一気に
諸君らは戦争に興味が無いかもしれないが、戦争の方は諸君らに興味がある。
-レフ・トロツキー-
ー
7月10日、23時08分
夜空をキラキラと輝く流星の様に軌跡を靡かせて幾つもミサイルが舞っていく。
ソウルを囲む砲兵陣地からはウラガンやスメルチと言った多連装ロケット車両が一斉射撃を開始、主要街道沿いに弾薬射撃が降り注ぐ。
空からはMil-28ハボックやKa-50ホーカムやその改良型のホーカムBが血に寄せられたサメの様に襲いくる。
後退する敵兵を機動戦力で刈り取る、それこそ追撃戦の本懐である。
ソ連軍は抜け目がなかった、多連装ロケットによる地雷散布と面制圧に自己の持てる最高級攻撃ヘリを投入したのである。
《敵地上兵力の攻勢を確認!》
《標定グリッド2-8及び2-3に敵の攻撃ヘリ侵入ッ!》
《撤退中の味方部隊が被害に・・・!》
《作戦区域にTOS-1ブラチーノを確認したと捜索隊から報告が!》
飛び交う報告は最悪のものである。
しかし、米韓連合軍の司令は焦る内心を誤魔化しながら、即座に命令する。
「各小隊のミストラルが何のためにあると思ってるんですか!敵ヘリには各自で応戦する様に!
後衛の海兵隊に予備軍のM48も投入!地上部隊の侵入を許さないで!」
「司令!どうやら敵は大型ヘリコプターで
参謀長は珍しく焦った顔で報告した。
退路が遮断されては全て終わりだ。
現場の努力に託すしかない、高級将校としてはむず痒いことである。
しかし、手段はないのだ・・・。
「託すしかありませんね・・・」
至近弾により大きく揺れるソウル地下鉄構内の中の司令部は、その様な感傷に浸ってる時間はすぐに無くなった。
新しい問題はまだまだ現れる・・・。
「夜逃げ艦隊が青島から出撃した中国軍機に襲撃を受けています!」
「いつか北京にB-2送り込んでやるから覚悟しろアカ熊!!」
「司令落ち着いてください!あとでやりましょう!ね!」
ー
7月11日、0時
ソウル駅の屋上にUDT/SEALの隊員達が箱を担いで駆け上がる。
担いでいるのは予備装備品から掘り出したスティンガー対空ミサイルA型で、比較的新しい信頼できる対空兵器だった。
フレアの改装がされてない初期型のSu-25などなら余裕で叩きのめせる。
しかしながら夜のソウル、その燃え盛る炎に反射して現れたのは空飛ぶ鯨の様な巨体であった。
「でっけぇ!」
「ミル26だ!」
Mil社の製品で最大の作品、Mil26ヘリコプターである。
世界最大の輸送ヘリコプターであり、アメリカのスーパースタリオンなどもびっくりの巨大なヘリコプターであった。
そのヘリコプターは堂々とBMD-3を吊るしていた。
吊るされているBMD-3はまるで日本のロボットアニメの様に、武装を撃ちまくりながら戦っている。
「ヘリごとヤっちまえ!」
スティンガーが五本空を切り裂いて飛び、Mil26の胴体を吹っ飛ばす。
巨大なヘリコプターで頑丈とはいえ衝撃と爆発と火災と断線が同時発生する事で機体は振り回され、市街地のビル群に突っ込む。
大きな爆炎が三つ上がるが、分隊長は冷静だった。
「アリス大尉!」
「どうした」
滑る様に非常階段を降り、アリス大尉を呼ぶ。
アリス大尉は装具を確認して尋ねた。
「輸送ヘリを喰ったが空挺戦車が生きてるかもしれん!確認しに行く!」
「分かった!」
実の所、彼の予想は経験的に正解であった。
何故なら、片腕を無くして流血しながらBMD-3はゆっくりと瓦礫から這い出ていたのだ。
イリーナ空挺軍少尉は、自己の機関砲と肩のミサイルが使えることを確認して、軋む機械音と共に歩み始める。
そして、其処にアリス大尉達が近づいていた。
ー
7月11日、0時49分
地下鉄構内の臨時司令部では苦しい戦況が映し出されていた。
外で見張りに立っている警衛の兵士は夜空を煌めいて飛んでいる砲弾とミサイルの光跡に唖然としている。
「第二区と第八区の阻止線が崩壊!海兵隊も被害が著しく!」
「北朝鮮航空機による航空攻撃を受けています!」
机を叩いて司令が髪を揺らして叫ぶ。
「残置組のKM55に阻止射撃をさせて発煙弾をぶち込んで視界を隠すんですよ!
