将軍様は縮地法をお使いになる

ソビエトは、血にまみれた圧政と恐怖の国である。

ソビエトの軍国主義的共産主義の陰謀は世界の民主主義の理想に反する。

アメリカがそんな国を急いで救いに行く義理はない。

-ハーバード・フーバー、裏切られた自由-


1996年7月7日23時15分、ソウル上空


暗い闇を突き抜けた28機のAn-225<改>と40機近いIL-76の編隊が、ソウルの空を覆った。

宇宙機空中打ち上げ目的の巨人機を基に改造したこの空挺輸送機は、機内に4人のBMD-3AWGを搭載し、多数のVDV隊員を乗せれる。

レーダーを目潰しし、太平洋艦隊の電子偵察艦を用いてジャミングしたのもあり韓国軍の対空射撃は大幅に妨害されて効率を失っていた。


《降下開始!》


高高度から開いた後部から飛び降りて、ソ連空挺軍は目標に突入する。

効率を失っても対空射撃の数自体は途方もなく多いため、何機かの運のないBMD-3は被弾して燃え盛りながら落ちていく。

空では避けようがない、当たらないのを祈るのみだ。


《ちくしょう!アンナ6がやられた!》

《被弾!被弾!高射機関砲の雨だ!》

《アンナ1から作戦本部へ。降下作戦現在進行中!》

《イヤッホォォォォ!!共産主義ばんざあああい!!》

《アンナ14め、狂ってる!》


無線機がやかましく轟き、分厚い雲を突き破って炎上した一機のIL-76が墜ちていく。

燃え盛る機内から燃えた乗員達がポロポロと落ちていくのを背後に、第一陣のBMD-3がソ連式ロケットブースターを点火した。

ブースターで減速した後、戦車級と比べると薄い脚部装甲の増加部品をパージして、バイザーを下ろす。


《アンナ1から作戦本部。"渡り鳥"は成功した!行動を開始する》


脚部の履帯駆動部を展開したBMD-3は、その複合式機関砲を構える。

機関砲には同軸機銃の様に隣合わせで自動擲弾銃があり、腰回りにスモークディスチャージャーと肩にコンクルス対戦車ミサイルがあった。

ソウルの道路を滑走したBMD-3は一挙に前進、不慣れな予備役将兵達が呆けていた市街地政庁街に突撃する。


「え、敵!?うそぉ!?」

「やばいAWGだ!!」


KAFV40/50が.50口径機関銃を乱射するが、左腕装甲を斜めにして要点を防御した彼女は止まらない。

M3カールグスタフを構えた韓国兵が発砲するが、その砲撃は容易くくるりと右に回る様に位置をずらした。


「鈍い!」


機関砲弾と自動擲弾銃を射撃すると、結局のところ元がM113であるためKAFV40/50装甲車は瞬く間にスイスチーズにされて粉砕、炎上してしまう。

手早く歩兵を掃討し、BMD-3は友軍を各所で合流させながら狙うべき目標を確認した。


目標は龍山基地、国連軍第八軍と在韓米軍司令部だ。


同時刻、龍山基地


アリス大尉は非常召集を受けて疲労困憊の部下達を急いで叩き起こした。

士気及び疲労から本当はしたくなかったが、外の様子を見るとそう言う状況ではないのはよくわかった。

170mmの大型砲、北朝鮮軍の主体砲ことコクサンの砲撃ではなく空挺の直接攻撃だ。

ソウルを死守する構えの韓国軍の堅陣を大胆にぶち破ろうと言うわけである。


「アリス大尉、じょ、状況はどうなってるんです!」


ソニ少尉は慌てて起きた様子がすぐに分かった。


「見れば分かるだろう、空挺降下だ。」

「いえそれはわかりますが、我々はどうするのです」

「それを今から話に行こうってところなんだ」


ソニ少尉は首を傾げた。

何故ならそう言いながら彼女は、基地の司令部に入ったのだから。


「なんですか、一体」


ソニ少尉は室内を見て中の人間達を見ると驚愕した。

階級章は佐官がぞろぞろ、将官クラスもいる。

その中の人間はソニ少尉もよく知っていた。

カイゼル髭の米軍の参謀長に、日系の米軍女性司令官。

日系特有の童顔のせいかその司令官は若く見えたし、参謀長はどう見ても悪人面で私腹を肥していそうな腹をしていた。


「ハッ。失礼ながら意見具申致しに来ました。」

「意見具申、ですか。今すごく忙しいんですが」

「えぇ、ですから簡単に言います。

 直ちに此処から退避してください、此処はまもなく戦闘地域になります」


それを聞くと、スタッフの全員の顔が厳しくなった。

だがどう考えてもそれは誰もがわかりきっていた事であり、それをするしか無かった。

何故ならこの基地には龍山防空航空管制団本部まであるのだ、青瓦台の政庁や一キロ程度離れたソウル駅並みに価値がある。

此処を叩いて使用不能にすれば韓国空軍と在韓米軍の空は全てブラックアウトだ、AWACSは地上支援と緊密にあって初めて効果を発揮するし、戦闘機の垂れ流しは愚行である。


