第6話 可哀想? えっ、誰がです?
「殿下、先生伝手に私が既に生徒会から籍を抜いている事はお伝えしたと思いますが」
「あぁそれは聞いている」
では何故「次の仕事をしろ」だなんて話になるのだろう。
思わず首を傾げれば、殿下は何故か「何故そんな当たり前の事を」と言いたげな顔になる。
「便宜上籍は抜いても、お前は公爵令嬢だ。そして、生徒会活動は国を背負う人間の義務。公爵家という家柄ならば従事して当たり前だろう」
何だその暴言は。
私は思わずそう思った。
だってそうだろう。
私が幾ら仕事をしても、籍を抜いているんだからどうあっても私がした事にはならない。
少なくとも表向きには、ちゃんと籍を入れている他の人の仕事として世に出される事になる。
つまりこれは、私に「タダ働きをしろ」と言っているのだ。
(今までも、多少手柄を横取りしていた節はあった。それでも「殿下とセットで見られる事は仕方がない。こうして陰から周りの殿下への支持を支えるのも妻の務めだ」と思ってた。けど、その必要ももう無くなった。だというのに……!)
あまりに虫が良すぎる考えだ。
ちょっと腹が立ってきた。
彼はどうやらこの思考に絶対の自信を持っているようだ。
しかし私からすれば、どうしようもなく穴ボコだらけ。
突っ込みどころ満載だ。
「……やはり私が仕事を行う必要性を感じません」
「何?」
「私が生徒会に所属しその仕事を行なっていたのは、殿下を補佐すべき『婚約者』という立場だったからです。もし今度は『公爵令嬢だから』という理由で私を縛る気なのでしたら、ヴィラン様もここにお呼びすべきです」
その指摘に、殿下の顔が嫌そうに曇った。
「ヴィラン様」というのは、公爵家の第一子息の名前なのだが、いつだって歯に絹着せぬ物言いをする人なので、権力で周りを良いように操ろうとする殿下とはどうしようもなく馬が合わない。
生徒会メンバーの任命権は会長にある。
実はそれを良い事に、侯爵子息であるヴィラン様を敢えてメンバーから外し、代わりに従順な腰巾着の侯爵子息をメンバーに加えたという過去が殿下にはある。
今回はそれを盾にした。
彼の顔がクシャリと歪んだところを見るに、おそらく痛い所を突かれたのだろう。
今頃は「エリザベートは雑用としてキープしたいが、指摘に疑問を挟む余地は無い。が、ヴィランには頼りたくない」とでも思っているに違いない。
と、ここであのリズリーが口を挟む。
「殿下にだって、人の合う合わないはあると思います! そんな事で責めるのは、殿下が可哀想ですよ!」
「リズリー……」
庇ってくれたリズリーに、殿下が感動したような顔になる。
しかし私は、思わず「何だコイツは」と思ってしまった。
まぁ確かに、人には相性の良し悪しがある。
しかしそれを理由に仕事を、将来国政を疎かにする事など許されない。
仕事は仕事、感情は感情と、どこかで線引きはせねばならない。
そんな折り合いを今つけないでいつ付けるというのだろう。
「リズリーさん、貴方のソレは優しさではなく甘やかしです。練習で甘やかして本番も出来なかった時、どれだけリズリーさんが慰めようとも殿下の社会的評価は変わりません。そうなってしまってからは遅いのです」
今こそ厳しくする事こそが、将来の殿下の為である。
勿論「もう私はやりたくない」という気持ちもあったが、これは妃教育を受けたものとして、将来国母になるのだろう彼女への助言をつもりでもあった。
それは、彼女に国を動かす立場という重荷を背負わせることになった負い目を感じているからだ。
まぁ誰でもない彼女自身が王妃という立場を望んだのだから、自己責任と言われればそれまでなのだが。
そしてそんな私の気持ちは、案の定というべきか、彼女には届かない。
「エリザベート様は、殿下の事を助けてあげたいとは思わないんですかっ?!」
と、心優しいリズリーは言う。
その言葉で、私の負い目は完全に消えてなくなった。
彼女はあまりにも軽率だ。
王族である殿下に対してただの伯爵令嬢が「あげたい」だなんてまるで施しの様な言葉を使う彼女は、色々な自覚に欠けている。
優しさに見せかけて、その実酷く傲慢で、そのくせ自身の為すべきことは出来ていないし出来る様になる気も無い。
そんな人間を、どうして心配しないといけないのだろう。
それは殿下も同じである。
この二人の頭の中は、きっとお花畑か何かなのだ。
そう思い、独り言ちる。
(なら、ちょうど良いじゃない)
と。
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