第14話 戦いの始まり

 クソだ。どいつもこいつも。反吐が出るようなクソの山だ。


「メイさん、お顔が」

「なんだい、マール。俺の顔が、どうかしたかな?」

「“殺すぞ”と書いてあります。誰にでもわかるほどクッキリと」


 そうだ。許されるものならば。いや、許されなくても良いくらいに。皆殺しにしてやりたい。いま俺の心のなかは、かつてないほどの憤怒と殺意に満たされている。

 クソガキの使用人に案内された部屋は、広くて豪華なホールだった。舞踏会でも開かれるような……という表現は、だが適切ではない。

 なぜなら、室内が三十センチほどの段差で三段に区切られていたからだ。

 なんだこの部屋。雛壇か。


「上段が上位貴族、中段が一般貴族と決まっています」

「……最下段こっちは?」

「“その他”、ですね」


 貴族かどうかすら関係ないってか。いっそ清々しいほどに差別されてる。

 上段には豪華な椅子とテーブル、花がけられた花瓶と豪華そうな絨毯。音楽を奏でる楽団に、飲み物を運ぶ使用人。中段にも少し簡素ながら椅子が並べられ、使用人が配されているのに。

 下段には何もない。椅子も使用人も花瓶も、絨毯や壁の装飾すらも。いや、良いんだけどさ。そんなもん、あってもなくても興味はないから。

 ムカつくのはその、これ見よがしな扱いそのものだ。そんなに嫌なら呼ばなきゃ良いじゃねえか。だいたい、叙爵式って、ダンジョン爵の叙爵じゃないのかよ。

 俺たち、入室してからずーっと放置されてるし。


「王国貴族は宮廷法により、上位の者から話しかけられない限り口を開いてはいけないことになっています」

「はッ」


 マールの解説に、俺は思わず鼻で笑う。そんな決まりは、何の意味もなかった。誰も話しかけてこない。目も合わせない。そもそも“その他ゾーン”に近付きもしない。

 おまけに下段の新旧ダンジョン爵と思われる連中も、互いに牽制とマウンティングに忙しくてこっちに目もくれない。同じ爵位のなかでも新参者は最低位とされるらしく、要するに俺は誰に対しても話しかける資格がないらしい。いや、話しかけたいわけじゃないから良いんだけどさ。

 なんだこれ。ホント、なんなんだこれ。


「ケイアンのマスターはどいつ?」


 二十人ほどいる下段の住人たちを見て、俺はマールに尋ねる。半分はマールと似た格好をしているからコアの分身体アバター、もう半分はダンジョン爵だろう。七、八人は男で、ふたりほど女も混じっていた。

 どいつもこいつも同じように借り物の正装でダルそうな顔をして、卑しい目をして口元を歪めている。

 傍から見れば俺も同類なんだろうけどな。


「……いませんね。どうしたんでしょう」

「欠席したら埋められるんじゃなかったっけ?」

「それは新しく叙爵を受ける者だけですね。既に爵位を得ているとしたら、条件次第で欠席も許されます」

「条件て」

「主にコネと賄賂ですね」


 汚ねぇな……なんだよ、スタートダッシュで有利に動こうとしてサボりやがったか。


「身分の低い順に集まるんだよな? もう二時間近くは待たされてるんだけど、いつになったら始まるの?」

「もうすぐ、だと思います。上位貴族の入場も済んだようですから」


「静粛に! 国王陛下、入場!」


 やっとかよ。執事みたいな黒服の声に、俺は不貞腐れた顔で上段の扉を見る。

 楽団の演奏が偉そうな曲に変わり、入ってきたのは偉そうな髭で偉そうな服を着た、偉そうなオッサンだ。

 国王っていうくらいだから偉いんだろうけど。他人を勝手に召喚して、勝手に生贄に据えたド外道じゃねえか。敬ってやる義理はない。


「駄爵ども、頭が高い! ひざまずけ!」

「あ?」


 中段以上の貴族は椅子から立ち上がっただけで、誰も跪いてなんかいないじゃねえか。


「ここは従いましょう。余計なトラブルは避けた方が良いです」

「跪くのも王宮法?」

「いえ。昨年までは放ったらかしでしたから」


 恣意しい的運用ですか。それも朝令暮改の。あるある。トップが無能のワンマンだと何度もコロコロ変わって誰も覚えてないから恣意的運用そんなのがどんどん進むんだよな。

 他のコア分身体アバターも、俺たちと同じような話をしたのだろう。下段の偽貴族たちが、嫌々な感じで片膝を突き始める。

 ウザそうに跪いた下段の住人を完全に放置して、いきなり叙爵式は始まった。


「王国侯爵、ハイエン・ルエル・マイストフ・エルビラント、前へ」


 ……と思ったのも束の間、上位貴族がなんやらの功績により陞爵しょうしゃくが決まって褒賞としてなんだかの品と領地を云々、とかいう話が延々と続く。俺たちは、その間ずっと跪きっぱなしである。

