攻撃戦だ!

我が第五師団はソウル前面を保持していた。

その内に米軍の爆撃機が師団司令部の上を飛んでいくのを見て、我々は在韓米軍の事を忘れていた事に気づいた。

歓喜に沸く中米軍機が誤爆して師団司令部を吹き飛ばし、我々は「祖国は自身の手で守らなきゃいかんらしいな」と笑ったのを覚えている。

混乱の最中の司令部にとって我々は退却した扱いだったのだ。

-若き将軍の朝鮮戦争-


1996年7月7日、京畿道


国道48号線と56号線の結節点に島嶼陣地を構築した臨時編成の404戦闘団は、漢江で繰り広げられる北の部隊との第一線にはほとんど関わっていなかった。

上級司令部はM48A5Kの能力を疑問視している、元々の予定通りならとっくに退役していた装備だからだ。

アメリカにM60を売ってくれと頼んだが売ってくれなかったので、仕方なくこれを使っている。

本当ならマガフ7Cのように改造に改造を施すべきなのかもしれないが、予算は無限ではない。

結局無敵の軍隊は無敵の財務省に勝てないのだ。


「砲兵、景気良く撃ってますねえ」


K55榴弾砲が155mm砲を盛大に猛射している、漢江を渡河しようとする敵軍を真正面から叩き潰しているのだ。

ソニ少尉のどこかのんびりとした口調は、アリスにとって不可思議に思えた。

まあ多少トロくても武器を撃てるなら良いさとも思えたし、多分これが平和ってところで生きたからなんだろうとも思える。


「大尉殿、我々の出番はあるんでしょうか」


装備を確認しながら、部下の予備役で召集された歩兵中隊指揮官が尋ねる。

基本的にAWGも諸兵科連合コンバインドアームズ戦闘団コンバットチームの連携無くして意味はないから、アリスの指揮下には一個AWG小隊6名と歩兵中隊がある。


「来るよ。そのうち、でも、確実に。」

「・・・俺実戦なんて初めてです、良く落ち着いていられますね」


双眼鏡を握り締めながら、その若すぎる中隊指揮官は言った。

彼も彼の部下も似たり寄ったりで、K2小銃とM67無反動砲やLAWとM60を持ってるだけの子供の様な顔ぶれだった。

季節外れの冷夏に多少肌寒さを感じながら、アリスは砲兵の射撃が止んだのに気付いた。

そして、遠くから聞こえる遠雷の音。


「空襲!」


KM263自走対空機関砲が唸りを上げ、ミストラル対空ミサイルタレットを据え付けた兵士が対空射撃を開始する。

敵機は丸くて寸胴のジェット機だった。


「わっ!Mig19ですよ!」


ソニ少尉がアリスの掩体に一緒に入って、敵機を指さした。


「それがなんだ」

「えっとですね、あれ最初のユギオのやつです、すごい旧式機ですよ」

「はぁ!?」


ソニ少尉は何処か喜んでいるような顔をした、呑気なヤツだ。

アリスには一括りに敵機と判断したが、その動きが変なのには気づいた。

旋回したりするが機銃掃射などへの動きが鈍い。


「なんか変だぞ、妙に鈍い」


戦車は頑丈だし、AWGもそう。

だが空から機関砲弾を撃ち込まれるとエンジンに飛び込んだりして、機関故障などを引き起こせる。

事実、ドイツ軍のタイガー戦車たちはタイフーンのイスパノ機関砲とハリケーンのロケット、そしてサンダーボルトの攻撃でその戦闘能力を失っていた。

それは東部戦線でも同じで、シュトルモビークはドイツ軍の陣地を舐めとって潰していった。

ソ連式の教育を受けているのに何故やらない?

