3-11 そこに愛はあるんか
「もう少ししたら
僕たちがセンター街をうろついている裏で、撮影会をしていた二人がスタジオを出たのも、ついさっきの話らしい。噂をするとなんとやら。ポテトを頬張りながら園部さんと
「お疲れ。撮影どうだった?」
「最高だったよ。なにより被写体がいい。
瞳を爛々と煌めかせて答える。道志郎も有意義な時間を過ごしていたようだ。推しである
写真を見せてとお願いすると、撮りたてホヤホヤのデータを見せてくれた。ピンク色に溢れたゆめかわな背景の中、マリンルックの桑名さんが眩しい笑顔を向ける。背景と衣装はイマイチマッチしてはいないものの、その違和感すらもかわいく見える。
僕や母さんが撮った時も笑ってくれていた。しかし、道志郎が撮った写真はあまりに自然な表情で写っていて、一切の緊張を感じさせない。
思い返せば、こいつが撮ったコスプレイヤーさんの写真はみんなリラックスした表情をしていたっけ。コスプレと、ありのままの自分。それは一見矛盾しているに見える。だが、その人にしかできない、表情はあるのだ。
甘いマスクと軽やかなトークを持ち合わせた道志郎は、相手の警戒心を解きほぐす天才だ。カメラマンとして必要な才能の1つなのだろう。たった数時間で、こいつは桑名さんのベストを引き出した。
「ほんと、お前が羨ましいよ」
ぼそり、と心の声が漏れてしまう。
「なんだよ急に。気味が悪いな」
「嫉妬しているんだよ。先輩が柏原に惚れるんじゃないかって、ずっとソワソワしていたし」
「へー!
いくら僕でも、そこまで拗らせてはいない。本当に舞織と結婚式をあげようものなら、ネットニュースに取り上げられてボコボコに叩かれるのは見えているし、さすがに母さんや姉さんからも愛想を尽かされてしまう。
「なら安心しろ。ずっとお前さんの話題で盛り上がっていたからな」
「え、ちょっと。なにを話していたの? 変な話してないよね?」
「さ、どうだかなぁ?」
にひひひと性根の腐った笑い声をあげて、思わせぶりに僕をからかう。桑名さんの方から入学式の一件を話すとは思わない。おおかた、こいつが僕の中学時代の話をあれやこれやとしたのだろう。道志郎が買ったナゲットを一つ、こっそりいただいた。
「そういえば。園部さんはなんのコスプレをするつもりだったの?」
「〈テイクファイブ!〉の
「カラオケで最初に歌っていたやつだよね」
〈テイクファイブ!〉はバスケットボールに青春をかける女子高生たちを描いた作品で、鈴原たおは主人公と同じ学校の……背番号が2だからシューティングガードだっけ。主人公のひとつ上の先輩で、包容力にあふれておっとりした性格をしている。たおママだなんて呼ばれていたりする一方で、ボールを持つと人格が変わり好戦的で荒々しいプレイスタイルを見せるギャップが人気のキャラクターだ。
「鈴原たおが好きなの?」
「んー、どうだろ。好きなキャラ……なのかな? 私と背丈が近いから選んだ子だしさ」
意外な発言だった。コスプレをするならば、ただバズりたいだけのコスはギルティ。すべからくそのキャラクターへの愛がないとダメだと言いそうなのに。
「おかしなこと言った? 鳩豆フェイスをしているよ」
「いや……予想外だったというか。キャラ愛がないとコスプレするのはNGだって考えてそうなのに」
「それを言っちゃえば。先輩に頼まれたから始めた結星君は、コスプレしちゃダメになるんじゃない?」
キャラ愛のないコスプレを悪だと断ずるならば、桑名さんに頼まれて
でもそれは、舞織のすぐそばにいたから自然と知るようになったからであって、もし舞織マネをしていなかったら、誕生日も覚えていなかった可能性もある。そこにキャラ愛はあるのかと問われると、僕は自身を持って「はい」と言えない。
衣装を着たり、コスメを買ったりして満足していただけじゃないのか──。途端に桑名先輩にも申し訳なくなってくる。それと同時に、路恵へのキャラ愛があると自信満々に言えない僕に、大切な衣装を託した桑名さんの、確かなキャラ愛すらも疑ってしまいそうになる。そんな風に、考えたくないのに。
「この子になりたい! ってキャラ愛が爆発してコスプレを始める人なんて、意外と少ないと思うな」
園部さんは僕の心のうちを見透かしたように、優しく笑うのだった。
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