 なにこれ。ふつう、こういうの“楽にしろ”コールの後なんちゃうの。王宮の作法なんて知らんけど。


「ミキ・エルマ、マータ、ソグロフ、ウルダ・マイス、メイヘム、ソーカフ、新たなダンジョン爵に任ずる。民草のかてとなり王国に貢献せよ。以上」


 小一時間ほど後、黒服が嫌そうに吐き捨てたかと思ったら、ゾロゾロと退場が始まった。

 何が起こったのかピンとこなかった俺がポカーンとしている間に、上段と中段からは貴族連中が消え、使用人の後片付けが始まっていた。


「え、待って。そんだけ?」

「はい」

「セレモニー的な、なんか渡されるとか、前に出るとか、そんなのは?」

「ありません」


 読み上げたの執事みたいな黒服だし。すっげー早口で自分の名前が出たかどうかも聞き取れなかったし。王なんて入ってきたときチラッと見ただけだし。


「ダンジョン開放の合図とか、開始の言葉とか、なんかそういうのも?」

「ないですね」


 なぜ呼んだ。なんか意味あんのか、これ。

 顔合わせか? これから――広い意味で言えば殺し合うことになるダンジョン爵同士の。


「……って、いねえし」


 下段すら誰もいなくなっている。


「メイヘム、出ろ!」

「あ?」


 入り口を守っていた衛兵が、こちらに手を振って退出を促している。

 つうか、メイヘムって誰だよ。ひとをメタルバンドみたいに略しやがって。


「メイさん、行きましょう。もうダンジョンは解放されています」

「この音、なに?」


 城の外から怒号と馬の嘶きと何かがぶつかり転がるような騒音が聞こえてきた。


「遠方のダンジョン爵は、早く戻るために多頭立ての馬車を仕立てて来ています。資金に余裕がある者は転移魔法を使ったりすることもあります」


 なるほどね。下段の連中が急いで出て行ったのは、そのせいか。俺は、すっかり出遅れたみたいだな。


「きっと大丈夫です。メイさんは、ちゃんと準備を済ませてくださいましたから」


 そうね。ここまであまりにも色々と最低すぎて、嫌な予感も何もない。やるだけのことはやったのだからと、のろのろ階下へと向かう。

 なぜか途中の階で借り物の正装を返すよう言われ、別室で脱がされて金貨五枚の借用書を書かされた。現金で払っても良いんだけど、それだと金貨六枚だとか抜かす。


「あ? どういう理屈だよ?」


 見下した顔の中年使用人を睨み付ける俺の耳元で、マールが囁く。


「徴税払いの借用書だと、利息が乗りますから。現金払いは王宮側に旨味が少ないんです」

「知るかよ」


 ムカつきもピークを超えて無感情になってくる。その後ご丁寧にも衣装代の他に使用人への賄賂を要求され、断ると入り口までの案内を拒否された。


「迷って時間を無駄にするが良い、役立たずの駄爵めが」


 ゴミでも見るような顔で吐き捨てられ廊下に放置されたので、我らが<ワイルド・スライム>先生のワイルドな“状態異常”を大盤振る舞いで大量散布してもらう。

 どうやら色も臭いもない霧のようなものらしい。【鑑定】を掛けるとプロレスの入場くらいド派手な毒霧スモークが、無人の廊下から城内へとゆっくり広がってゆくのが見えた。

 王城のクズども、せいぜいもがき苦しむと良い。帰り道くらい、ブラザーとマールで覚えてくれてるしな。


「すみません、メイさん」

「いやいや、マールが気にすることはないよ」

“ないよー?”


 苦労人のコア美女を笑顔で慰めながら、いつかこの国を滅ぼしてやろうと、俺は心に決めた。

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