その理由は、すぐに分かった。

レーダー式の対空火力にミサイルが次々と突き刺さったからだ。


「あいつら旧式機を囮にしやがったんだ!」

「・・・そっか、アレは無人機だったんだ!」


ソニ少尉は納得して言い、アリスに「最初のユギオでアメリカ軍もやったんですよ」と言った。


「アメリカ軍が対日戦のあまりのヘルキャット改造して無人戦闘機爆誕にして突っ込ませてたんですよ、大戦中も爆撃機を無人化して突撃させてましたし」

「今更そんな情報が何になる!頭下げて隠れてろ!」


押し込む様に強化装甲服の力任せにソニ少尉を下げさせ、前方を見張る。

前線の戦闘騒音が止んだ、すぐに敗走する友軍が視界に映っている。

みんなボロボロになって、俯きながら敗走を続けていた。

彼らは首都駐屯の歩兵旅団の精鋭たちだった、過去形なのは彼らは今や打ちのめされ、再編されるべき存在になったからだ。


「来るぞ、ソ連軍と北韓だ・・・」


双眼鏡を覗きながら、アリスが呟く。

彼女の視界にはシュノーケルを外して突撃を開始するソ連軍のAWG<T-72B1>と北朝鮮軍のBMP2がしっかり見えていた。


「まだ撃つな、しっかりと狙いを脚に定めろ。

 AWGは射撃後陣地を変換!125mm砲なんか食らったら1発で昇天するぞ」


肩部アームで固定され、腰だめに構える。

アリスは多少なりとも時間を稼ぐべく、脱落と擱座を狙っていくつもりだった。

足回りや通信がやられてしまえば組織的戦闘についていけない存在になる、つまりただのお荷物だ。

戦闘団の対戦車隊のTow2搭載ジープや、歩兵のTowタレットたちが照準を定める。

同時に、陣地を移動した砲兵が援護射撃を開始して前衛と後衛を分断しにかかる。


「てェーッ!」


砲声、爆煙、ミサイルスモーク。

各種取り取りの硝煙があたりに散っていき、飛んでいった。

爆轟が目標でいくつも炸裂するが、敵軍は全く勢いを崩さないで突入する。

一部のAWGが爆発反応装甲を貫通されて吹き飛び、敵兵の腕が空へ高く高く舞っていく。

そして、落着した腕をBMP2は無視して踏み潰していった。


「全車陣地変換!動けバカども!!お前らは機動戦力なんだぞ!」


アリスが絶叫し、部下たちがそれに従おうと慌ただしく動く。

陣地変換途中に停車した数名の方を見て、アリスは慌てて叫んだ。


「相互援助なんかやってる場合じゃないだろ!T-72は時速50キロは出るんだぞ!」


せめて撃ったら煙幕を展張しろ!

そう無理矢理にでもしたかったが、C4I搭載型の2010年代の車両はともかく、1996年時点ですら旧式のM48A5Kにそれを求めるのはナンセンスだ。

車体を晒して無防備に停車しているのを見過ごすほど、敵は愚かではなかった。

小賢しい遅滞戦術で時間を稼ごうとするのに憤激したソ連軍のAWGは容赦なく125mmを叩き込む。

直撃弾を浴びて正面装甲をやられ、大炎上を起こしたAWGたちは喉が焼けた為声にならない悲鳴を上げながらすぐに黒ずんで動かなくなった。


「あーあ・・・言わんこっちゃない」


何処かドラスティックなソニ少尉の呟きが、妙に耳に入った。

戦闘が数分経過した頃には戦闘前哨陣地を放棄して、島嶼陣地の第一線に切り替わった。

歩兵携行火器による歩兵達による殴り合いが開始され、各所で奇声と喊声、そして雄叫びが轟く。

T-72B1がやや距離をとって火力支援を開始し、北朝鮮軍の歩兵隊と海兵隊が陣地で白兵を繰り広げている。

随伴のM1991装甲車がグレネードマシンガンを制圧射撃して頭を強引に抑えつけ、アリス達と歩兵を制圧しにかかっていた。


「じゃかましい!」


アリスが90mm砲を咄嗟射撃して、装甲車が弾け飛ぶ。

だがすぐにソ連軍の125mmが数倍になって返ってきた。


「本部聞こえるか!支援を要請する!敵軍火力圧倒的!我が方有効な対戦車火力乏しく戦線維持困難!」


ソニ少尉がアリスの代わりに支援要請を行う。

さっきから何度も呼びかけているが、待ってろとしか答えない。


《此方本部。空軍と連絡がついた!現在要請に基づいてコールサイン"スピアー303"が接近中。

 F-4D Peace Peasant IがROCKEYEクラスター爆弾とMk82を吊るして突入する、目標を指示せよ!》

「了解!48号線に沿って敵軍主力が侵攻中。街道に沿って全力爆撃を要請する!

