3-14 通話デート

 スキンケアのためには早寝早起きの生活リズムが大事だと言われていたのに、靴の加工に朝までかかってしまった。調べながらやるとどうとでもなる──と考えていた僕の考えは、だいぶ甘かったらしい。自分がここまで不器用な人間だとは思っていなかった。情けなくなると同時に、中学生ながら高クオリティの舞織まおり路恵みちえの衣装を作り上げた桑名さんのお友達さんの凄さを理解するのだ。どれだけの時間をかけて、丁寧に作ったのかな。いつか直接会って、あなたは凄いって言ってあげたい。


 やり遂げた僕はそのまま泥のように眠ってしまい、目を覚ましたのは夕方ごろ。起き抜けにスマホを見ると、桑名くわなさんと園部そのべさんから写真メッセージが届いていた。どうやら二人で二宮まで遊びにいっていたらしい。園部さんの自撮り写真に、ドーナツを幸せそうに頬張る桑名さんが写っている。素の自分を曝け出せる相手が増えたのが喜ばしいとともに、少し寂しさも覚えてしまうのは自惚れがすぎるよね。


 園部さんにはお返しにドリステ後の打ち上げで撮った焼き肉の写真を送り、桑名さんにはお手製の靴の写真を送る。すると一分もしないうちに既読がついたかと思うと、桑名さんから通話がかかってきた。


「もしもし、どうしましたか?」


『すみません。私、西倉にしくらさんの足のサイズのことをすっかり失念していて。靴が合わなかったんですよね』


「もしかして桑名さん僕が無言の抗議を送ったって思っています?」


 そんなつもりはなかったものの、受け取った側としては嫌味ったらしく感じたらしい。先にメッセージ文を送ってからの方が良かったな。


「あの写真は同じ形をしていた母さんの靴を加工したものです。運良くってのも変ですが、母さんの足の大きさとそこまで変わらなかったので」


『あ、そうだったんですね。よくできていると思いますよ。でも私がちゃんとしていたら、もっと早く気付けましたよね? 本当にごめんなさい』


「むしろ靴以外はなんとかなったわけですから、気にしないでください」


 せっかく園部さんと遊んで楽しそうにしていたのに、水を差すような真似をしてしまった。申し訳なさそうにする彼女よりも、反省しないといけないのは僕の方だ。そんなつもりで写真を送ったわけじゃないのに。


 通話はつながったまま、無言の時間が続く。無料通話アプリなので通信料やら何やらを気にする必要はないとはいえ、いつまでも通話状態にしているわけにもいかない。最後に謝って切ろうとすると、桑名さんの方が口火を切った。


『あの、西倉さんは今暇ですか?』


「ええ、まあ。晩御飯までは特になにもないですよ」


『でしたら。一緒にアニドリ見ませんか? 今ちょうど、LifeTube《ライフチューブ》で全話無料配信やっていましたし』


 そういえば期間限定でドリドリのアニメの全話無料配信を行っていたんだっけ。僕の部屋にはアニドリの円盤があるから別に見る必要もないかなと考えていたが、通話しながらの同時視聴か。


 誰かと一緒に見る機会はこれまでなかった。あまりワイワイ盛り上がりながらアニメを見る気分にもならず、SNSなんかで実況しながら見るのも個人的には好きじゃない。スマホを見ながら視聴するよりも、画面に集中したいタイプだ。ただ、同じく舞織が好きな桑名さんと一緒なら新しい発見もあるかもしれない。


 なんせ週末には、僕らは舞織と路恵になりきってイベントに参加する。アニメを見てキャラクターの輪郭を今一度掴む必要もあった。路恵の動きに注目しながら見ると、より理解が深まるかもな。やっぱりコスプレをする以上、そのキャラクターの心の内まで理解したい。「少しお待ちくださいね」と答えてお菓子とジュースを取りに行った。たまにはこういうのも悪くない。『じゃあ私もドーナツとコーラを用意しなきゃですね』と桑名さんもノリ気だ。通話を繋げたままタイミングを合わせてブルーレイを再生した。


『私、このお話が好きで何回も見たから、友達と2人で台詞もポーズも全部覚えたんですよ』


「奇遇ですね。僕もですよ」


 作品としての評判はというと、ところどころツッコミどころや、ライターと視聴者の持つアイドルたちのキャラクター性や解釈がズレて違和感のある描写が点在するものの、トータルで見るといいアニメになるはずだ。これがきっかけでドリドリに興味を持って、ライブに足を運んだり同人作家になったりという人も珍しくない。


 今僕らが見ている舞織と路恵がメインとなる回は、ライターがこの2人を推しているのかってくらいに熱量がこもっている。彼女たちの担当マネージャーじゃなくとも、この話が1番好きだって声も多かった。


 ふんふんふんと上機嫌にOPをハミングする彼女に、ほっこりとした気持ちになる。この人、本当にドリドリが好きなんだな。


『すみません、つい歌っちゃって。私、アニメ見ている時に曲を口ずさんじゃう癖があって』


「気にしていませんよ。僕もたまに口ずさみますから」


『ですよね! よかったぁ、私だけじゃなくて』


 先程の気まずい沈黙はどこへやら。ここの作画がいいとか、ここの演技がいいとか語り合いながらアニメを見ていた。彼女の視点は新鮮で、そういう考えもあるのかと感心しっぱなしだった。勝手に誰よりも舞織を理解しているつもりでいたけれど、実際はそんなことがなかったのだ。でも、不思議と嫌な気分ではない。


 大きな仕事が重なって遠く離れ離れになり、それぞれ1人でステージに立つことになった舞織と路恵は、お互いに甘えてしまわないように連絡を取らないようにした。しかしいつも当たり前のようにいた相棒がおらず、心配してしまって調子を乱してしまう。それでも、心の距離だけは遠ざかっていなかった。どんなに物理的に離れていても、なにを考えているのかすぐにわかる。舞織は路恵を、路恵は舞織を心配するのではなく信じることで、ステージを成功させた。


 僕と桑名さんは、まだ出会ってひと月程度の相手だ。それでも、ここにいないのに横でドーナツを食べているみたいに感じる。今どんな顔をしているか、なんとなくわかる気がした。向こうも同じならば、なんだか嬉しいな。

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