第5話 ……うん? どういう事ですか?
向かった先は、生徒会室だった。
『生徒会』とは、主に年に数度ある校内行事の裏方仕事を行う集団の事である。
一見地味な仕事だがその分生徒達への統率力が試される重要な役職である為、大抵は将来国を背負って立つ者達が将来の為の練習をする場所になっている。
殿下はその会長だ。
そして私もあの騒動までは、副会長の席に座っていた。
因みにもう、籍は抜いてる。
元々『次期王妃だから』という理由で、好きでもないのにやっていたのだ。
そのしがらみが無くなった今、ほっぽり出すのは当然だろう。
だからあれ以降初めての登校日の朝一番にその手続きを行った。
既に殿下達にも教師伝手に通達が行っている筈なのに、今更何の用だろう。
首をかしげている内に、殿下のブレーンがドアをノックした。
「エリザベート嬢を連れてきました」
「入れ」
そんなやり取りの後に扉が開かれた。
と同時に、甘い香りが鼻腔を掠める。
室内に居たのは、これまた見知った顔だった。
殿下に、殿下の近衛騎士隊長の息子、殿下の腰巾着の侯爵家子息。
これに私の道案内をした宰相の第三子息が加わった5人、否、今は私を抜いた4人が、生徒会のメンバーだ。
しかし、この部屋にはもう1人。
「エリザベート様、やっといらしたのですね。私少し待ちくたびれちゃった」
そう言って彼らの真ん中で楽しげに笑う彼女が殿下の『最愛』・リズリーだった。
「早く座れ。気が利くリズリーが持ってきてくれたとても美味しい紅茶と菓子を、仕方がないからお前にもやろう」
『気が利く』という部分を強調した殿下は、おそらく「お前と違って」と言いたいのだろう。
そしてその声に室内が小さな笑いに包まれたところを見るに、私の味方は誰一人として居ないらしい。
リズリーが「えー? 私はただ当然の事をしただけですよぅ」などと形だけの謙遜をしているが、満更でもないのが見え見えだ。
別に対抗する気はないけど、私だって在籍時にはそのくらい用意してた。
つまり、殿下にとって大切なのはリズリーが用意してくれた事なのだろう。
私にマウントを取りながら『最愛』と楽しそうに笑い合う殿下を、私は思考からすぐに切り捨てた。
そして代わりに殿下付きの執事が淹れてくれた紅茶へと、申し訳程度に口に付ける。
出されたものには口をつける。
それは出してくれた相手に敬意を払うための、貴族ならば当たり前の礼儀だった。
私にとっては最早癖となりつつあることなので、半ば無意識に行ったのだが――ここでお思わず顔を顰めるのを堪える羽目になってしまう。
(何だコレ)
反射的にそう思ったが、この執事が淹れた紅茶は私もここで何度か飲んだ事がある。
別に腕が悪い訳ではない。
となれば、おそらくこの場の全員の茶葉がコレなのだろう。
(この部屋に持ち込んだ茶葉の管理は、以降は使用人職の者が行う。今まで私が持ち込んだものはちゃんと管理出来ていたのだから、持ち込まれて以降の劣化は考え難い)
使用人たちは、みんなプロだ。
そんな彼らが初歩中の初歩とも言うべき茶葉の扱いを間違えるとは思えない。
ならば答えは一つだけ。
(元々この状態だった茶葉を持ってきたのね……)
それが誰のせいかは明らかだ。
今しがた殿下自身が言ったのだから。
なのに、だ。
「うん、美味しいよリズリー」
「嬉しいです。私、この紅茶が1番好きなんですよ!」
そんなやり取りをしながらゴクゴクと紅茶を飲む二人に、私は思わず驚愕する。
(特に殿下は、今までずっと良質な物だけを口にしてきてる筈なのに)
これに気が付かないとか……どれだけ恋の病に深く掛かっているというのだろう。
これじゃぁ恋にかこつけて国政を蔑ろにする日も近いかもしれない。
なんて、殿下の舌バカから国の未来を憂いてしまった。
対してお相手のリズリーも、かなりお粗末と言っていい。
「好きなものまで殿下とお揃いなんて嬉しいですっ!」と言ってはしゃぐ彼女はとても、伯爵令嬢には見えない。
つい2週間前まで彼女は男爵令嬢で、その上8ヶ月前にはまだ平民だったから。
そう言われればある程度のチグハグさが出るのは仕方がないのかもしれないが、彼女の場合、問題は出来ない事それ自体よりも努力の跡が見えない事だ。
私は別に元平民だとか下級貴族だとかで、彼女を差別する気は無い。
ただ、貴族というのは家格に沿って相応の振る舞いが求められる。
彼女は伯爵家のソレには達していない。
そして成長の兆しも無い。
それがどんなに致命的か、当事者たちもその周りも、気が付いていないのだろうか。
だとしたらこの国の行く末には最早心配しかないんだけど。
が、心配ばかりするのももう飽きたてきた。
「それで殿下、お呼びだったとお聞きしましたが」
だからすぐにそう尋ねれば、彼は思いもよらぬ事を言う。
「あぁ、生徒会の仕事の事だ。早く進めてもらわねば困る」
……うん?
どういう事ですか?
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