「・・・参謀長、退避する。」

「了解いたしました。沿岸部の地下街を臨時移転とします。

 総員退避!書類は必要な物を除いて全て焼却!」


それと同時に、爆発音がして慌ててフリッツヘルメットを着けた憲兵が駆け込んできた。


「正門に攻撃!警備隊が敵性部隊と交戦中!」


アリス大尉は装具を動作確認して、敬礼し退室した。

ソウルが落ちるかどうか、それは状況次第だ。

もうそれは個人の活躍でどうにかなる段階の話ではなくなっていた。


「仕方ありません、参謀長。持っていけない機材と書類はテルミットで焼きましょう!」

「賢明な判断です、予備機材も輸送できなくなりましたし」


そしてまた、大きな爆発音が轟いた。

前より大きい。


「正門にサーモバリック弾と思わしきランチャーが直撃!敵が施設内に侵入しました!」

「此処の書類は部屋ごと焼きます。非戦闘員の医療従事者などは退避出来んようなら投降させろ」


参謀長は、腰の拳銃を取り出し、安全装置を解除して言った。

その司令官は妙なふてぶてしさでアリス大尉に「リードをよろしく」と言い、アリス大尉は有事にあっても厚かましいこの司令官に内心呆れていた。

それでも彼女らが死ぬと非常に事態はまずいので、アリス大尉は裏口を使うことにした。

ソウル地下鉄である。


1996年7月10日、午前7時


3日後までにソ連軍はソウル特別市中心部を四分割する様に制圧していた。

韓国軍の激烈な抵抗を跳ね除け、空挺戦車等のある程度の重装備を有した空挺は韓国軍を各所に分断しつつある。

施設の一部区画ごと機材や書類を焼却した国連第八軍は予備機材などを失い、司令部は沿岸に近い地下鉄駅に移した。

404戦闘団はその戦力を事実上すり減らし、アリス大尉指揮下の増強中隊にすっぽり収まってしまう程度になって、司令部予備と言う雑な括りになっていた。

そしてこの時期佐世保の後方司令部は、通信手段を失った事実上ソウルを失陥したと判断し、後退を決断していた。


「アリス大尉。アリス大尉。」


ソニ少尉が、アリス大尉を揺さぶった。

疲れて非番の間は眠ってしまっていたのだ。

鼻腔をくすぐるコーヒーの匂いが、夢じゃないことが嬉しかった。


「さっき参謀長が前線部隊に支給してきました」

「そうか・・・。なにか変化あったか」

「国連軍はソウルが失陥したと考えている様です。」

「判断があまりに性急だな・・・」


アリス大尉が呆れた顔で、コーヒーを口に含んだ。

そこそこ美味しい。


「お前が淹れたのか?」

「ええ」

「美味しいな」

「えへへ」


ソニ少尉が恥ずかしげに笑うのを見て、アリス大尉は少しだが心を安らげられた。

こう言う時にこの能天気さは役に立つ。

そんな微笑ましい光景だが、すぐにミサイルが切り裂いた。

どっかの誰かの流れ弾ならぬ流れ誘導弾だ。

側面にUnited Stateと書かれたミサイルが、無関係なビルを吹き飛ばした。

ソウル特別市はカオスの中だ、戦闘地域や非戦闘地域が混在して日常と戦争が同居している。

かたや人が行き交い、かたや銃弾が飛び交っている。


「また流れ弾か」


アリス大尉はコーヒーを飲み干して、つぶやいた。

各国の大使館などにも流れ弾が飛んでいっているが、自国民避難なんて当然不可能に近い。

