3-7 助っ人登場
コスプレイベント一週間前の土曜日。僕と桑名さんは二宮駅近くのファミレスに来ていた。きれいな先輩と二人でデート、というわけではなく、僕の中学時代の友達に会うためここで待ち合わせしていた。そいつは中学時代からカメラマン活動をしており、コスプレイベント事情について明るい。当日何も知らない僕たちだけで臨むよりも、ある程度慣れているそいつをカメラマンとして同行させようと考えたのだ。
公立高校に通う僕たちと違って、私立に通うそいつは土曜日でもお昼まで授業がある。学校が終わったらそのまま合流したいとこの店を選んだ。しかし休日かつ駅前のお店ということもあって、一三時半を回っても満員で混み合っている。
「
「相変わらず元気そうだね、
そろそろ来るかなと入り口を見ていると、同じ制服を着た男女が僕を見るなり手を振って駆け寄ってくる。中学校を卒業して以来だけど、人懐っこい笑顔は相変わらずでホッとした。
「紹介します。こいつは僕の中学時代の友達で」
「
「は、はい」
出会って一〇秒で手を握って自己紹介ときた。距離感の詰めかたが幕末の人斬りのそれだ。姓は柏原、名は道志郎。この男の前では、パーソナルスペースを守る見えない壁も、役に立たない。憎たらしいまでに爽やかな笑みを浮かべて歯を見せる。芸能人ばりの白い歯が、キラキラと輝いたように見えた。
「はいその手離しましょうねー、困っているでしょ」
「いだだだ! それやめて、本気で痛いから!」
連れの赤髪ポニーテール女子に手の甲の皮を思いっきりつねられて、道志郎は苦悶の表情を浮かべる。
「あの、彼女は?」
「さあ? 道志郎の新しい彼女じゃないですかね? あいつモテますから」
道志郎は中身こそは僕らと同じ人種だが、一見するだけではそうは見えない擬態型のオタクだ。中学の文化祭で行われたミスターコンで、三年連続優勝を果たした甘いマスク。それでいて足が陸上部に負けないくらい早く、勉強もできるものだからとにかくモテた。僕が知っている限りで、中学の間に歴代彼女は五人いたはず。その誰とも違うポニテさんは、高校でできた新しい彼女なのかな。入学して一ヶ月も経ってないというのに恐ろしい男だ。
「すみません。うちのアホが変なこと言って。私は
ポニテさんもとい園部さんは深々と頭を下げる。名前に反して燃え盛る炎のように赤々とした長髪の毛先が静かに揺れた。
「うちのって。俺は菜雪のものになったつもりはないんだけどー。勘違いさせたら悪いから言っておくけど、俺と菜雪はレイヤーとカメラマンの関係だからね。さもなきゃこんな時代遅れの暴力娘、お断りだよ」
「菜雪だってこんな軽薄なTheチャラ男とは付き合いたくないし。カメラの腕がなきゃ、同じ空気を吸うのも嫌です」
チャラ男とポニテが目の前でバチバチと火花を散らす。どこぞのデブとロリと大して変わらない。口論についていけなくなった僕たちはドリンクバーに向かった。今日一日はゼロシュガーのコーラを飲むべきかなと考えていたら、桑名さんも同じことを考えたのかゼロコーラを注いでいた。
「ごめんなさい、恥ずかしいところを見せちゃいましたね」
「誰のせいだ誰のせい。桑名先輩も気をつけてくださいね。コイツ手のつけようのないバカなので」
「いや見ている分には面白いからいいんだけど、彼女はどうしたのさ」
元々は僕たちと道志郎の三人で会うつもりだったので、園部さんの存在はサプライズだ。それに彼女も学校に持っていくには大きすぎるカバンを持っている。その中にはこれから埋める予定の死体じゃなくて、コスプレ衣装が入っているであろうことは容易に想像できた。
「菜雪はうちの漫研の同期だよ。こんなのでも小学校の頃からコスプレイベントに参加していた大先輩だぜ」
「しょ、小学生からですか!? 最近の若い子は進んでいるんですね……」
「落ち着いてください。桑名さんも最近の若い子にカテゴライズされますから」
中学生でも早いと思ったのに、ランドセル背負っているうちからコスプレイベントに出ていたなんて相当な
「ママが現役レイヤーで、小さな頃から色んなレイヤーさんに囲まれて育ってきたんです。KOAKIって知っていますか? あれ、うちのママです」
「えーと、すみません……私あまり他のレイヤーさんに詳しくなくて」
「……まあ、そんなもんよね」
園部さん的には『あのKOAKIさんの!?』的な反応を期待していたっぽいけど、桑名さんには通用しなかった。少し残念そうだ。というか僕も知らなかった。有名な人なんだろうか。
「この人っぽいですね。人妻子持ちレイヤーKOAKIって……フォロワー一〇万人!?」
「つまり戦闘力一〇万……ってコトですか」
姉さんのフォロワー四万人で僕の身内すごいんだぞマウントを取っていたら、それを軽々超えた身内マウンターが現れた。いや、園部さんにそのつもりはないと思うけどさ。
「一〇万の銃口が向けられてるともいうけどねー」
「うるさい! 誰かにブロックされただけで凹むくらいに心弱いんだからね、あの人!」
「銃口からは花束や万国旗が出てくると思えばいいんじゃない? お祝いみたいだよ」
「あ、それいいかも! 柏原も結星くんくらい気の利いたセリフ言えるように努力しなよー?」
残念、そのフレーズを考えたのは僕じゃない。昔三〇〇人くらいに拡散されてプチバズりした、道志郎のつぶやきを拝借しただけだ。
「園部さんは小さな頃からコスプレの英才教育を受けて来たんですね」
「ちょい待ちです! 園部さんだなんて他人行儀ですよ、菜雪って呼んでください。菜雪も藍月先輩って呼びますから」
「ええ、そうですか? では、菜雪さんで」
「さんを付けなくてもいいのになあ。ま、いっか。でも。イベントの時は身バレを防ぐ意味でも、コスプレネームで呼び合うようにしましょう。どこで誰が見ているか分かりませんし。菜雪のコスネは『のっぴ』なんで、覚えておいてくださいね」
僕と同年代ながらもコスプレイベント常連というだけあって、本来は誰も教えてくれない暗黙のマナーや心得を丁寧に教えてくれた。桑名さんも参加するとは決めたものの、不安な点が多かったみたいで結構な量の質問を投げかけている。
「こいつ、こう見えて世話焼きな性格してるからな。お前さんも気になることがあるなら、全部聞いとけよ」
コスプレ界隈は修羅の国だと思っていたけども、初心者に対してもウェルカムなコスプレイヤーさんもいる。その事実は僕も抱えていた不安を少し消すのにも十分だった。
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