3-8 ギャル襲来
「この後なんだけど。2人とも暇ならスタジオ撮影やってみない?」
先輩レイヤーのっぴ先生によるコスプレイベント講座がひと段落ついて、十の字に切られた四等分のピザを食べていると道志郎がそんな提案をしてきた。
「もともと、菜雪とスタジオで撮影する予定だったんだよ。せっかく衣装を持ってきてくれたんだし、撮られるのに慣れた方がいいんじゃないかなって思ってさ」
道志郎が言うには、二宮駅と隣の名座駅の中間ぐらいの場所に、園部さん親娘がよくお世話になっているスタジオがあるという。僕と桑名さんにとって、足りないものは『撮られる』という経験だ。ぶっつけ本番で挑むよりも、一度はスタジオ撮影で練習すべきということだった。
「受験やらでここ半年くらいイベントに行けてなくて、高校に入ってからは菜雪以外の被写体を撮ってないからさ。今後初心者の人を撮る機会もあるだろうし、俺としても撮る練習をしたいんだ」
道志郎と園部さんの通う学校は結構な進学校であり、入試も難しい。合格したら合格したで入学早々学力試験があるので、中学を卒業してからも勉強漬けだったという。ドリデンに姿を見せなかったのは、そういった事情があったのだ。
楽器は一日触らないと、取り戻すのに三日はかかる──中学の時、吹奏楽部に所属していた友達がよく言っていたことだ。それは他のことにも言えて、絵だってそうだしカメラも同じ話なんだろう。迫るイベントに向けて、道志郎は受験期間で落ちてしまったカメラの腕前を取り戻そうと必死なんだ。
「どうでしょう? 俺としても、先輩たちとしてもウィンウィンになると思いますが」
「たしかに……家でなんとなく写真を撮るのと、イベントで撮ってもらうのはまた別ですもんね」
「そうですそうです。こう言っちゃなんですけど、カメラマンは全員が全員俺みたいに清廉潔白な人とは限りません。特に桑名先輩のような美人さんは気をつけなくちゃいけませんから、ね」
キラリーン。一昔前の漫画のエフェクトのように白い歯が光った。大抵の女子はこれでコロッと落ちる。人生イージーモードのスマイルだ。
「レペゼン
「ひゅー、さすが字書き。そんな四文字熟語、お前がいなかったら永遠に聞く機会なかったわ」
「僕もお前がいなかったら使う機会はなかったと思うよ」
佞悪醜穢──四文字全てがドロドロした漢字で構成されている、清廉潔白の対義語だ。普通に生きていくうちには使いたくないし、使われたくない言葉ナンバーワンである。僕調べだけれども。一五年目の春に使っちゃったけれども。
「ホントそれ。よくもまぁ、いけしゃあしゃあと。藍月先輩、騙されちゃダメです。それっぽいことを言って、自分のスタジオ代を安くしようとしているだけですから」
図星だったようで飲んでいる途中のメロンソーダを吹き出しそうになる。このせこい性格もなんだか懐かしさを抱いてしまうな。
会計を済ませて店を出た僕たちはエレベーターに乗って下に降りる。チーンと音が鳴ってゆっくりと扉が開くと、派手なギャルのグループが姿を見せた。見るからにオタクに優しくなさそうな皆様だ。思わず背の高い道志郎の後ろに隠れてしまう。
「あれ? 藍月やん」
「! 八千代……?」
明るい声をかけられた桑名さんは動揺した様子で、ギャルの名前を呼んだ。道志郎を壁にして様子を伺う。桜から抽出したような淡いピンク髪の彼女に、僕は見覚えがあった。
読者モデルのやっちこと高梨八千代。桑名さんのクラスメイトで、八千代の会のリーダーだ。
「こないなとこで鉢合わせるなんて、えらい偶然やなー。さっきまで撮影しとって、今からプチ打ち上げなんよ」
彼女が率いているギャル軍団も読者モデルらしい。オタクの目には眩しいくらいにオシャレで、もしこの場に姉さんや郡山といった陰の者がいたら、蒸発してしまいそうだ。その中でも、高梨さんは飛び抜けて目立つ容姿をしている。まさに陰キャRPGのラスボスだ。
