第15話 無音の号砲
城外に出ると、貴族街でもお祭り騒ぎが始まっていた。水晶玉みたいなものから光る画面みたいのが周囲に映し出されている。プロジェクター的な機能のものだというのはわかったが、あれは。
「
「リフレクタ?
「はい。投影の機能と魔力は
すげえ、搾取が徹底してんな。徹頭徹尾ここまでクズだと、いっそ尊敬するわ。
心持ち急ぎ足になってはいるが、最後尾スタートな俺たちはエルマール・ダンジョンへの帰還をさほど急いでいない。意味がないのが、わかっているからだ。
もうダンジョンの正面入り口は大渋滞だ。大きく回り込んで裏口を開けないと戻れない。見られてるなかじゃ無理だから、下手すると、ひと気のなくなる暗くなるまで待たなきゃいけない。
“にんげん、すごーい、いーっぱい”
「だろうね」
並行化で共有されている<ワイルド・スライム>の情報ネットワークによると、いま街道からエルマールの山道に折れたあたりから、既に入場待ちの行列ができているのだとか。
大人気で満員御礼だ。これで最終的に俺たちが死ぬんじゃなければ歓迎してやっても良いんだけどな。
「マール、ダンジョン内で問題は起きてない?」
「どこまでを問題と呼ぶかによります。事故や事件や騒動や想定外の状況は、いろいろと……」
“じゅんちょー、だよー?”
意見の相違は観点の差か、価値基準の違いか。なんにしろ、いますぐコアがピンチという状況ではないようだ。貴族街から出て平民街に入る。当然ながら、馬車は出払っている。
「少し、ゆっくりしてこうか。ウチの子たちにお土産とか、自分たちの食料とか買い込んでさ」
「さすがに、そこまでの余裕は……」
“さんせー♪”
いくらなんでも遊んでる暇はないと言いかけたマールだが、王都を出る門前の大渋滞を見て諦めたらしい。ふにゃりと眉尻を下げて首を振った。
「……そう、しましょう、か」
◇ ◇
王都直近の穴場、エルマール・ダンジョンへの一番乗りを果たしたのはDランクの冒険者パーティ、“
「ようやく運が向いてきたな! 王都の冒険者ギルドで“永遠のDランク”と蔑まれてきた甲斐があったってもんだ」
「甲斐なんかねえよ、阿呆」
リーダーの弓持ち、マクルがドヤ顔で叫ぶと、盾持ちのエンダが背後から吐き捨てる。剣持ちのカールが呆れ顔で声を掛けた。
「急ぎすぎだマクル、
「そうだぞエンダ、もっと前に出ろ!」
「待て、みんな」
最後尾から追ってきた魔導師のオーエクが、周囲に目をやりながら不安そうな顔になった。
「なんか、おかしいぞ」
辺境の田舎町で育った幼馴染が、一旗揚げようと王都に出てきて二十数年。いくら頑張っても鳴かず飛ばずで中堅下位のDランク止まり。後戻りのできない三十代半ばになって、家も家族も蓄えもない。その日暮らしの冒険者を続けるしかない程度の人生。これは最後の賭けだ。どうせ失うものなどないし、負けたところで安全なエルマール・ダンジョン。
そう軽く考えていたのだが。
「何ビビッてんだよ。ここはエルマールだぞ? 死者を出したことのない、安全なダンジョン、だろ?」
「ああ。実入りも少ないが、危険も少ない。完全踏破されるまで、もう何千回も潜っただろうが」
「しッ」
オーエクは、魔導師としては三流以下だが、勘は良い。臆病だけに、危機察知能力が高い。
こいつがヤバいと感じたらヤバいのだ。残る三人は笑いを消し、周囲を警戒し始めた。
「おかしな気配はないぞ?」
「ああ。なんの音もしねえ。何をピリピリしてんだよ、オーエク」
「静かすぎる」
端的な答えを聞いて、仲間たちは笑う。怯えを隠すように、大袈裟な仕草と笑顔で。魔導師の中年男は、杖を掲げて周囲を指す。
「
どこか遠くで風が鳴る音が聞こえていた。それだけだ。ここまでの道には、なにもない。魔物も獣も罠も分かれ道も、岩も草も虫も……
「……俺たち以外の冒険者たちもだ」
「「「‼︎」」」
先行したと言っても、最初に入り口を発見しただけだ。ごった返した山のなかで、他の誰にも見られなかったなどということはない。すぐに押し寄せてくるのは当然だと思っていた。
だから急いで来たのだし、だから半クロニムも休みなしに進んで来たのだ。
“……ょー、かぁ……♪”
「おいマクル、なんか言ったか?」
「いや。エンダ……じゃ、ねえな。なんだか、娘っ子が、歌ってるみてえな声だったぞ」
そんなものが、ダンジョンのなかにいるはずがない。
男たちの背筋にゾッと冷たいものがブチ撒けられる。盾を持ったエンダが無言のまま前に出て、魔導師のオーエクがその後ろに付く。マクルとカールが背中合わせになって背後を守る配置になった。いつも通りの動き。いつも通りの配置だ。いままで一度も、命の危険などなかった。だから今回も、きっと大丈夫だと、全員が心のなかで繰り返す。
危険など冒したことがなかった。だから万年Dランクだったのだし、だから生き延びてきたのだ。
“きょー、からー♪”
彼らは、知らなかった。知ろうとしなかった。何にでも最初はあるのだと。最期まで知らないままだった。
“
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