司令部はコソコソとダンケルクよろしく海から夜逃げするつもりらしいが、上手く行くとも思えない。

それは海を見ればすぐに分かった、つい20分前にやってきた米軍のオリバー・ハザード・ペリー級が何故燃えながら傾いているか見れば分かる。

さっき飛んできたJH-7に対艦ミサイルを撃ち込まれて艦橋が全損しているのだから。


「海軍の増援はないらしいな」

「良いニュースは一応あります、二つです」

「ほう?」


ソニ少尉が自分のコーヒーを飲んで、アリス大尉に言った。


「一つは我が国の海軍が小型艦艇中心の護民船団を形成して避難をすると言う事。

 二つ目は日本軍の連中が対馬海峡を安定化させました、機雷封鎖して一応ソ連海軍が超えてこないと思います。」

「そうか、そして悪いニュースは米軍が未だに動いてないって事だな」

「司令部の話を聞くにSR-71とかは飛ばしているらしいですよ。

 24師団が何してるかはよく分かりませんが」


アリス大尉は思考を少し此処からの退避について傾けてみた。

小型艦艇中心の船団と言うのは要するに、海軍がそれくらいしか打つ手がないと言う事だ。

何故なら韓国海軍の規模は小型艦艇主兵の近海海軍で、青島市の中国海空軍に太刀打ち出来ないし、チャンスリやポハン級が精々である。

ギリギリ対空ミサイルを積んでいる小型艦艇のベク級が精一杯だ。

幸い、韓国小型艦艇はどいつもこいつも重武装だから相手も躊躇するだろうが・・・。

ジャンフーやルダ級に挑まれたら、間違いなく負けるな。


「万一敵海軍が本腰を入れたらお陀仏だな」

「陸軍は大半が陸路で後退、春田に向かい一部は沿岸部に死守だそうです」

「・・・撤退か」


我が軍はこれで3回ソウルを失陥するわけか。

泣けてくるな。

そんな事を思うと同時に、複数の風を切る音が聞こえた。

攻勢前兆だ!


7月8日14時、ソウル中心街


かつてのソウルの繁華街は見当も付かないあちこちの銃声と爆発音、燃え盛る車や瓦礫に覆われていた。

そこらに死体とAWGの放棄された装備、業火を上げるAFVが放置され、ビルに突っ込んだF-4Dを気にするものもいなかった。

逃げ惑う市民の頭上に墜落した米空軍のF-15Cや、強引なまでに攻略を命じる"偉大なる首領様"が幹部の静止を聞かなかった為に無駄に損耗したB-5爆撃機も気にされていない。

北朝鮮軍のBTR-70が機関銃をぶち撒けながら前進、デサントした人民軍兵士が88式自動小銃を構えながら降車するが、燃え盛る市街地の瓦礫の空間をトーチカにしている首都防衛の予備軍兵士がM60を掃射して薙ぎ倒していく。

さらに側面の建物に隠れていた予備軍兵士がLAWランチャーをぶち込んでBTR-70を撃破した。

しかし首都攻略の戦意に燃える北朝鮮軍の猛攻はこの程度に挫けず、RPGを撃ち込んで機関銃陣地を粉砕するとソウル駅に突入する。


万歳マンセーッ!!」


73式軽機関銃の支援射撃を受けながら突入した彼らは、即座に二階から引きつけて撃ち込まれるK1C小銃と40mm自動擲弾銃によって撃ち倒された。

韓国海軍の水中爆破処分及び特殊作戦上陸部隊UDT/SEALの精鋭部隊の一個分隊がそこで防御をしていたのだ。

彼らはアメリカ海軍のNAVYSEALS並みの作戦能力を有する韓国海軍の秘蔵っ子であるが、再びの首都陥落を看過し得ない韓国軍は根こそぎに彼らすら投入する事にしたのである。


