第5話 裏切り
「何でこんなことをするんだ!」
僕は、剣を向けてくるロベルトに意味のない疑問を投げかけていた。僕は一応短剣を抜いて対峙している。
今、僕はダンジョンに潜っている。開拓村から近い場所に、このダンジョンはあった。最終層までの踏破は出来ていないが、ある程度は、
ロベルトは、三人を待機させて、イルゼと僕のみで少し先を見てくると言い出したのだ。
ロベルトには誰も逆らえない。
そしてそのまま進むと、大穴が開いていた。
これは進めないなと思い、ロベルトを見ると剣を抜いていた。イルゼは、焔の壁を作り出し戻れないように道を塞いだ。
驚いて、距離を取る。
僕の背後には、大穴が開いている。底は見えない。落ちたらまず助からないだろう。
「ああ、国王様からの命令だよ。ネーナ王女との婚約を解消したいらしい」
婚約の解消? ありえない。そんなのは、国王様が宣言すれば、すぐにでも出来るはずだ。
別な意図があるはずだ。
僕が怪訝そうな顔をすると、イルゼが哀れみの眼で僕を見る。
「ふふ。分かってないのね」
ロベルトの後ろで、焔の壁を作っていたイルゼが前に出て来た。
「何が分かっていないのですか?」
「まず一つ目。ネーナ王女があなたとの婚約破棄を受け入れなかったのよ? もう国王様は大激怒だったと連絡があったわ」
「な!?」
驚く僕を、二人の嘲笑が襲う。
「それと、二つ目。スキル〈念話〉が見つかったの。まだ秘密だけど、国王様が大激怒したのと同時に、大喜びした話が伝わって来たわ。あなたの往復よりもずっと速く情報の伝達が出来ると言えば、あなたでも理解出来るでしょう? それにしても初めての〈念話〉の実験が、残念勇者の暗殺とは皮肉よね」
体中の力が抜けた。
僕の仕事、いや存在価値を否定された気分だ。
「まあ、そういうことだ。用無しどころか、国の邪魔者にここで消えて貰うことになった」
ロベルトが、イルゼの腰を引き寄せて抱きしめた。
僕はその様子を苦々しく見る。
「ネーナ王女に手を出さなかったのは正解だ。そんなことをすれば、その日のうちに暗殺されていたからな。まあ、度胸が無かっただけか?」
ロベルトがイルゼとキスをする。
「……」
僕は答えなかった。期待された活躍も出来ずに開拓村で過ごしていたのだ。婚約破棄されても文句は言えなかった。
いや、国王様からネーナとの関係を切るように指示されるのを待っていたのが本音だ。
でも、ネーナがそれを拒んでいたのだ。
僕から言い出せなかった度胸のなさが、今日を招いたのだろう。
「もう説明は良いか? 遺言があれば聞くけど?」
「……。ネーナ王女様に、『すまない』と伝えてくれ」
「それは無理じゃね? お前は、魔物に食われて遺体無く死んだことになるんだし」
ロベルトとイルゼが嗤い出す。
なら、遺言とか聞くなよ。短い人生を思い返す。
僕は孤児だった。両親は物心付く前に亡くなっていた。兄弟もいない。友人もいなかった。
僕の孤独を癒やしてくれたのが、ネーナだけであった。
「なあ? いつまでそうしているんだ? 俺達も暇じゃないんだよ」
このままでは、ロベルトの剣に刺されて痛い思いをしながら後ろの穴を落ちることになる。ロベルトは絶対に即死などさせてくれない。手足を切り刻んで痛みにあえぐ僕を嗤いながら穴に落とすのだろう。
それならば……。
僕はバックステップで穴に飛び込んだ。
ロベルトの舌打ちと、イルゼの嗤い声が最後にダンジョンに響いた。
◇
どれだけの時間落ちているのだろうか?
もう時間的な感覚がなくなっていた。いや、落ちている感覚もない。
ダンジョン内は、空間が歪んでいる。もしかすると何処かに繋がっているかもしれない。落下よりも浮遊に近い感覚を味わいながら、僕は極小の確率に望みを託した。
この極小の確率は、僕にだけ抱くことが出来る。
根拠は、【スキル】の〈超回復:体力〉だ。実のところ、僕は飲まず食わずでも生きられる。睡眠を取ると、無条件で体力が回復するのだ。このことは誰にも話していない。
何かのために秘密にしていたのだが……。結局は使い道がなかった。
腹時計で、睡眠を取る。もう、三十回目の睡眠だ。下手をすると、このまま寿命までこのダンジョンを彷徨うことになるのかもしれない。いや、僕の【スキル】はまだ未解明な部分がある。多分だが、〈不老〉があることは感じていた。
成人の儀から三年間、全くと行って良いほど体に変化が無かったのである。髪も伸びなければ、爪も伸びない。ただし、爪が剥がれた場合は、伸び出した。
成人の儀の時の〈状態〉に戻そうとするのが僕の【スキル】の本質なのだと思う。怪我をした場合の回復度合いは、普通の人と同じだが、傷跡は残らなかった。そして検証していないが、手足欠損した場合は時間を掛けて元に戻るのだと思う。
即死しなければ、僕は〈元に戻れる〉だろう。
他の〈超回復〉も近いものと思われる。
ロベルトの〈超回復:負傷〉は、それこそ一瞬で怪我が治るので分かりやすい。
ただし、飲まず食わずで生きられるとは思えなかった。戦闘直後のロベルトとイルゼは、とにかく大食漢であった。
もし仮に、僕に〈不死〉も備わっていた場合は、今の僕は最悪の状況と言える。監禁もしくは封印に近い状態である。
もう、考えることが無くなって来た。真っ暗な空間で浮遊している感覚。目をつぶり瞑想を始める。
『ネーナに会いたいな……』
僕は、思考を止めた。
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