「へ、へぇ。そうなんだ……お疲れさま」
まるで蛇に睨まれたカエルのようだ。身体がすくんだ桑名さんはぎこちなく笑うが、高梨さんは気付いていない様子だ。
「ホンマ今日は疲れたわあ。でもその分、ええ写真が撮れたからOKやけどね! ってどしたん自分、キャリーバッグなんか持って。旅行に行くん?」
「うん、そんなとこかな?」
この中にはコスプレの衣装が入っています、とはとても言える空気じゃない。
「へー、ええなぁ旅行。うちも行きたいわあ。どこ行くん? その子らは一緒に行く藍月の友達なん? 後ろのちびっ子くんは学校で見たことあるなぁ。うち、高梨八千代って言うんやけど」
「読モのやっちですよね! もちろん知ってますよ! めっちゃファンなんですよ! 会えて嬉しいなー! 握手いいですか?」
「えっ、ちょ、君誰!?」
高梨さんと桑名さんの間にチャラ男が割り込む。いきなりパーソナルスペースに踏み込んできた道志郎を警戒しているが、そこは顔と口の良い男。
「君おもろいなぁ! 顔もええし、うちの事務所でモデルやらへん?」
「いやー、俺撮られるより撮る方専門なんですけどねー! やっちに誘われたなら受けちゃおうかなー? っと、そろそろ行かなきゃ。記念に一枚撮ってもいいですか?」
「ええよええよ! みんなに自慢できるでー!」
あっという間に意気投合して、仲良く自撮りツーショット写真まで撮っている。
「じゃあまた学校でなぁ! お土産買ってきてねー」
「う、うん。じゃあね」
「事務所の社長さんによろしく伝えといてくださいねー!」
嵐のように喋り倒した高梨さんは、満足したようで仲間を引き連れてエレベーターに乗った。
「ふぅ……」
ようやく去ってくれた人災にホッとした様子で、眼鏡を拭いて小さなため息。きっと悪い人ではないのだろう。でも高梨さんと桑名さんは本質的に違う。高梨さんはそれに気付いていないようだった。桑名さんの本質を知ってしまった時、どんな反応をするのだろうか。
「ねー、結星くん。少しだけいい?」
「え?」
どすどすと脇腹を強くつつかれる。振り向くとポニーテールの彼女が苦い顔をして僕を見下ろしていた。
「ちょっちお説教。理由はなんとなくわかるでしょ?」
二人に聞こえないよう小さな声で、それでいて確かな呆れと怒りを込めた声色だった。その理由がわからないほど、僕は鈍感ではないつもりだ。
「先に謝っとくね。もし藍月先輩があのバカに惚れたらゴメン」
「え、それどういう」
「ごめん柏原ー。今日の撮影なんだけどさ、藍月先輩と二人でお願いできるー?」
「は? どしたよ?」
急な話に道志郎も僕らを訝しげに見ている。そんな目で見られても、僕も状況を把握しきれていない。一人だけハキハキとしている園部さんは続ける。
「女装を始めたばかりで、コスメとか何を選べばいいか分からないから、教えてほしいって結星くんに頼まれたの。思い立ったら吉日でしょ? 今から行こうと思って」
キッとした目線で『あんたもなんか言いなさいよ』と語りかける。分かったからガスガス脇腹を突かないでください。
「そうなんだ。だからごめん。桑名さんをお願いするよ」
「一足先に女装を見れると思ったんだがなぁ。残念。ほいじゃ先輩、行きましょうか」
「はい。西倉さん、菜雪さん。今日はありがとうございました」
前を歩く桑名さんと道志郎の影が小さくなっていく。心の壁は溶かされて、手を繋ぎそう距離で二人は並んでいる。遠く見えた桑名さんの横顔は安心したように笑っていた。
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