閉役らしい。部屋の壁は入ってきた側の端から弧を描いており、弓か蒲鉾かまぼこのような形をしている。正面には一段高くなった座があるようだが、周りの水が揺らめいて輪郭がはっきりしない。おそらく、そこに乙姫がいるのだろうと考え、ウラシマは声をかけた。

「俺はウラシマというものだ。現し世で亀に招かれ、乙姫様にお目通りしに参った」

すると、水の揺らめきが収まり始め、一人の女が座しているのが見えてきた。

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