第三夜「地を這う者の呟き」

 イーグルは無重力の空間で荒涼とした大地が広がる惑星に意識を集中した。

 その星は赤茶色の大地が広がるだけで生物らしい物の姿は見当たらなかった。しかし、この星に意識が同期した以上何か生物が居る筈だった。この星は地球の直径の3倍程度の大きさが有り重力もそれと同様に3倍程度の強さが有る。

 高等生物が生まれる条件には幾つかあるのだが、重力もその条件の一つでも有る。大き過ぎても小さすぎても生物は発生しない。ただ、3倍程度は条件ぎりぎりの値であり可能性がないとは言えないから、その星の意識に心の耳を向けてみた。

「無いよ、無いよ…食べ物が無いよ…」

 イーグルの心に小さな呟きが聞こえた。

「無いよ、無いよ、何か食べたいよ…」

 彼はその声の方向に意識を集中した。そして見つけた、小さな虫の様な生き物がたくさんの足を器用に使って這い廻っている姿を。

 その小さな生き物は食べ物が無くて困っている様だったので、その生き物の近くに意識を広げ、見渡してみた。ごつごつとした岩が多い風景は、水が少ない惑星だということをあらわしていて背の高い植物は見当たらない。

 イーグルは、その小さな生き物の近くに苔(こけ)の様な植物を見つけると、彼の近くに食べ物が有る事を知られてやった。すると彼は長い体に多数の足を器用に動かして、その苔に向って歩き出し、教えられた苔を見つけると、本当に嬉しそうな声でイーグルに向かってこう言った。

「有った、有ったよ、食べ物が有ったよ、嬉しいな、何日ぶりだろう。」

 彼はその苔をおいしそうに食べ始めた。ひとしきり苔を食べ終わり、おなかが満たされ満足すると、再びイーグルに話掛けてきた。

「有難う、有難う、食べ物を有難う。僕はこれで生きていく事が出来るよ。生物と言うのは罪深い物だね。生きて居る物を食べないと自分が死んでしまうから、彼等を犠牲にしてもそれを食べて生きていかなきゃいけない。彼等には感謝しないといけないね」

 イーグルはちょっと心が痛んだ。生き物は生き物の犠牲の上に成り立っている。地球人は人工の肉を安価に大量に培養・製造することに成功し、生きた動物を殺して食べることは、一部の食通と呼ばれるもの以外いなくなった。「家畜」という概念は遥か昔に捨てることができたのだ。

 ただ、それが正しいことなのかは今に至るまで盛んに議論されている、人はごうの上に成り立ってきた生き物なのだ。その業を捨てたとき、人は人と呼ぶことができるのか、生き物と呼んでよいのかを。

「君、聞こえるかい?」

 突然、イーグルの意識に割り込んできた者がいた。これはイーグルにとって初めての経験だった。いや、レーダース全体でも初めてのことではないだろうか、知的な生物が地球人に向け、コンタクトしてきたのだ。評議会に報告し、議論すべき重大な案件に当たる。だが……

「急に話しかけて、驚かせてしまったかな」

 イーグルは一度大きく深呼吸してから意識の主に話しかける。

「いや、大丈夫だよ。むしろ話しかけてくれて嬉しい、君は何者だい?」

「僕かい?僕は間もなく意識を失ってしまう者だよ」

「え?」

「君が食べ物として教えてやった苔だよ」

「な…に……」

 思考が止まる、言葉も全く見つからない。

「大丈夫、恨んだりしてないさ。いや、むしろ感謝してる」

「感謝?」

「そう、君も気が付いたかもしれないが、この星のこの土地は雨がほとんど降らない。苔にとってはひどく過酷な環境なのさ」

 イーグルは改めて周りを見渡した。荒涼とした風景が広がる様は、地球の砂漠の風景によく似ているとも感じられた。

「すべての生命は、生まれてきた意義を持ってると思わないかい?」

「生まれてきた意義?」

「そうさ、何かをしなくちゃいけないからここに生まれてきたのさ」

「たとえば」

「何かを発明するため、誰かを助けるため、歴史を次の世代に伝えるため、いろいろあると思わないかい、それほど難しいことではないと思うが」

 イーグルは思った、それは十分に難しいことではないかと。

「僕がここに生まれた理由は彼に食べられるためだったのさ、僕は無事に目的を達成した。その手助けをしてくれた君には感謝の念しかない、改めて言うよ、ありがとう」

「しかしそれでいいのかい?君の生き物としての命は終わってしまったんだよ」

「だから言ったろう、これが意味だって。僕は彼を助けるために生まれてきたのさ」

 返す言葉がなかった。自分にそんなことは絶対にできない、もし、自分の意日に危機が迫ったら、這いずり回ってでも命を守り生き残ることを考えるだろう、自分の命や体を投げ出して、見知らぬ者を救うことなど考えられないことだった。

「理解されないだろうね、僕も実は彼に食べられるまで気が付かなかった。ああ、そろそろお別れのようだね、だいぶ意識が薄れてきた。じゃぁ、さよならだ」

 その後、苔が話しかけてくることはなかった。イーグルは思った、生き物は大木が業を背負っているのだと、生き物を、命を自分の中に取り込まないと生きていけない、人間は生き物を殺さなければいけないのだ。今の時代、そんなことをする必要は無いといえるレベルの文明までに進化しているが、その文明は危うく脆いことも事実だ。人の本質は変わっていないのだ。

 イーグルは思う、生まれたことに感謝しようと。

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