3-13 ガラスの靴、メイドイン僕
ゴールデンウィークといえば、高校生の皆さんはどう過ごすのかな。ずっと部活があるかもしれないし、友達や恋人と遠くに遊びに行くかもしれない。僕はというと、元来の出不精なこともあって、せっかくの休みを家にこもって過ごしていた。
とはいえ、暇を持て余していたわけではない。僕らにとっての本番は、ゴールデンウィーク最終日。その日に向けて準備しているのだ。しかし、ここに来て今の今まで気付いていなかった問題が出てきた。
「お母様。一生のお願いがあるのです」
「どしたの? ゆうちゃんが一生のお願いだなんて珍しいね。
一五年の人生の中で、一生のお願いを行使するのは初めてだったと思う。それくらいに、切羽詰まっていたのだ。
「実はどうしても欲しいものがあるのです」
「なになに? フィギュア? ゲーム? それとも課金?」
欲しいフィギュアもゲームもある。課金もしたいし、オタクの欲は尽きない。でも今回ばっかりは違う。真面目な話だ。
「
「ええ?
「僕もそう思っていたんだけどね。靴だけはサイズが合わなかったんだよ」
母さんも言われてなるほどと気付いたようだ。いくら僕の背が低く女顔をしていたからといっても、本来の持ち主であるお友達さんと体格が似ているといっても、それは足から上の話。靴のサイズはそうはいかない。ただでさえ男子が女子の靴を履いて歩くのは難しいのに、そもそもの靴が僕の足では履けなかった。
コスプレで目につくのは、基本的には足より上の衣装とウィッグと全体のシルエットだ。靴まで気にして見ている人は、コスプレイヤーが気にしているほど多くはいないという。ただ、今回の衣装に僕が普段履いているようなスニーカーは似合わない。取り合わせのミスマッチが気になる人は気になるはずだし、そこだけ間違い探しみたいに雑になるのは僕としても嫌だった。
やるからには完璧とまでは言わなくとも、違和感を抱いたままイベントに出るわけにいかない。ファンの立ち振る舞い一つで、推しに迷惑をかけてしまうケースは少なくなかった。僕だけがネタにされる分にはまだいいとしても、隣の桑名さんに飛び火してしまうのは我慢ならない。
「だから僕に合うサイズの靴を買って、自作しようかと思って。でも偽乳とか偽尻とかメイクグッズやらを結構買ったから、ピンチなのですよ」
参考になる完成品も手元にあるし、せっかくコスプレをするならば、少しくらいは自分で作ってみたい。この数日ほどで、すっかりコスプレイヤーの思考回路に染まってきたように感じる。高校入学前の僕にこうなるよと言ったとしても、信じてもらえなかっただろう。
「偽乳偽尻って……ああ、昨日届いた」
女装コスプレグッズの処分に困っている、という人からフリマアプリで買ったものだ。普通に買えば結構なお値段になったはずだが、市場価格より少し安く手に入れることができた。と、これでなんとかなると思っていた僕が、靴の問題に気付いたのはついさっきの出来事。
「なるほどねえ。自作って、作れるの?」
「まあ、なんとかなると思う」
ネットで検索すると作り方はいくつも出てくる。先達のありがたい知識を無料で得られるんだ。それを活用しない手はない。
「……ちょっと待っていなさい」
頭を下げ続ける僕をよそに、母さんは玄関へと駆けて行く。戻ってくると、完成品と大体同じ形をしている靴を持っていた。四〇代の経産婦が履くには、少々はしゃぎ過ぎている印象がある。
「昔お父さんとデートするときに、オシャレしなきゃと思って買ったはいいものの、どうにも慣れなくて封印していた靴よ。捨てるのももったいなくて、今の今まで眠っていたままだったの。履いてごらんなさい」
促されるままに思い出の靴を履く。やや小さく感じるものの、サイズとしては無理がない。当然男性が履くために作られた靴じゃないので、自然に歩くのには慣れが必要だ。でもこれくらいならなんとかなりそうだ。ネットでやり方を調べつつ少し加工したら、路恵の靴が出来上がるんじゃないかな。
「私とゆうちゃんの足のサイズってあまり変わらないから、新しく買うよりもこれを再利用した方が安く済むんじゃない? どうせもう私は使うことないし、ゆうちゃんに使ってもらった方が靴だって嬉しいわよ」
「ありがとう、母さん」
「いいってことよ」
語尾に音符をつけたような弾む声でサムズアップをする。きっと僕は運がいいんだと思う。周りに恵まれて、初めてのコスプレイベント参加もなんだかうまくいきそうな気がしてきた。
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