航空攻撃は自走高射機関砲に弾幕を貼らせればいい!」
「四区の侵入した敵ヘリコプターから空挺戦車です!」
「アリス大尉達に何とかさせろ!」
「何とかしろって・・・」
通信兵が困惑した様に言い、直後にウラガン多連装ロケットのクラスター弾が炸裂する轟音が轟く。
すぐ近くにも何発か落ちたのか、地下鉄天井に大きくひび割れが入る。
「わぁっ!」
「指揮所を移す用意を!急げ!崩れちゃまずい!」
参謀長が慌てて施設移動を命令し、地図や書類類を即座に持ち出される。
この日、正式に米韓連合軍司令部はソウルより退避し仁川に移転された。
ー
7月11日、1時12分
アリス大尉が遠赤外線暗視装置で撤退中の部隊にほど近い墜落地点を睨む。
やはりまだいた、それは間違いなく敵であった。
「まだ生きてる、やっぱり」
アリス大尉は渋い顔をした。
ロシア製兵器はどいつもこいつも矢鱈にタフネスである。
アリス大尉がソニ少尉に散開命令を出した直後、BMD3はランチャーを構える。
「えっ」
VDVの装備品としてヘリに積まれていたサーモバリック弾頭のRPGランチャーが、白煙を切って空を駆ける。
「まずい!!」
アリス大尉は咄嗟に横に飛び出したが手遅れだった。
サーモバリック弾頭が炸裂し、装具を急いで解除し放棄する。
しかし部下の大半は熱と衝撃波で致命傷を被っていたし、アリス大尉は爆発に吹き飛ばされて指示が出せない。
「気づかれたんだ!退避!!」
ソニ少尉も慌てて壊れた装具を棄てて退避し、咄嗟に隠れる場所を探して地下道に飛び込む。
転がる様に地下道の階段を降りたソニ少尉は全身を打ち付けて痛みに泣きながら、必死に這う様に身体を動かした。
恐い、死にたくない、大尉はどうなった?
色々な思考が余裕もなく溢れ出した。
「帝国主義者のアバズレが!!」
AGS-17を担いで発砲し、イリーナ空挺軍少尉は出撃前の麻薬の効果もあって精神の平衡を崩した笑みをしていた。
一方的に敵を追い回す悦楽、快楽、高揚。
自動改札機を腰砕けになりながら走って、地下鉄の線路に転んだ。
「もうだめだ・・・死んじゃう・・・」
荒い呼吸を落ち着けようとして、ホームの下の空間にへたり込んだ。
だが漂ってくる匂いに、少し違和感を感じた。
原油の匂い?いや、ガソリン?
そう言えば、線路内に何かが浸水している。
地下水もだろうが何かが変だ。
燃料が漏れ出てるのか!?
だがどこから?
其処に近づくと、月明かりがソニ少尉の顔を照らした。
墜落したH-5爆撃機の大穴が地下鉄のトンネルを打ち抜いたらしく、外に這い出れた。
爆炎に照らされた赤い月を見た時、ソニ少尉の耳に、誰かの、何かの声が聞こえ始めた。
殺してやる!
仄暗い復讐の喜び。
ソニ少尉は破損したAAV7からパンツァーファウスト3を担いで、再び地下道に潜った。
「へ、へへ、ははっ、あはははっ!!」
麻薬の力が切れ始め、イリーナ空挺軍少尉は人間の髪が焼ける匂いに強い嫌悪感を感じ始める。
彼女がアリス大尉をすぐに特定出来たのは赤外線逆探知装備を積んでいた改造型だったからだった。
夜戦対応の新装備を積んでいる優秀な兵士だったが、ソ連軍内部ではアフガン侵攻以来麻薬問題が著しかった。
そして、それがイリーナ空挺軍少尉の死因になった。
警戒が取れてない彼女の背後の出入り口から、ソニ少尉がパンツァーファウスト3を構える。
ドンッ!と音を立ててイリーナ空挺軍少尉の装備に弾頭が突き刺さり、爆ぜていく。
ソニ少尉はイリーナが死に際に、気持ちの悪い笑みを見せつけていったのが目に焼きついていた。
暫く唖然として、そして、自分を導いてくれる人がいなくなったと泣きながら撤退中の部隊に連れられていく。
ー
7月11日午前9時、ソウル市街地
全てが静かになった。
戦闘騒音も航空機の音もなく、爆発もなく、ただ煙のみが空を漂い、燃え盛る車両があった。
空港では大勢の民間人の遺体と旅客機の燃え滓が転がり、大通りや高架の高速道路は崩れ、あちこちで兵士たちの遺体が転がり、ハエが集っている。
そんな市街の瓦礫の隅から、アリス大尉は立ち上がった。
「・・・どうしたものか」
アリス大尉はあたりを見回し、全て終わった事を悟った。
ソニ少尉の死体が見当たらなかったのは、起きた直後の彼女には幸運だった。
"まあ、あいつは逞しいから生き残ったか"。
そう思いながら、サスペンダーベルトの装具品を確認する。
コンパスと近距離無線機はちゃんと其処にあって、機能していた。
水筒を手に取り、水を飲んで、どうしようかと分かっている事を基に推論を開始してみる。
1:友軍の撤退は既に終わった。
2:戦闘騒音がほとんど絶えている。
3:航空戦闘が見受けられない。
Q:概ねこの状況を何と言いますか?
A:敵地でボッチ、お前はアッチで味方はソッチ。
つまり孤立。
明るくない未来予想であった。
自力で市内から
「じゃあまあ、急いで逃げるか」
彼女は拳銃をスライドして装填し、適当なタオルで包帯をして沿岸部を沿う様に逃げる事にした。
降伏する気は無かった、共産主義者が自分を手厚く厚遇する訳ない。
海から適当な小舟を使って後退するか、陸路で逃げるか、さてどうするか・・・。
壁横一列に立たされて銃殺された市民の骸と壁に殴り書かれた「反動反革命」の文字を横目に、彼女は走り出した。
降霊鉄騎-半島攻防1996- 南部連合のメスガキ @DixietooArms
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