第13話 王城

 貴族街の通用門を通った後も、俺たちは延々と歩かされる。すぐそこに王城は見えているのに、無駄に迂回させられて全然近付いてこない。

 これもダンジョン爵への嫌がらせの一環か。


「これ、出入りの商人とかはどうしてんだ」

「御用馬車用の入り口があります。こちらは謁見者が利用する門です」


 要するに、平民との連中はこっちを使えというわけだな。クソどもめ。いつか滅ぼしてやる。できないけど。


「だいたい、叙爵式は昼からだよな? なんでこんな早くに来させられるんだよ。他の貴族やらダンジョン爵は?」

「地位の低い順に集合時間が早いんです」

「……ホンットに、さあ……」


 呆れか怒りかわからん感情が浮かんで、頭上のブラザーも抗議するように跳ねる。

 あんまり俺が怒ったら気持ちを読んで王国貴族にケンカ売っちゃいそうだ。いったん落ち着いて、ブラザーにも抑えてもらおう。


“わかったー、もうすこーし、だよね?”


 なにがだ。わかるが。当然ブラザーと俺は、ちゃんと通じ合っているが。

 王国の連中を片っ端から潰す。その準備ができるまで、あと少しだけ雌伏のときが必要だと、そう言っているのだ。簡潔な発想が実に男前である。


「止まれ!」


 ようやく辿り着いた城の前で、五人の衛兵が前を塞ぐ。またかよ、一回で済ませろっつうんだよ。


「何の用だ」

「良い加減にしろよ。来いって言ったのはこの国の方だろ、これ以上グダグダ難癖つけんなら帰るぞ?」

「訊かれたことに答えろ!」

「エルマールのダンジョン・マスターです。叙爵式に出席を」


 ひとりがマールの出した書類を確認し、ふたりが俺たちの武装チェックを行う。

 帽子に擬態した<ワイルド・スライム>も、シレッと固まって静かにしている。さすがブラザー、衛兵程度に見抜かれる変身能力ではなかった。


「新米の爵か。どいつもこいつも、おかしな格好をしてやがる」

「ふん、偽貴族は正装する程度の礼儀も知らんようだな」


 少し離れた位置にいるふたりからは、ボソボソとディスッてる声が聞こえる。聞こえるようにやってるんだろうけどな。

 正装が礼儀だぁ⁉︎ お前らの都合なんて知らんし、知ってても合わせてやる義理などない。

 そもそも、そんなもん誂えるようなカネもない。


「なかに使用人がいる。そのおかしな服を着替えろ」


 マールによれば、城内には新ダンジョン爵を対象にした衣装のレンタルがあるらしい。意外にも最低限のサポートをするくらいのシステムはあるのか。

 王城に歩き出した俺の耳元で、マールがボソッと囁く。


「到着後に正装を求められたのは、過去に三回ありました。いずれも、掛かった費用は徴税に乗せられています」


 前言撤回、やっぱクソだわ。


◇ ◇


「……滅ぼしてぇ……」


 俺は思わず、ボソッと呪詛じゅその言葉を漏らす。

 城の一階で使用人やらメイドから珍妙な髪型にされ、堅苦しい正装に着替えさせられた挙句、城の中層階……叙爵式の行われる五階だか六階だかまで延々と歩かされているのだ。

 広いの自体も面倒だが、無駄に長い動線と階段が鬱陶しい。エレベーターもエスカレーターもないんなら高層にすんな。王族は上層階からほとんど動かないから気にならんのかもしれんけど、いちいち登らされる身になれっつうの。


「こちらへ。早くしてください」


 俺たちを先導する案内役は、城で最も身分が低いのが見てわかるレベルの使用人だ。

 しかも、そいつまでが舐めた態度でこちらを侮ってきやがる。十代半ばの小僧が。貴族どころか、使用人見習いでしかないようなクソガキがだ。

 ダンジョン爵ってのは、どんだけ下に見られてるんだか。


「なんだこれ」


 廊下の両側に置かれたブサイクな龍の置物が、口から得体の知れない臭いの霧を漂わせていた。イベント会場用の除菌ミストみたいな感じ。たぶん、用途も同じだ。


“まものよけー”

「え、大丈夫か?」


 気になって尋ねると、全く問題ないとの返答。どうやら低レベルの魔物にしか効果がないようだ。ウチの<ワイルド・スライム>はレベル22、冒険者でいやBランクの実力者だもんな。

 その実力者、城に入るまではベレー帽に変身していたのだが、いまは腰の短剣に化けていた。元の剣は儀礼用の飾りで、刃がないどころか抜けもしない役立たず。そいつはブラザーが収納でしまってくれてる。


“ここ、とおらせるの、わざと?”


 だろうな。魔物を城に入れないというセキュリティの意味もあるのかもしれんけど。そんなもん、城内の廊下でやる必要はない。“お前らは魔物と同じだ”みたいな侮蔑と嫌がらせの方が主目的に感じる。

 しかも、無駄に遠回りさせられてるし。


「何か意味あんのかよ、これクソうぜぇ……」

「メイさん、もう少しです」


 すっかり不貞腐れてチンピラみたいになってる俺を、マールがなだめてくる。

 ヒソヒソしていた俺たちを、先導していた使用人が蔑んだ目で振り返った。


「お静かに。この先は本来、高位貴族のみが立ち入りを許される場所」


 言外に“お前らホントはお呼びじゃねえんだよ”と言いたいわけだ。

 殺すぞ。ホント殺すぞ。


 最終コーナーは回っていたようで、角を折れると短い階段の先に大きな扉が見えた。手槍を立てた衛兵がふたり、両脇に控えている。あれが目的地か。

 用は済んだとばかりに黙って帰ろうとする小僧を、俺は後ろから呼び止める。


「世話になったな」

「え」


 笑顔のまま殺意を込めた声を出すと、振り返ったガキはビクリと顔を強張らせた。


「俺はな、借りは返す主義だ」


 キョロキョロと目を泳がせ、返事もせず階下へと逃げ去ってゆく。報復にビビるくらいなら最初からやるなっつうの。


“もう、かえしたー♪”


 ちょ、待てブラザー、返したって何を?


“どくー!”

「ちょい!」


 俺に無礼を働いた衛兵や侮辱した使用人に、残らず“状態異常”を掛けといたのだそうな。どんな効果なのかは<ワイルド・スライム>本人も知らないという、ワイルドなランダム・チョイス。


“だいじょぶ、しなないよ、たぶん”

「たぶんて言ってんじゃん」


 まあ、いいや。俺のために怒ってくれたんだ。俺はブラザーが化けた儀仗剣をポンポンと叩く。


「ありがとな」

“ふふッ♪”


 俺とマールが前に立つと、無表情な衛兵が両側から扉を開く。

 なかから静かなざわめきが聞こえてきて、俺は気を引き締める。もう前準備の段階は終わりだ。間に合っていようがいまいが、始まりリリースのときは訪れる。

 俺は腰の剣を撫でて、マールに笑みを向けた。


「さあ、行こうか」


 戦いの、時間だ。

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