「北韓のクソどもめ、殺しても殺しても湧いて出る!ウジムシが!」


死亡確認を終えて装填しながら、厳つい顔つきの中年男性であるソン分隊長が吐き捨てるように言った。

生憎彼らに人民軍兵士に対する慈悲など存在しないし、期待もしてない。

独裁者とその狗に対する感情はない、冷徹に殺意だけ有している。


「分隊長まずいっすよ、このままだと包囲されるっす」


若手の新人隊員が外を指差して尋ねた。

別の人民軍の連中が、延翼機動を見せている。

細かな抵抗拠点を相互に分断、一つずつ潰すという腹づもりなのはすぐに分かった。

これはハンガリー動乱においてソ連軍が鎮圧に用いた市街戦の経験をそのまま転用したのだ。


「イワンのクソが耳打ちしたな・・・、周囲の友軍は!」

「銃声の中心はだんだん南部と西部にに移ってます、友軍も同じでしょう」

「上級司令部に一応報告を入れろ。"現陣地現有兵力で維持不可能、速やかなる後退を要請する"、だ。」

「了解」


どうせ繋がらないだろうが、確認しておくのが大事だ。

しかし、予想より悪く通信は繋がってしまった。

そして帰ってきた答えは、最悪だった。

現在駅に後退しようとしている友軍大隊がいるからそれの回収をそこでしろ、後退は今晩の2300の本隊後退に合わせる事。

なんてろくでもない、俺たちだけなら数分もあれば尻まくって逃げれるんだぞ。

しかも、2300時の本隊後退だって?

それは、ソウルからの全面撤退という事だな、それはともかくとして、本隊の後退という事は、かなりの大行列だぞ!

無論、だから夜間にやるのだろう。

北韓の夜戦能力は乏しい、しかしそれは・・・。


あまりに目立つぞ。


「ミン、エイ、お前らはスティンガー使えるな」


適当に選抜した隊員に、集積されて持ち主が消えた装備品を渡す。

この数名の分隊は現時刻を以て対空対戦車全てを想定する必要に迫られた。

援護は、最初からアテにしてなかった。


どうせろくでもない。


それは、後退してきた友軍部隊を見ればよく分かった。

寝袋を担架の代わりにしている様な状態で後退してきたあまりに若い奴らだ。

武装もろくなもんではなかった、M16A1にM1ヘルメットをした連中だ。

彼らは、自分達に縋る様な目つきをしていた。

次に来た援護のAWGはありがたいが、一部が精神的に参っている様子だった。


俺だって泣きたいよ。

彼はやれやれと思いながら、自分の対戦車火器を背負った。

やるしかないんだから、仕方ない。


1996年7月10日、午後23時


ハワイの太平洋軍司令部で、背広を着込んだ官僚からの「議会が承認した」という短い連絡を受け取った太平洋軍司令が、直ちに佐世保に連絡し、そこを経由して途切れ途切れの米韓連合司令部に作戦予定通り発動を伝える。


「議会が承認しました。

 撤退は予定通りです」

「分かりました、予定通り発動。

"夜逃げ艦隊"も出して下さい」


野戦電話の受話器を握った参謀長の丸い顔が、眉を狭めて言った。

司令官も予定通り、夜逃げ艦隊を出す様静かな悲しみを抱きながら命令する。

本当はこの司令官は、ついでに便乗して司令部も後退する事を望んでいたが参謀達が一部部隊と共にここに沿岸部を張り付く様に阻止線を展開することを発案。

どの道後退出来ない砲兵などを中心に火力陣地を構築し、海軍援護の下死守を決定した。


当然、それを見逃す敵ではない。

夜間のソウルは、再び苛烈な激戦の舞台となった。






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