第7話 準備

 この空間に来て、十日が経過した。

 腕立て、腹筋、スクワット、50メートルダッシュ。それとマラソン。

 とにかく体をいじめ抜く。

 筋肉痛が嬉しくて仕方なかった。

 成長出来る……、それが実感出来たからだ。


「はしゃぐのは良いけど、怪我には注意してね。あなたのスキルは面倒でね、怪我も残ってしまうので一生に関わるわよ」


「はい! 怪我しない程度に体を鍛えます!! ありがとうございます、ヒルデさん」


 この女性、名前はヒルデガルトさん。ヒルデさんと呼ばせて貰っている。

 何でも、元の世界を逃げ出して、自分だけの空間で生活しているのだとか。

 どうやら僕はダンジョンで大穴に飛び込んだ時に、亜空間に飛ばされたらしい。そして、何の因果かヒルデさんの空間に辿り着いた。原因は不明とのこと。


 そして、僕の身に付けていた物を使えば、元の世界に帰ることも出来ると教えて貰った。

 元の世界に帰っても居場所がないと言うと、ヒルデさんは僕の稽古を付けてくれると言って来た。

 ここで、力と技術を身に着けて元の世界に帰れば良いと。


 ただし、死ぬまでこの場所にいることは認められないとも言われた。ヒルデさんにもしなければならないことがあるのだそうだ。

 滞在費として、時々ヒルデさんの手伝いをすることで話は着いた。


 まあ、その手伝いが問題なのだが。

 異世界に行って、必要な物を取って来て欲しいとか、難易度が高すぎる。

 とにかく、まずは体を鍛えて十分な身体能力を得ることから始めることにした。スキルの再発動はその後からである。


 それとヒルデさんが言うには、今使用している指輪の様な魔導具を使用すれば、僕でも魔法が使えるようになると言われた。『聖遺物』とか言うらしい。

 自分の内側からでなく、外から魔力を得る魔導具とか言われたけど、理解出来なかったな……。

 僕がいた世界では、約百年後にダンジョンから発掘される物らしい。どうやら、ヒルデさんは、未来から来た人みたいだ。

 いや、僕が未来の時間軸に迷い込んだ形になるのかもしれない。





 ヒルデさんの空間に来てから三年の月日が流れた。

 僕は、背も伸びて筋肉も付いていた。

 そして、この辺が自分の肉体の限界だという考えに至った。これ以上の筋力を付けようとすれば、怪我を負いかねない。そして、その怪我は僕のスキルには致命的になりかねない。


「ヒルデさん。体作りはそろそろ終わりにしようと思います。この後どうすれば良いと思いますか?」


 ヒルデさんは目の前で食事をとっている。


「う~ん。まずは魔法より、スキルの使い方かな? 【闘気】の練習から始めましょうか?」


 聞いたことがない言葉だ。【闘気】か……。なんでも、生命力の根幹であり、オーラとかマナとかマギとか呼び方は様々らしい。また、他生物の【闘気】の発生源を取り込みブーストすることも可能らしい。ただし、外見が変化するとか色々と不便な面もあるそうだ。

 まあ、これは後で良い。今は、自分の【闘気】の練習からだ。


 僕は、三年ぶりにスキルを封じる指輪を外した。

 まずは、ヒルデさんに【闘気】を見せて貰う。

 光る粒子がヒルデさんから放出され始めた。これが、【闘気】か……。綺麗だな。

 初めはイメージトレーニングからかなと思ったのだが、ヒルデさんが作ったゴーレムとの組み手を指示される……。


 ゴーレムは、【闘気】で動いているとのこと。考えるより感じろと言うことだろう。





 さらに一年が経過した。

 僕は、【闘気】を自在に操れる様になっていた。スキルの【超回復:体力】は、【闘気生成】が元になっていることが理解出来れば、発現は難しいことではなかった。【闘気】が先にあり、それを発現させるためにスキルに変換していたのだ。

 あの成人の儀は、昔の人が苦心した末に考え出した方法なのだろう。ただし、ダウングレードしていた感は否めない。


 【闘気】は素晴らしい物であった。まず、【闘気】を吸収すれば身体能力の向上が望める。また、翼を生成して飛ぶことも出来るのだ。

 今では、素手で岩を砕くことも、目にも止まらない速さで長時間走ることも可能となった。

 五感も強化することが出来た。遠くを見ることも、とても小さい物を見ることも出来る。針の落ちる音をも拾うことが出来てしまった。

 それと物質化だ。【闘気】を固めれば、剣を作ることが出来た。盾や鎧なども製作可能である。


 そして、【魔法】だ。何でも僕は魔力量が少ないらしい。スキルに取られてほぼないと言われた。そこで、ヒルデさんに【闘気】を【魔力】に変換する装備を作って貰った。形は篭手だ。

 【闘気】が扱えれば、【魔法】は簡単であった。イメージすれば、発現出来たのである。

 ただし、破壊力で言えば、【闘気】の方がはるかに優秀であった。まあ、【魔法】にしか出来ないこともある。魔法は火風水土を発現させる。要は使い方だ。


 そして、重要だったのは【空間魔法】である。魔力を直接空間に影響を与える魔法。

 〈空間収納〉から始まり、空間に足場を形成する〈空間固定〉。マーキングした位置に戻ってくる〈転移〉。また、〈転移〉は目に見える範囲であれば、〈瞬間移動〉が実現可能であった。

 僕が覚えられた【空間魔法】のはこの四つだけであった。

 ヒルデさんクラスになると、空間を任意に操り、天候を変えたり、消滅させたりすることも可能とのこと。

 また、この空間もヒルデさんの魔法による創造なのだそうだ。〈空間創造〉とか言うらしい。僕はどんなに頑張っても、ここまでは到達出来ないと言われた。

 ただし、【闘気】に関しては、ヒルデさんと同程度までのレベルに達しているとのこと。認めて貰えたみたいで少し嬉しかった。


 最後に、魔導具として【飛翔】するフード付のコートを貰った。これは使い勝手がとても良い。

 【闘気】による飛翔と被るが、事前に魔力を貯めておくことで、緊急時に使用可能になるのだとか。まあ、逃走用の保険だ。


「それでは、準備出来たかな? 取ってきて欲しい物があるのでお使いを頼みますね」


 準備は完了している。

 僕は、他世界で自分の実力を試したくてウズウズしていた。

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