 座標A6M5を中心に支援攻撃を要請する!」

《コピー。すぐに片付けてやる!全機突入せよ!突レ突レ突レ!》


韓国軍陣地の頭上をF-4D Peace Peasant Iが四機隊列を成して、フレアを撒きながら突入する!


《アカのクソ女どもだ!クソ女から殺せ!クソ女からだ!》

《コピー、スピアーリーダー。確認した!》

《大韓民国から愛を込めて贈り物だバカ野郎!》


Mk82とRockEyeの一機が混成25発で構成された爆撃隊三機が、同時に爆弾を投下する。

227キロの炸薬をたっぷり熟れて詰まったMk82と、クラスター爆弾が敵軍部隊を包み込む。

歩兵もAWGもBMPも軽装甲車両も関係なく挽き肉に加工するミンチの出来上がりだ。


BDA爆撃効果評定最高、敵戦力がざっと機械化中隊2個が消し飛んでる!」

《第二波を突入させる!一気に後方段列を蹴散らすぞ!》


友軍の航空支援に勢いづいて直掩の予備役歩兵を投入、アリス達も前進を開始する。

一気に陣地を押し返す!

だが当然ながら、戦場の気なんかすぐに移ろいゆくものである。


《スピアー303-4より隊長機!緊急!5時方向にレーダー反応!》

《何だって?!》


後席士官のWISOはすぐにそれが何か識別した。


フロッガーMiG~23だ畜生ーッ!!》


攻撃機最悪の相手、邀撃戦闘機の襲来である。

北朝鮮航空軍の便利屋MiG-23MLは、こうして戦域の制空支援と護衛という危険度は低いが確実に必要な現場で輝いていた。

多少アビオニクスやエレクトロニクスに難が有っても、いるいないの差は大きい。

更にフロッガー自体は機動性が素直で、運動性も垂直や水平に限ればF-16Aなどと遜色ない。

R-60M空対空誘導弾を発射、ミサイルはフレアとフレアの欺瞞に騙される物もあるが2発はしっかり目標に食いついた!


《メイデイメイデイメイデイ!》


爆発が巻き起こり、航空支援機が撃墜されていく。


「航空支援機がやられた!」

「アリス大尉!敵の第二波です!」


ソニ少尉がアリスの肩を叩き、前方を指さした。

まだ第一派が損害から立ち直っていないのを無視して第二波を突入させる。

一撃不休の電撃戦を掲げ一人百殺のモットー、量質に勝る敵を崇高な政治思想と優れた作戦術によって撃破せよをスローガンとする北朝鮮軍に、戦術部隊の犠牲や損害を躊躇する倫理観を、あいにく北朝鮮は持ち合わせていない。

前進を開始する第二波は第一波と違いT-72の数が増え、連携を崩さず前進していた。

渡河で摩耗した息切れ寸前の兵団を追い越した敵の後続部隊だ!


