3-6 負けず嫌いたちの夜更かし
「はぁ……いろいろあったな……」
ぬるめのシャワーを浴びながら、今日を振り返る。桑名さんがイベントに参加すると決めて、僕まで女装コスプレで参加することになって。彼女の魔法によって、一応僕は
メイクを落として風呂場の鏡を見れば、見慣れた僕の顔が苦笑いをしている。自分でも女顔をしているなんて自負はあったけども、改めて見てみるとやや角ばった顔つきをしていた。
当然、身体つきは男のそれだ。胸もないし、お尻だって丸くない。メイクと衣装だけでそれっぽくしたところで、シルエットがそのままじゃあもったいない。後で胸やお尻をどうすればいいか調べておくとしよう。必要なら買わなきゃならないしね。
「お風呂出たよー……ってなにやってんのさ」
「見たら分かるでしょー! プリスマよプリスマ! 藍月ちゃん結構強いのよっと!」
「お兄ちゃんとよくやっていましたからね! 陽子さんもなかなかっ! いい動きをしますね!」
やけに騒がしいなと思っていたら、母さんと桑名さんはリビングで格闘ゲームをしていた。総勢三〇人もの美少女キャラクターたちによる『プリンセスマッシュ!』、略してプリスマ。古典格ゲーを思い起こさせるシンプルな操作性と、美麗3Dグラフィックによるプリンセスたちの乳揺れや、ダメージを受けることで衣装が破れるなど
「あ、ちょっ! 今のダメでしょ! 私年長者なんだからもう少し敬ってよぉ!」
「ふっふー! 格ゲーに年功序列なんてありませんよーだあああ! そのコンボは反則じゃないですかあ!」
液晶画面に食い入るように猫背になる母さんと、口が悪くなっているものの相変わらず姿勢が綺麗な桑名さんの対比がなんだかおかしい。ソファなんだから、もう少し楽に座ればいいのに。背中を曲げたらカエルになってしまう呪いでもかかっていたりして。
姉さんはそんな白熱する2人と破れ散る衣装を肴にして、透き通った緑色のメロンソーダを飲んでいた。テーブルの上にはメロン味のかき氷シロップと、炭酸水が置かれている。駅前の喫茶店に行けば飲めるのに、一人で外食ができないから自作するのが西倉純のスタイルだ。勝負内容にはさほど興味がないようで、どんどん口が悪くなっていく母さんたちを見ている方が面白いらしい。
「桑名さん、私たちより陽子ちゃんと仲が良いのかもね」
「ってより、母さんが気に入っている感じかなあ」
「違いない」
わざわざ自分が推した作品を見てくれたんだから、気にいるのも当然の話だ。オタクは自分が好きなものを好きな人も好きになる、チョロい生き物だから。
「うっし私の勝ちー! 藍月ちゃんはもーっと精進しないとね! 対戦ありがとうございました〜。さて私もお風呂に入ってこよ」
「くぅ、自信あったのに悔しいぃ……」
勝利の女神は母さんに微笑んだ。華麗な勝利に満足したようで、跳ねるような足取りで風呂場に入っていった。でも桑名さんもよくやったよ。僕も時々母さんに付き合って対戦をするけども、勝てた記憶は片手で数える程度しかない。初めての対戦であそこまで食いつくなんて、なかなかの手練れだ。
「このままだと不完全燃焼です。西倉さん、私と勝負してください!」
「ええ?」
ゲームは人間の本性を炙り出す。特に格ゲーはそれが顕著だ。清楚な見た目の黒髪美人桑名さんの根っこは、相当な負けず嫌いだった。ぷくりと頬を膨らませたままじゃ、気持ちよく眠れないらしい。
一試合だけですよとコントローラーを握って、キャラクターを選択する。僕は二丁拳銃を巧みに操るウサミミのプリンセスを、桑名さんは先ほどと同じくカンフーを得意とするチャイナドレスのプリンセスを選んだ。
「好きなんですね、その子」
「はいっ。だって中の人がピュアアイリスなんですよ! 好きにならないわけがありません」
「ああ、そういやそうでしたね」
担当する声優さんが、推しピュアと一緒だからという理由で使い続けているようだ。その気持ちはよくわかった。声優さんにそこまで興味のない僕でも、舞織役の人がアニメに出ていたらとりあえずはチェックするし。
「そっ、ほっ、遠距離からちょこまかと!」
「そりゃ銃使いなんですから。飛び道具主体になりますよ」
「男らしくないですよ!」
「何を言うんですか。二丁拳銃こそ男の浪漫ですよ」
「そこは否定しませんけども!」
拳銃とは反動が強いものだ。刑事ドラマやアニメよろしく片手で撃とうものなら、反動で腕を怪我するし弾もあらぬ方向に飛んでいく。それに両手で銃を持とうものなら、弾切れしたときどうやって装填するんだという野暮な話になるしね。はっきり言って現実的じゃない。でもひたすらに格好がいい。浪漫の塊だ。二丁拳銃と恐竜が嫌いな男の子など、この世に存在しない。
遠距離攻撃に強い銃使いである反面、直で殴られたらすぐK.Oされてしまうくらいに紙耐久だ。だから常に距離を取り、牽制しながらの立ち回りを求められる。桑名さんの使うプリンセスはカンフー使いなだけありスピードがあるものの、飛び道具を持っていない。相性で言うと僕の方が有利だ。狙撃で動きを止めてジリジリ攻めるのが鉄板だろう。
「こんのっ……!」
「しまっ!」
しかし拳銃を扱う以上、弾切れは起きるわけで。調子に乗って撃ちすぎた。自動的にリロードされるが、その瞬間無防備になってしまう。
『ホワチャ! ホワチャ!』
チクチク攻撃の鬱憤を晴らすがごとく、チャイナ娘の鉄拳が炸裂する。反撃する間すら与えてもらえず、ウサミミプリンセスはあられもない姿になって倒れてしまった。
「どうですか! やっぱりカンフーが一番ですよ!」
「今のは油断しただけです。二丁拳銃こそ最強なんです、そのチャイナドレスに風穴開けてやりますよ」
格ゲーはその人の本性を露わにする。例え相手が推しだろうとも、勝つまでやめないタイプなのは僕も同じだった。
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