3-12 推しの隣で

 コスプレにしろ、二次創作にしろ。そこに原作やキャラクターへの愛がないものには、容赦なく親指を下に向けられる。人気が欲しいだけの創作もコスプレもすぐに分かるものだ。「この子はこんな台詞を言わない」、「この子はこんな衣装を着ない」、「この子はこんなポーズをしない」、エトセトラエトセトラ。そこに愛はないから、とよってたかって叩いてくる。ドリドリでも、そんな話はあった。


 清楚なアイドルの、際どいコスプレをしたモデルが炎上したらしいことは知っている。燃えたモデルも、燃やそうとするマネージャーも見たくなかったので詳しくないけれど、あまり気分のいい話ではない。


 でももし、そのモデルさんが舞織まおりコスをしていたならば、僕は怒りを抑えられただろうか。自分の好みとは合わない創作に、「愛がない」と心の中で何度も文句を垂れてきた。愛がないと断じた二次創作小説が、僕の書いたものよりも閲覧数も評価も高い時には憤懣ふんまんやるかたない思いもしてきたものだ。


 自分はそうならないようにと努力してきたつもりだった。でもコスプレをすることになった今、過去の僕の理不尽な怒りが、ブーメランのように返ってきてしまう。


「みんなキャラ愛がないコスプレは悪だとか失礼だとか言うけども、そもそも愛ってなんだって話じゃない? 衣装や小物に力を入れること? キャラクターの体型に自分を近づけること? そのキャラクターが絶対に取らない行動はしないこと? 結局人それぞれに行き着くでしょ」


 本来原作愛もキャラ愛も、目には見えないものだ。そして、人それぞれ価値観は異なる。愛の形はひとつじゃない。だから、本当は否定してはいけない。


 誰だって理解していることだ。でも寛大な心を持って、それもあるねと受け入れる人間はほんの少数。解釈違いや気に入らない創作は見なければいい話だが、口で言うほど簡単な話じゃない。許せないという気持ちは抑えようと蓋をしてもヘドロのように出てくる。


 そんな時、愛という言葉が便利な武器になってしまう。「お前の創作には愛がない」と、言ったところでどうにもならない文句を声高に叫ぶのだ。本当に叫ぶべきは嫌いじゃなくて、好きの二文字なのにね。


「それに。藍月あつき先輩みたいにそのキャラが好きだから、コスプレを始めたって人はむしろマイノリティ。キャラに憧れるより、コスプレイヤーそのものに憧れた人が多いんじゃない? ママみたいになりたい! ってコスプレを始めた私みたいにさ」


 彼女にとって、コスプレイヤーである母親は憧れの背中だった。特殊な事例だろうか。いいや、そんなことはない。野球選手やアイドルに憧れる子供と、何ら変わらないはずだ。


菜雪なゆきはちょっと変わり種でさ、コスプレを見てから原作に入るタイプなんだぜ。レアだろ?」


 茶化すようなテンションで合いの手を入れる。二次創作漫画や小説から原作に入る人は少なからずいるが、コスプレがきっかけで原作に入るというのはあまり聞いたことがない。コスプレイヤーに囲まれて育ってきた彼女らしいといえば、そうなのかな。


「このコスプレかわいいなぁ、どの作品のキャラクターだろう? が私の入口なの。そこに作品に対する愛はあるのか? と聞かれたら……はいと自信を持って言えないかな」


 SNSで呟くと燃えそうなことを、あっけらかんと言ってのけた。こうも正直だと、清々しさも覚えるほどだ。むしろ好感すら抱いてしまう。


「そもそも『テイクファイブ!』に興味を持ったきっかけも、マツリカさんのコスがきっかけだしね」


「週刊漫画雑誌の表紙グラビア飾っていたりする人だよね?」


 最近はバラエティ番組なんかにもコスプレをして出演することがあるので、カタギの人からの知名度も高いコスプレイヤーだ。声優がテレビ出演するようになって小さな子供たちの憧れの職業になっていくように、今後はコスプレイヤーの皆さん方もテレビで見る機会が増えるのかな。


 そうなると、園部さんのようにコスプレから原作に入る人も比例して多くなるだろう。


「私のモチベーションって原作愛キャラ愛よりもコスプレ愛と自己愛、になるの。その子に近づけるように自分を鍛えるし、衣装作りもメイクも絶対妥協しない」


 それでもお前のコスプレには愛がないと、言えるだろうか。いいや、誰も言っていいわけがない。確かにそこには強い思いがあるのだから。


「このスタンスに否を唱える人も少なくないよ。でもね。これも立派な愛だって、私は信じている。もちろんコスプレする以上は、原作もちゃんと履修するし、そのキャラのことを理解しようと努力はするよ。えらそうに言っても、叩かれるのは嫌だからね」


 威風堂々とした彼女の瞳には、一点の曇りもない。コスプレそのものへの愛を貫く彼女を、心の底からカッコいいと思ったのだ。


「だから結星ゆうせい君だって、そのままでいいんじゃない? キャラ愛なんて後からいくらでも持てば良いんだしさ。それに、三次元の推しへの愛でコスプレするのも、立派な動機だよ」


「俺も菜雪と同意見だな。桑名先輩めっちゃ心配してたんだぞ? 自分のために、望まないことを押し付けてしまったって。もしお前がそんなことない、って言いたいならば……胸を張ってコスプレするといいんだよ」


 難しい話なんかじゃない。僕はただ、桑名さんの舞織にふさわしい路恵みちえを目指すべきなんだ。大丈夫。そこにはちゃんと、衝動にも似た推しへの愛があるから。

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