「まずい!戦線を維持できん!陸戦兵力の増援はまだ来ないか!?」

《不可能だアリス大尉、我が隊は全戦線で敵と交戦中!回せる予備兵力は存在しない!》

「火力が、火力が足らんのだぞ!分かってるのか!」


アリスにはどうしようもない状況だった。

敵味方の火力量質で劣っている以上、時間を稼いで後退するしか部隊を救う道はない。

しかしながら後退はただ単にできない、それは大きく犠牲を要求するし、後退する敵を追撃することが最も容易に戦果を挙げれるとはナポレオンの発言である。


「おい其処の女大尉さんよ!」


パンツァーファウストを担いだ予備軍民兵の大尉が、這いながら叫んだ。


「馬鹿野郎お前よりは先任だぞ」


アリスがそう言うと応射で何発か撃ったが、少しでも壕に隠れるのが遅かったらあっという間に頭が飛ぶだろう猛反撃が帰ってくる。

その民兵の大尉は、敵を指差して言った。


「俺達の事は良い!アンタらと海兵は後退してくれ!」

「何だって!?言ってる事の意味を理解しているのか貴様、シャバで何を学んだ馬鹿野郎!」


アリスの顔が怒りに満ちて叫ぶ。

彼女は国粋主義者に近い感性をしている、つまり祖国を心から愛し祖国の敵を殺す事に何ら躊躇いを感じない。

だがその実益性を理解しても--民兵を時間稼ぎの囮にして後退するのが1番損害が少ない--を選択するのを躊躇う心は存在した。

何故ならこの市民軍の兵士は、民兵は、昨日まで良き父親、良き兄弟、良き夫、良き友人として社会を支える役目をこなしてきた。

国家は彼らを守り、国軍は彼らを助けるために存在する。

アリスの心にはその空虚なお題目を心から信じ込めるだけの隙間があった。

故にアリスは激昂した。


「今後の戦いには!ソウルの防衛には!アンタらの力が必要なんだ!

 大韓民国には貴女の様な人間が必要なんです!」

「それはお前だって同じなんだ!同じなんだぞ!?」


その言葉に、その予備役大尉はにこやかに笑った。

まるで戦地ではなく、少し子供と遊びに行く様な笑みだった。


「おさらばです。家内達を守ってやってください!」

「・・・馬鹿野郎」


アリスはこみあげる思いを抑えて、後退を命令した。

ある対戦車無反動車両小隊は、アリスに敬礼すると「小官等は残ります。どうせ此処くらいしか輝けません」と残留すると言い放った。

その言葉にアリスはただ一言「勝手にしろ」と言って、背を向けて後退を開始した。

RTOと副官を兼任するソニ少尉だけが「馬鹿野郎どもが」と涙ぐむアリスの事を、知っていた。


동해물과 백두산이 마르고 닳도록東海の水と 白頭山が乾き果て、磨り減る時まで


残置の民兵達は、その本懐を遂げんとしている。

誰かが自然と口をついて歌っている国歌と、銃声と砲爆撃の音、両軍の負傷者の苦吟する呻きが此処を満たしている。

AGS-30グレネードマシンガンの制圧射撃にM72LAWを仕返しに叩き込み、M60が唸りを上げる。

海兵が餞別に置いていったパンツァーファウストが撃ち込まれて弾けるT-72の爆炎に紛れて、接近した火炎放射器搭載のTo-55型AWGがナパーム攻撃を開始し、塹壕を炎の津波で満たしていく。


하느님이 保佑하사 우리 나라 萬歲神の加護もて守られた 大韓民国万歳!」


それと共に、その若き予備役大尉は最後の数名と共に、弾薬に点火した。

戦闘騒音が止む頃、アリス達は仁川広域市に入ろうとしていた。

ボロボロになった部隊は疲れ切った足取りだった、連隊戦闘団司令部は応答せず、撤退途中小さな街で炎上する指揮車両やホーク対空ミサイルが転がっていた。

逆探知を喰らって吹き飛んだのだろう。

仁川 수도권제2순환고속도로第二首都圏循環高速道路の橋で、工兵隊と別の予備軍の民兵がM14ライフルなどを持ちながら対岸を睨んでいる。


「後続はいるか?」

「北韓しかもう、居ない」

「・・・そうか」


その工兵指揮官は深く屈辱に顔を歪めて、爆破を命令した。

予備軍の民兵と工兵が敵地と化した祖国の対岸を見ながら、俯いて歩いていく。

アリスの疲れた脳の中には、ただ一回の戦いで第404連隊戦闘団が全滅した事が深くのしかかっていた。

そして彼女の指揮下にある兵士たちは、二百人いたのが39名になっていた。


1996年7月7日。

ソウル最悪の七夕の夜が、訪れた。

特別改造されたソビエト連邦空挺軍のAn-225ムリーヤが、崩壊した防空網の間隙を突いてきたからだ。

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